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それからしばらくして、授業が始まった。
今日は魔法の実習授業だ。後者に生徒たちが集まり、教師が笑顔を見せて尋ねてきた。
「さて、今日は魔法の授業をやりますね。……ミーナさん、前に」
「はい」
私が今日は戦うことは前もって知らされていた。
相手はクラスでもボス的な立場にいる女『サロメ』だ。
(こいつを……何とかしないと……)
彼女は学内で行われる殆どのいじめの首謀者だ。
……王子を利用して、彼女を学校から叩きだしてやるつもりだ。
「それじゃ、戦いましょうか、ミーナさん」
「あ、はい……」
彼女はニコニコと笑顔を見せた。
彼女はオルニアス第二王子の遠い親戚だと自慢している。それだけに美しい容姿をしており、男子からは人気がある。
また、彼女の瞳の奥底にある酷薄さは、オルニアス第二王子によく似ている。
「頑張って、サロメ!」
「日頃の訓練の結果を見せて!」
そんな風に取り巻き達……朝に出会った少女マリアもその一人だが……は楽しそうに声を出しているのを見て、私は少し嫌な気持ちになった。
(ここで、あの女をぶっ飛ばせたら気持ちはいいんだろうけど……)
……そして練習試合は始まった。
「吹き飛びなさい! マルチ・サイクロン!」
「きゃあ!」
だが案の定、私はサロメから放たれた魔法の一撃で、難なく吹き飛ばされた。
「あら、ごめんなさい。大丈夫、ミーナさん?」
「え、ええ……」
正直、私は殺し屋である母の身体能力も魔力も受け継ぐことはなかった。
『優しい男』である父は、剣も魔法もダメだったのを思い出した。だからこそ、殺し屋の母を匿い、恩を売ることでしか子を為せなかったのだろうが。
(父の運動音痴と、母の醜悪な性格……まったく、両方の悪いところを継いじゃったな……)
そう思いながらも私はサロメが差し出した手を無視しながら自分で立ち上がった。
それを見たサロメは、ニヤリと笑いながら呟く。
「それにしてもミーナさん、凄いですわね」
「え?」
「私、あそこまで吹き飛ばす勢いで風魔法を放ったのに……」
そういいながら、後ろの柱を指さした。……いくら彼女が魔法を得意だとしても、それはいくら何でも言い過ぎだろう。
「普段からしっかり鍛えているのですね。思ったより全然吹き飛ばなかったんですもの」
……でた、彼女お得意のやり方だ。
彼女の発言に呼応するように周囲の取り巻き達も笑顔を見せた。
「本当ですわね? ミーナ様の魔力でも飛ばないなんて、なんてタフなのかしら? っぽど毎日の食生活を考えているのですねえ?」
「ええ。何かコツでもあるのですか? 身体を重くするために、普段どれくらい沢山食べるんですか?」
「…………」
サロメの発言はただの「誉め言葉」だが、その真意を察した取り巻き達は、悪意を持った笑顔でそう尋ねてくる。要するに『お前はデブだ』と言いたいのだろうが、それを取り巻きに言わせるところが嫌らしい。
あからさまな悪意だが、マリアだけはいつもと違って悪口に加担していないのは幸いだ。
「あのさ……」
……こいつらに一言言い返してやろうと思って口を開こうとしたその瞬間。
「いやあ、流石凄いな、サロメさんは」
横からアンドラス王子が割り込むように私の前に立った。
「ら、ランド様……?」
彼女はそういうと、急に顔を紅潮させた。
……正直、クラスのボスだけあって、顔だけならサロメのほうが私より上だ。
本気で王子に言いよったら勝てる自信がない。だから、あまり恋心を持たないでほしい。アンドラス王子は少し恥ずかしそうにしながらもサロメに尋ねる。
「実は私は……風魔法の扱いは苦手なんだ」
「あ、そうなんですか?」
「ああ。……だが、補助魔法は得意でな。睡眠系の魔法を風に載せることが出来れば、範囲拡大につなげられるのだが……」
そういいながらも、王子はぐい、と距離を詰めて彼女に尋ねる。
アンドラス王子がクラスで人気を得たのは、その端正な容姿によるものでもある。
「……私にも、少しやり方を教えてほしい。複合魔法(物理魔法と補助魔法を組み合わせたもの)は分かるのか?」
「え、ええ……多少、たしなむ程度なら……」
「それは凄い! ……すまない、あちらで少し教えてくれないか?」
そういうと、周囲の生徒……ランドを慕うものだが……が立ち上がって私の前に立つように取り囲む。
「あ、俺も教えて?」
「流石サロメ! ……魔法は凄いわね!」
「本当! 先生、ちょっと授業中断していいっすか?」
「……ええ、構いません」
そういいながら、彼らはサロメと取り巻きたちを連れ出してくれた。王子は去り際に、私にウインクしながら、教師にぺこりと頭を下げる。
(王子……)
サロメは底意地の悪いことに『嫌味と受け取れない』物言いをしていた。
もし、あの状況で言い返していたら『私はそんなつもりじゃなかった、酷い!』と言われ、私のほうが悪者にされていただろう。
……だから、彼が私をそれとなく庇ってくれたのは、分かっている。
「……やっぱり……利用価値があるよね……」
私はそんなアンドラス王子の後姿を見ながら、そう思った。
ーーーーーーー
そして授業終了後の休み時間。
私はアンドラス王子と一緒に校舎裏にやってきた。
「どうぞ、王子。後で食べてくださいね?」
「ああ、ありがとう」
二人でいられるときには、私はアンドラス王子を『王子』と呼んでいる。
この呼び名だけは誰にも譲る気はない。
私は朝に渡し忘れていたお弁当を王子に渡して呟く。
「あの、王子……午前中はありがとうございました……」
「何のことだ?」
「だって、サロメが私を……」
「え? 別に私は何もしてないが」
……王子は、いつもそうだ。
私以外の人でもそれとなく、誰かが嫌な目に遭っていると庇ってくれる。
しかも、相手を糾弾するやり方ではなく、それとなく注意をそらすやり方で。
(父さんは……職場で嫌味をいうやつを皆の場で叱りつけて……ますますいじめを激化させていたからなあ……)
逆に王子は、長年弟から迫害された経験もあるおかげだろう。
そのため『それとなく』誰かを助けることはとてもうまい。しかも、そのことを恩に着せる様子もなく偶然を装って。
……だが、ハッキリ言ってあんなことをされるのは嫌だ。
「王子、これを見てください」
「え?」
そう思い、私は催眠アプリを取り出して、王子に突きつけた。
『あまり、私に優しくしないでください』
私はアンドラス王子を利用している身であり、今の関係も催眠アプリで作り上げたまがい物だ。催眠が解け、私が『婚約者じゃない』と分かったら、間違いなく王子は私を軽蔑し離れていく。
『……優しくされると、今以上にあなたに惚れちゃいます。けど、あなたへの催眠が解けた時、それだけあなたと別れるのが辛くなります。そんな思いをさせないでください』
……最近は、その『婚約破棄』が訪れる夢ばかり見ているくらいだ。
「…………」
どうやら、催眠は効いたのだろう。
王子は「わかった」とだけ答えると、私に笑みを見せてくれた。
「それなら、気を付けよう」
「それでいいです。……それで、今日ここに呼んだのは理由があります」
「ああ」
そういいながら、私はこれから行う作戦について解説した。
「なるほど……けど、それは……私にできるかな……」
そう呟いた王子に対して、私は催眠アプリを再び取り出して暗示をかける。
『あなたのことは、婚約者の私が一番分かっています。王子なら必ずうまくいきますので、自信を持ってください』
「……分かった、ありがとう」
まったく、王子は自己評価が低い。
自分が(私も含め)どれほど周囲に慕われているのか、どうもよくわかっていない。
私に『利用』されるだけの価値のある男なのだから、もっと自信を持ってもいいものを。
そう思いながらも、私は王子を後者に向かわせた。




