エピローグ
それから、数週間が経過した。
放課後の教室で、ゼパルはアンドラスとともに話をしていた。
「それで、サロメさんはどうなったの?」
「ああ。……オルニアスのもとで地下牢生活を送っている。……残念だがな」
ゼパルに対して、そうアンドラスは答える。
少し残念そうな表情の彼に対して、ゼパルは少し嬉しそうな表情を見せた。
「ふうん。……けどさ、正直自業自得だと思うな」
「……あまり自業自得という言葉は好きじゃないんだけどな……」
サロメが罪人として捕らえられたのは、ミーナを誘拐した罪。
これは先日豚の真似をさせられた、件の兵士から密告されたのだ。
通常は、たかが平民一人を拉致した程度で貴族が罰されることはない。
だが、サロメは貴族間でも不興を買っていたことに加え『罪のある人』を処罰するのが大好きなオルニアスに気に入られたのだろう、罪人として裁かれることになった。
「まさか、兵士さんに裏切られることになるなんてね……」
「いや、彼はサロメの命令で豚の真似までさせられたのだからな。……それ以前にも、相当恨みを買っていたんだろうな」
そういいながら、アンドラスは残念そうにしながらも、ナハス学校の学長から受け取った手紙を見つめる。
「結局、推薦の話も立ち消えになってしまったよ……。民の財産を私物化するようなものは、どんな才があろうと入学させるつもりはない、という返事が来たんだ」
「もしさ、サロメさんがミーナさんを攫おうとしなかったら……きっと素敵な将来があったんだろうね」
「ああ。もうせめてもう3日誘拐を待ってくれたら……この話が出来たのだがな。彼女なら学長を唸らせる才能があっただろうが……残念だ」
たとえ何かについて類まれな才能がある人間が、人間性も優れているわけではない。
サロメの場合にもそれが当てはまったことを想い、アンドラスはそう答える。
「そうだったんだ……。ところでさ、ランド君」
「もうアンドラスでいいよ。私はもう……王族ではないのだからな」
「あ、そうか……。ゴメン、まだ慣れてなくて」
また、サロメが裁かれる際に彼女にアンドラスは減刑の嘆願書を出していた。
交換条件としてオルニアス王子から出されたのは、王位継承権を放棄すること……即ち平民になるということであったが、アンドラスはそれを喜んで受け入れた。
「本当にアンドラス君は……サロメさんのために頑張っていたんだね。彼女も死刑だけは回避できたんでしょ?」
「ああ、幸いにな。……とはいえ、恐らくもうこの領地に戻ってくることはないだろうけどな」
「うん……けど、それで良かったの? アンドラス君はもう、王宮には……」
「あれ、ゼパル君。こんなところにいたの」
だが、そこまで話したところで後ろから彼を呼ぶ声が聞こえてきた。
ミーナだ。
「あ、ミーナさん」
「ミリアムが呼んでいたよ。今日は出版社に原稿を持ち込むんでしょ? 早く言ってあげた方がいいと思うけど」
「そうだった! 分かった、すぐ行くよ!」
そういうと、ゼパルは立ち上がり、教室を後にした。
そして二人は少しだけ沈黙をした後、
「……ねえ、アンドラス様?」
「なあ、ミーナ」
そんな風に二人は同時に声をかけようとした。
「あ、いや……ミーナ、君から頼む」
「は、はい……」
そういうと、ミーナは少し顔を赤らめながら尋ねる。
「あの……。アンドラス様はもう……催眠はかかっていないんですか?」
「ああ。……あの催眠アプリという板があっただろう? ……あれを壊された時に、頭がはっきりしたよ」
本当は王子は王宮を出た時には催眠が切れていた。
だが、ゼパルとテレーズの入れ知恵により『愛の力で催眠の魔力をはねのけ、ミーナを守った』という展開にすることにした。
その方がドラマチックだからでもあるが、もう一つの理由としてミーナが『騙されていた』と思わないようにという配慮でもあった。
「今の私は正気だよ。安心してほしい」
「そ、そうなんですね……。それじゃあ、今アンドラス様が私の傍にいてくれるのは、その……」
ミーナは、そこまで言おうとして思わず口をつぐむ。
自分の『聞きたいこと』を口にしてほしくてその質問をしたことに気が付いたからだろう。だが、アンドラスは頷いてミーナをそっと抱きしめて黙らせる。
「ああ、あなたの思うとおりだ。……私は、催眠など無くてもあなたを愛している。だから、一緒にいたいと思うんだ」
「アンドラス様……」
「あなたの方こそ、その……。もう王子ではない私を……いや、なんでもない」
そういいながら、今度はアンドラスのほうが恥ずかしそうに顔を背けた。
……無論、自分も同様に『聞きたいこと』を口にしてほしいからそう行ったことを恥じたのだろう。
「ん……」
だが、ミーナはそんな王子の口をキスで黙らせる。
「…………」
しばらく唇を重ね合わせた後、ミーナはにっこりと笑って答える。
「ええ。お察しの通り、私はアンドラス様が王子だから好きなわけじゃありません。……『アンドラス様だから』好きなんです。身分とかは関係ありません」
「……ありがとう、ミーナ……」
「ところで、アンドラス様……良かったらでいいのですが……これからも、私の夢のために力を貸してくれませんか?」
そういいながら、ミーナは王子の膝の上に甘えるように乗って尋ねる。
「ああ。……あなたの夢は……」
「ええ。『この世界から、一人でも悲しむ人を減らす』っていう夢です。……御大層に過ぎますよね?」
「そんなことはないさ。……実際に、このクラスもみな、以前よりずっと楽しそうになったしな。サロメのことは残念だったが……」
「そうですね……」
そして王子は、そんなミーナに今度は自分から口づけをして答える。
「ミーナと一緒なら、どんなことも出来る気がするよ。……一生、傍に居てほしい」
「勿論です! ……愛しています、アンドラス」
「ああ。私もだ」
そういいながら、二人は手を取り合い教室を後にした。




