3-6 学長は後に語る。『あの熱意には私は負けたのだ』と。
「それにしても、ナハス学校の学長さんは良い方でしたね」
「ああ。彼は、若者が頑張る姿を見るのが一番好きな人だからな」
そういいながら、アンドラス王子は笑みを浮かべてくれた。
「彼自身、若いころは金銭で苦労した経験があるらしい。奨学金制度もそのために作ったそうだな」
「そうだったんですね……けど、すみませんアンドラス」
「え? なんで謝るんだ?」
「その……。アンドラスのコネを結局利用することになってしまって……」
正直、私はアンドラスのことを骨の髄まで利用しつくすつもりだった。
だがあくまでも私はアンドラスを『一人の人間として』しゃぶり倒したかったのだ。『王子としての立場』を利用するのは、やはり気が引ける。
「ハハハ、気にしないでくれ。大切な婚約者のためになら、私のコネなどいくらでも使ってほしいからね」
「……あの……」
それは違う。
私は本当は、あなたの婚約者なんかじゃない。
思わずそう言おうとしたが、私にはその勇気がなかった。
(ゴメン、アンドラス……)
その催眠だけは、何が何でも解きたくない。
せめて、もう少しだけでいいから彼の婚約者でいたい。
そう思っていると、アンドラスは私の手をそっと握ってくれた。
「……どうしたんだ、ミーナ?」
「え? あの、その……」
「……あ……そういうことか……」
そして一瞬気まずそうな表情をしたと思うと、またいつもの優しい笑みを浮かべて私に話しかけてくれた。
「用事が済んだら喉が乾いたな。……折角だからそこのカフェで少し休まないか? 無論私が奢ろう」
「え、いいんですか?」
「ああ。あそこのホットチョコレートは評判だと、ルチアさんから教えてもらったんだ。……その、気づかなくて悪かった」
「え?」
「いや、なんでもない」
そうアンドラスは少し恥ずかしそうに顔を背けたが、私は真意を理解した。
彼は私が生理中だと気が付いたのだろう。正直私はそこまで重い方ではないが、暖かいものを飲めるなら正直有難い。
「いえ……お気遣い、感謝します」
本当にアンドラスは私に優しくしてくれる。そんな彼をさんざんに利用しつくしていたのだ。……正直、彼の催眠が解けた後に私にどれほど失望するのかと思うと、想像もしたくない。
そう思いながらも、私はそれを表情に見せないようにして答える。
「それなら、店内で少し待っていただけますか? 少し見つけたいものがあるので」
「え? ああ……」
そして私はカフェの近くにあるバザールに向かった。
ーーーーーーーーーーー
(急がないとね……)
どうせ私と王子の関係は、期間限定の一方的な愛だろう。
だがそれでも、少しでも王子の記憶に残るものを残しておきたい。
そう思いながら私はバザールで宝飾品を探した。
無論、王子の好きそうなアクセサリーを買った後、催眠アプリを使って『このプレゼントを受け取ってください』と命令するつもりだ。
「これかな……いや、これ……?」
仮にアンドラスが正気を取り戻したら、捨ててしまうようなものは嫌だ。
だが、あまり高いものを買える程経済的な余裕はない。
(何が良いかな……)
そう想いながら品定めをしていると、路地の方で苦しそうにうずくまっている老婆がいた。
(どうしたんだろう……?)
そう思いながら私は彼女に近づいて、尋ねた。
「あの、どうしたんですか?」
「ああ、お嬢ちゃん……すまないね……実は、あっちに荷物を置いてあるのがわかるだろ?」
「え? あ、ほんとですね……」
「あれをちょっとここまで運ぶのが大変でね……。だから、ちょっと休んでたのさ」
「そうなんですね……分かりました、私も手伝いますよ」
「え、いいのかい?」
「勿論です」
アンドラス王子も、少しなら待ってくれるだろう。
そう思いながら、路地の奥の方にある果物の籠を採りに行った。
「これを運べばいいですか、お婆さん?」
「ああ、そうさ。……お嬢ちゃんは本当に優しい子だねえ?」
「え? ……いえ、私は別に……」
一国の王子を誘拐してこき使い、あまつさえ立場を利用して生徒を学校から追い出そうとしている私のどこが優しいのだ。
そう思いながら私は首を降ると、老婆は少し残念そうな顔をした。
「けどね……。一つだけこの老婆から忠告だよ」
「え?」
「……裏路地に人をおびき寄せるような人間のいうことなんて、聴いちゃだめだってことだよ」
「どういうこと……! まさか!」
そう言った瞬間、果物が積まれた籠の裏から何人もの男が出てきて、私の周りを取り囲んできた。
「な……!」
「大人しくしてもらおうか?」
「悪いな、お嬢様の命令でね」
……なるほど、罠だったのか。
だが、私には催眠アプリがある。
そう思いながら私は懐から催眠アプリを取り出す。
「それが、あなたの切り札だったのね?」
「え……?」
だが、その瞬間にさらに追いうちのように猛烈な睡魔が襲ってきた。
……この魔法には覚えがある。これは……サロメのものだ。
「フフフ……この板でアンドラスたちを操っていたのですわね? ……まったく、悪い女ね、ミーナさんは」
そういうとともに彼女は物陰から現れて、私が大事に持っていた催眠アプリを奪い取った。
……今思うとおかしかった。
不意打ちする絶好の機会があったにもかかわらず、男たちが取り囲むだけで先手を取らなかったことに。
これも、私の催眠アプリを取り出すのを待っていたためか。
「待って! 返して! それは……」
「フフ……。言いざまね、ミーナ。……返すわけないじゃない。ランド様を独り占めして、私から友達を奪った女が偉そうに!」
それを言うと否定は出来ない。
……けど、その催眠アプリだけは奪わないで!
「ごめん……もう……私は……」
そう思いながらも、私は意識が途切れていくのを感じた。




