3-2
その日の放課後、いつものように私は無人の教室でアンドラスと一緒に作戦会議を始めた。
私はまるでどこかの諜報員のようにクールで冷徹な口調でアンドラスに尋ねる。
「……それでどうですか、クラス内の調子は?」
「ああ、ミーナのおかげで雰囲気は明るくなったと思う。ゼパル君たちもみな、クラスに馴染み始めたようだ」
「それだけですか?」
「いや。ミーナのいう通り、良くない空気が漂っているな……」
「私も同感です」
「やはり周りはサロメさんを……って、その、ミーナ……」
「どうしました?」
「あまりくっつかれると話しにくいんだが……」
「え?」
そういわれて私は思わず身体をバッと話した。
……恥ずかしい。普段でベタベタ出来ない時間を取り戻したいと思うあまり、学校でこんな真似をするなんて。
「ご、ごめんなさい、アンドラス! ……それで、えっと……」
「サロメさんの話だな。……うん、全体的に彼女をのけ者にしようとする雰囲気が広がっているな」
「やっぱり……」
「今までの腹いせって感じで、周りもそれをうっすら容認している感じだ」
「私もそう思います。……やっぱり、このままじゃダメですね……サロメが今度はターゲット側にされるのも時間の問題ということですか……」
「…………」
そこまで言うと、アンドラスは不思議そうに尋ねてきた。
「なあ、ミーナ」
「なんですか?」
「なんでそこまで、サロメさんのことを気にかけるんだ?」
「…………」
「彼女がテレーズさんやゼパル君達に何をしたのかは知ってる。ミリアムさんやマリアさんも、嫌々従わされていたって言っている」
あの取り巻き達も本心では楽しんでいたのだろうが、記憶を改ざんしているな。
そうは思ったが、私はあえてそれは口にしなかった。
「……私も同じ立場ならいい気味だと思うところだろう。それだけのことを彼女はしたのだからな」
「そうですね……。無論、私もそれを許す気はないですが……」
「じゃあどうしてだ?」
「……私のエゴですよ。性悪な悪女である私が、他人のためにこんなことするわけないでしょう?」
そういうと、私は吐き捨てるように答えた。
「私の母が殺し屋だったことは覚えてますね?」
「ああ。……『生きて償う』と言って、彼女の罪を受け入れた優しい父上に匿ってもらったという話だったな……」
アンドラスは言い方をマイルドにしているが、父は一時の情と性欲に負けた愚かな男だ。被害者にも彼女の罪にも目を背けることを『受け入れる』などという甘い言葉で誤魔化し、母を「ものにした」男に愛を語る資格はない。
「ええ。……被害者や憲兵を恐れ、ひきこもっている母には、私以外に話し相手がいるわけもなく……毎日あの女の話し相手をさせられました」
「家事だけでなく、心のケアもさせられていたのか……」
「ええ。しかも、話題も過去の話ばかり。いつも、自分が過去にした『仕事』の自慢話と、それをやらされていた自分への憐憫の言葉、そして自分が始末したターゲットへの罵倒ばかりでしたよ」
「仕事? まさか……」
「ええ、殺しです。毎日『あいつは殺されて当然だった』『あいつは悪い奴だった』と、殺したことを正当化しながら、楽しそうに話していました。被害者への贖罪の言葉はありませんでした」
「…………」
それを聴いて、アンドラスは絶句した。
母のような殺し屋といじめ加害者のメンタリティは、限りなく近い。加害者のくせに自分を被害者ぶり、被害者を悪側におくことで自己を正当化する唾棄すべき存在だ。
テレーズを苦しめるサロメ達の姿を見るたびに、私は母の姿を思い出したくらいだった。そして私は、八つ当たりするように、王子に吐き捨てた。
「ですが! あんな加害者側の醜さを見たら、テレーズやゼパル君達を『あっち側』に行かせたくないと思うと感じませんか?」
「ミーナ?」
「私はみんなが大好きなんです! なのに、彼らがあんな母と同じ顔をして誰かを虐げるとこなんて、私は見たくない! そんなただのエゴなんです!」
「……よくわかったよ……」
そういうと、アンドラスは少し哀しそうな表情を見せた。……本当は彼にこんな顔はしてほしくなかったが。
「……辛い思いをしていたんだな、ミーナは……」
だがアンドラス王子は、決して私の話を否定しない。
そこも、彼を好きになった……いや、私にそんな資格はないか。彼を『利用したい』と思うようになったきっかけだ。
「王子……。きっと私の考えは間違っているのでしょう。世間が望むのは彼女への報復でしょうから。彼女を辱め、貶め、苦しめて、加害者にふさわしい末路を与えて『観客』を喜ばせることこそ、私がすべきことかもしれません」
「……確かに、そうかもしれないな。正直、私も心のどこかでは、サロメさんへの断罪を望んでいたと思う。だが……」
「……え?」
そういうと、アンドラスは私の怒りに震えた肩をそっと抱きしめてくれた。
「今の話を聞いて考えが変わったよ。……私は、ミーナのその意志を尊重したい」
「……いいんですか?」
「ああ……私の心も身体も、ミーナのものなのだろう?」
「え?」
以前私は、そう催眠アプリで暗示をかけていたが、その効果は継続していたのか。
「ですが、アンドラス……けど、私はあなたを利用してばかりで……」
「それは違う。今までのことは全部、私が望んでやっていることだからな……。私でよければ、いくらでも力を使ってほしい」
「アンドラス……」
あなたがそう思ってくれているにも、催眠アプリであなたの心を操っているからだ。
そんなことは分かっている。
だが、それでも今は少しでもこの偽りの関係を続けたい。そう思った私は、涙ぐみながらも催眠アプリを取り出した。
『その通りです。……アンドラスは私のものです。絶対に、一生傍にいてください……。歳をとって、髪が白くなって、歯が抜けて……。そんな風になっても、私と一緒に毎日笑っていてください……!』
「それは……!」
これは、アンドラスに対して実質的に王としての立場を捨て、一人の人間として一緒に居てほしいというのと同じ意味だ。催眠アプリでも使わなければ、到底飲むことなど出来まい。
だが……。
「勿論だ、ミーナ。……私のほうこそ、ずっとあなたと共に生きたい。あなたが老婆になったら……是非、車いすを押させてほしい」
やはり、催眠アプリの効果は絶大だ。
こんな無茶な要求でも、絶対に王子は服従してくれるのだから。
(ありがとう、アンドラス……そして、ごめんなさい……)
私がかけた催眠なんて、どうせ効果が無くなったら忘れるのだろうし、彼を操り人形にした罪を償うことになるのだろう。
……たとえその贖罪が死であっても、今は少しでも王子の優しさや温もりを『搾取』したい。そう私は、アンドラスの顔に胸をうずめながら思った。
ーーーーーーー
「……あの女が……」
一方で、そんな二人が抱き合う姿を物陰から不快そうに見つめる姿があった。
……サロメだ。
「あの妙な板でランド様を操っていたのね……催眠術か何かをかけているのかしら……」
幸か不幸か、二人とサロメは距離が少し離れているため声は聞こえていない。
だが彼女には、ミーナがスマホを取り出して命令をするなり、王子と抱き合っているように見えていた。
……因みに、あのスマホの電池などとっくに切れていることも、彼女は知らない。
そもそもこの世界の住民に電池という概念などないから当然なのだが。
「最近急に、友達たちが離れていったのは、やっぱりあの女の差し金だったのね……。なんて卑怯な女……。あの板を奪ってやれば……」
サロメの中では、自分が『大事な友達を無理やり引きはがされた被害者』になっている。
そうつぶやきながらも、彼女は二人の姿を見つめる。




