2-5 学生は後に語る。「ランドに花を持たせるための芝居ですよ、あれは」と。
「今日はありがとうございました、アンドラス」
私はゼパル君の家から帰る道すがら、そうお礼を言った。
アンドラスは当然といった様子で笑みを浮かべて答える。
「いや、ゼパル君と話をするのは私も楽しいからな。気にしないでくれ」
「フフ、今度の漫画は面白いものになりそうですね?」
「そうだな、私も楽しみだよ」
ゼパル君の漫画は画力・構成力ともにメキメキと上達しているのを感じ取っている。
次の作品が完成したら、私は出版社にあの原稿を持っていくつもりだ。
もしかしたら流通に載せられるかもしれない。
(いっそ、絵が上手で話が苦手なミリアムと合作させるのもいいかな……。ミリアムがやってきたことを償わせる意味でもね……。うん、これから楽しくなりそう……)
そう思うと、私は思わずにやついてしまう。
それに気づいたのだろう、アンドラスがにこやかに尋ねてきた。
「楽しそうだな、ミーナは」
「え? ……あはは、そう見えます? ゼパル君の漫画に出てきたデスゲーム、アンドラスならどう対処します? あの好きな人を殺さないと出れない部屋ってやつ!」
「うーん……そうだな、まずは私だったら、ゲームが始まる前に思い切ってドアを破壊するかな」
「いいですね! 主催者の想定外の行動を取るのが大事ですし!」
共通の話題に花を咲かせながら、好きな人と夕暮れの街を一緒に歩くのは本当に幸せな気持ちになる。私はずっとこれをアンドラスとやりたかったことだった。
……頼むから、もう少しだけアンドラスに催眠がかかったままで居てほしい。
そんな風に思っていると、街の裏路地で何やら声が聞こえてきた。
「ちょ、やめてください!」
「うるせーな、少しは黙れ!」
「財布をさっさと出しなよな、てめえ!」
「待って、それは弟の……!」
「へへ、結構持ってんじゃねえか!」
どうやら、路地で女性が襲われているのが分かった。
……いや、襲われている女性の顔には見覚えがある。
「あれは……ルチアじゃない!?」
「なに……本当だ……なんでこんなところに?」
確か彼女はサロメの取り巻き、最後の一角だ。
彼女を仲間に引き入れればクラスのサロメ派は誰もいなくなる。
そう思いながらも、私はいつものように催眠アプリを取り出した。
「……王子、ちょっとこれを見てください」
「これは?」
見たところ、襲っている男たちは3人。私が一人で行っても勝ち目はないはずだ。
だが、アンドラスをけしかけてやれば何とか勝てるはずだ。
(ごめんね、また利用させてもらうけど……)
アンドラスを完全にもの扱いさせて危険な仕事をさせるのは気の毒に思う。
だが、彼女を助けることが先決だ。私は催眠をまた王子にかけることにした。
『これからルチアを助けますので、私についてきてください。ただし、暴力は使わないで。……あなたは強い人ですからそれでも出来るはずです。勇気を出してください』
「……ま、待て、ミーナ!」
これでよし、これで王子は逃げずに私と一緒に立ち向かってくれるはずだ。
ルチアのことは正直大嫌いだが、それとこれは別問題だ。
そう思いながらも、私は男たちの間に割って入った。
「あん、なんだよ嬢ちゃん?」
「あなたたち、何をやってるの?」
そう叫ぶ男たちはローブに身を包んでいて顔が分からないが、どこか声が若い。
……どこかで聴いたような声だが、思い出せない。
男の一人はニヤニヤ笑いながら答える。
「何をやるって……この金持ちの嬢ちゃんから、ちょっと小遣いを恵んでもらおうと思ってなあ!」
「そうだよなあ! 俺たちみてーな貧乏人に施しをって感じでな!」
「施しを求める態度じゃないでしょ? あんたたちがやってるのは、恐喝じゃない!」
「だから何だってんだよ! ……そうか、嬢ちゃんも仲間に入りたいってことか?」
やはり、私が入ったくらいでは大して脅しにはならないか。
……だが、そう思っていると後ろからアンドラスが威圧的に尋ねてきた。
「やめろ、3人とも!」
「あん?」
いつもの気弱でおどおどした王子とは思えない、毅然とした口調でハッキリと答えた。
やはり催眠アプリの効果は絶大だ。
「な、なんだよ兄ちゃんは……」
「私は彼女たちの友人だ。これ以上相手をするようなら……」
「てめえが戦うってのか? ……けっ! 舐められたもんだぜ!」
そういいんながら手に持ったナイフを構える男たち。
(まずいか……な……)
漫画や観劇の世界では軽視されることも多いが、ナイフと素手の差は圧倒的だ。
よほどの素人が相手だとしても、ナイフを持つ人間に勝つことはありえないと思ったほうがいい。まして3対1で戦って勝てると思うほうがどうかしてる。
(せめて、利き腕側は私が守ってあげないと……)
そう思った私は、アンドラスの右手側に立って持参したバッグを構える。
(怖がらなくていい、安心してくれ、ミーナ)
(え?)
だがアンドラスはそう私に囁いた後、余裕そうな笑みを見せて答える。
「もし戦うなら相手になるが……お前たちの苦手な憲兵を先ほど呼んだのだが?」
「なに?」
「若い少女を相手に刃物で脅し金品を巻き上げたとなれば……お前たちは悪人だ。あの残虐なオルニアスに何をされるか分からないのか?」
「ぐ……!」
オルニアス第二王子はサディスティックな性格ではあるが、面白がって『罪のない人』をいたぶるような真似は、アンドラス以外には行わない。
……逆に言えば『罪がある人』であれば、容赦なく公共の場で『拷問ショー』を面白がって行う。まあ、その拷問がわが国では一つの娯楽として喜ばれているのだから嘆かわしいのだが。
その恐ろしさはこの国の民なら一人残らず知っている。
男たちは急にそれを聴いて顔色を変えた。
さらにダメ押しに、アンドラスは財布を盗賊たちの背後に放り投げて答える。
「金が欲しいなら、私のものを持っていくといい。……だが、ルチアの財布は代わりに返してくれ」
「…………」
ルチアを襲っているのは、見たところ喰い詰めて強盗をしているような連中だ。
自身の財布を投げ渡したのは単にルチアの安全のためだけでなく、曲りなりにも王子であるアンドラスが、本人なりに責任を感じたためだろう、
「……分かったよ……そら!」
「おっと!」
そういうとともに、ルチアから奪った財布をアンドラスに投げつけ、彼が一瞬ひるんだすきに振り向いて走り出した。……なぜか、アンドラスの投げた財布には手を付けず。
「……早くずらかるぞ!」
そういうと、男達は脱兎のごとく駆け出していった。




