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そして放課後。
私はアンドラスと一緒にゼパル君の家に向かっていた。
「アンドラス……今日もありがとうございました。原稿はちゃんと持っていますか?」
「ああ。ミーナも読んでみるかい?」
「ええ」
学校では私は『黒幕』であるためにアンドラスとはわざと距離を置いている。
だが、幸いなことにゼパル君の家は殆どのクラスメイトの帰り道からは外れた場所にある。
そのため、ここぞとばかりに私は王子にぴったりとくっつきながら、ミリアムが描いた漫画を読んでみた。
「へえ……面白いですね」
「だろう? ……やっぱり、彼女は……いじめなんかより漫画を描いている方が向いているな」
「…………」
それは確かにそうだ。
……だが、気に入らないのはこの主人公の貴族がどことなくアンドラスに似ていることだ。そしてヒロインも、どこかミリアムに似ているということも。
私の催眠による命令でミリアムと話をしてもらっているのは分かっているが、それでも彼があの女と仲良く話をすることも含め、それが少し不愉快だった。
そう思った私は、アンドラスに対して催眠アプリを取り出す。
『今日はこれから、ずっと私と手を繋いでいてください』
「……わかった」
も、勿論、これは単に嫉妬の感情だけではない。
理由の一つは、防犯のため。
正直、ゼパル君の家のあたりはスラム街で治安があまりよくない。
アンドラス王子は見た目もかなり大柄だ。そのため、彼が護衛としてついてくれることは、安心に繋がる。
そしてもう一つはゼパル君が私を『女神化』してしまうことを防止するためだ。
幼少期に私は、クラスの目立たない男の子を可哀そうに思って遊びに誘ったことがある。
……だが、それ以降彼は何を勘違いしたか『私は彼のことを好きである』と吹聴するようになってしまい、あれこれと粘着するようになってしまったことがある。
あの時のような失敗は繰り返さないため、私は『婚約者』である彼を連れてきたのだ。
(まあ、勿論一番の理由は、こうするためだけど……)
そう思いながら、私はアンドラスの腕にギュっとしがみつく。
この時間を過ごすために、アンドラスを洗脳してやったんだ。……そう思いながら。
ーーーーーーー
それからしばらくして、私たちはゼパル君の家に到着した。
「やあ、ゼパル君。調子はどうかな」
「こんにちは、ゼパル君」
「……あれ、ランド君? それにミーナさんも。良かったら入ってよ。新作のアイデアが出来たんだ」
そう答える彼は、櫛で整えたであろう坊ちゃん刈りの髪を撫でつけながらも私たちを家に招き入れた。勿論、あくまでも私は『ランドの付き添いで来た』という体で彼には接している。
……実際は逆なのだが。
(前より、少し雰囲気が良くなってるかな……)
最初に会ったときには、ぼさぼさの髪にボロボロの服だったが、最近では少し身なりに気を遣うようになってきているのは、その姿から理解できた。
……もう少しで、私の計画通り彼と一緒に、また遊べる日が来るかもしれない。そう思いながら私は彼の部屋に上がり込む。
「それで、今回はどんな話にしたんだ?」
「ああ。今度は単なるデスゲームじゃなくてさ。恋愛要素を入れたいんだ」
以前と違って、彼の部屋も綺麗になっており、感情的だった性格もなりをひそめている。恐らく、少しずつだがメンタルが回復しているのだろう。
(フフ、アンドラスを利用した甲斐があったな……)
そう思いながらも、アンドラスの後ろから抱き着くようにしながらゼパル君が書いたプロットを覗き込む。これはゼパル君が勘違いしないためであり、断じてイチャイチャしているのを見せつけたいわけではない。
「恋愛要素か……なるほど、この子のことだね」
「確かに。ヒロインが、凄い主人公のこと好きって感じが伝わるな……」
漫画を読んでみると、ヒロインはショートカットで金髪、グラマラスな女の子となっており、不自然なまでに私と外見的特徴が重なっていない。
……恐らく、私を異性として意識することをアンドラスが嫌うと察したためのだろう。
そう思っていると、ゼパル君は疑問を投げかけるような口調で私たちに尋ねる。
「そう。……あのさ。二人は付き合ってるんだよね?」
「え? ……付き合っているというか、まあ……」
「私はランドと婚約関係だからね。……けど、クラスの子には言わないでね?」
私はそういいながら、あえて少し見せつけるように彼の腕を掴んだ。
こうすることで『ゼパル君とはあくまでも、友達として仲良くなりたい』ということを示すためでもある。
その方が、前のように『僕を好きだと思っていたのに、騙された!』なんて言われることを防げて、お互いにとっていい。決して、アンドラスと付き合っているつかの間のひと時を楽しんでいるわけではない。
「ふうん……いいなあ……」
ゼパル君は案の定、その様子に少し嫉妬するような表情を見せた。
だが、ランドとの関係を大事にしたいと思っているのだろう、それ以上うらやむ素振りを見せずに一枚のイラストを見せてくれた。
これはヒロインの設定図だろう。
「彼女に主人公が惹かれるシーンを描きたくてさ。……ランド君は、ミーナさんのどんなところが好きになったの?」
「な……!」
ちょ、お前!
……アンドラス王子はなあ、催眠アプリで操り人形にしている身なんだぞ?
しかも『お前やテレーズと友達になりたい』っていう私のエゴのために、さんざんこき使って、しかも今朝は八つ当たりまでしたんだ。
本心では、私のことを嫌ってるに決まってるだろう。
そう思いながら、私はアンドラスの方を恐る恐る見つめた。
……ここで催眠アプリの存在を知られるわけには行かない。だから取り出すことも出来ずに彼の反応を待つしかなかった。
「それは……どういうことかな?」
「単に婚約者だからって理由だけじゃないだろうし、見た目だけに惹かれたわけじゃないよね? 二人とも凄い仲よさそうだもの」
「なるほど……」
そういうと、アンドラスは一瞬考えた後、すぐに答えた。
「私は……彼女の優しさに惹かれたんだ」
「優しさ?」
「ああ。以前彼女は私の……いや、私と同じ職場で顔を合わせていた時期があってな」
まあ、王子に取って王宮は住まいではあるが職場でもある。あながち間違いではないだろう。
「そうだったんだ?」
「そこで、彼女は……以前客人が体調を崩したことがあってな。その時に誰よりも早く水を持ってきてくれて、そしてソファに寝かせてくれたんだ」
「うん、なるほど……凄いな、ミーナさんは……」
「そして、それから……」
それからしばらく、私が王宮で働いていた時の出来事を説明してくれた。無論、彼と私の素性が分からないようにフェイクを入れながら。
また、正直『そんなことまで覚えているの?』と思うほど、彼の記憶は正確なものだった。
(けど、勘違いしないようにしないと……。アンドラスは、人の良いところを見つけるのが得意なだけ……誰にでも優しいから……本当の私は、特別な人じゃないんだから……)
正直、アンドラスが私のことを細かく覚えていてくれるのは嬉しい。
だが、彼が私を愛してくれているのは、その前提にあ『私はアンドラスの婚約者である』という催眠によるものだとは分かっている。
それをはき違えるのは、以前私を罵った男子と同じレベルの所業だ。
……だが……。
「アハハ、ミーナさん、顔真っ赤だよ? そんなに褒められて照れてるの?」
突然そうゼパル君に言われ、私は顔を赤らめていたことに気が付いて顔を背ける。
「あ……べ、別にいいでしょ? バカ!」
「ああ、怒らせちゃった。……ランド君、後で謝っときなよ?」
「ああ……」
「けど、ありがと。凄い参考になったよ。……また、頑張って書くから出来たら教えるね?」
「勿論だ。楽しみにしているよ。……それと、これを」
そしてアンドラスはクッキーを差し出した。
「これは?」
「ミリアムさんからだよ。……君に酷いことをしたお詫びのつもりなのだろうね」
「ふうん……あいつが……?」
だが、ゼパル君は手を付けようとしない。
……まあ、さんざん自分をいじめてきた相手だから当然だろうが。
だがしばらく考えた後、
「……ま、ランド君が持ってきたなら……それならさ、一緒に食べよっか?」
「ああ」
そういいながら、彼はクッキーを皿に開けた。
(……少しはミリアムとの関係も、良くなったのかなあ……)
そう思いながら、私は彼とアンドラスの3人で漫画談議に花を咲かせた。




