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「母は『生きて償う』と言っていましたが……。遺族にも法の場にも姿を現す気がなかったんです。だから本音は、ただ死ぬことも罪に向き合うことも嫌で、逃げていただけだったんでしょうね。」
本来「生きて償う」なんて言葉は、第三者が加害者にいうべきセリフじゃない。
父は『若い美人の女』を自分のものに出来て『優しい自分』に酔えるなら、誰でも良かったのだろう。
……母がもし男だったら、即憲兵に突き出していたことは想像に難くない。
「勿論、お尋ね者の母が、仕事なんて出来るわけがありません。出来るのは、家にこもって毎日酒を飲みながら、私をストレスのはけ口に使うこと。それだけでした」
仕事だけじゃない。
人殺しばかりやってきた女が、家事も育児も出来るわけがなかった。そこで、父が王宮に出稼ぎに行くようになってからは、私があの女の面倒を全て見させられてきたのだ。
「……酷い話だな。父上は、何も言わなかったのか?」
「誰かを傷つけた加害者を匿い、法の裁きも受けさせず、勝手に『許して』『受入れて』『愛せる』ような甘い男が、自己主張できると思いますか? 『お母さんも辛いんだから、許してやってくれ』だけでしたよ、口にするのは!」
バン! と思わず私は机を叩きながら叫ぶ。
父は、自身のことを『優しくて理解のある彼くん』だと思っていたのだろう。
思わず私は激昂しながらそう答えると、アンドラスは少し委縮したような表情を見せた。
「……それで……正直、アンドラスの今の表情は……昔の母の顔色を伺っていた私に似ていたので……だから、その……不愉快だったんです」
「そうだったのか……すまない……」
そうアンドラスが言ったので、私は思わず催眠アプリを使って命令した。
『謝らないでください、アンドラス!』
「え?」
「そうじゃなくて……やってくれたことは嬉しいんです……だから、その……!」
ダメだ、言葉がうまく出てこない。
寝坊した私のために家事を全部やってくれたアンドラスに八つ当たりするなんて、自分がどれだけ酷いことを言っているのかは分かるからだ。
だが、何をどういえばいいのか分からない。
「み、ミーナ?」
思わず私は、アンドラスに思いっきり抱き着いた。
「……と、とにかく……私に気に入られたいなんて理由で頑張ってもらっても、嬉しくないんです! だから……明日からは、もうこんなことしなくていいです! 私が全部やりますから!」
「…………」
そういうと、アンドラスは少し悩んだ後に尋ねる。
「おかしいな、確か私は……あなたの婚約者のはずだろう?」
「……え?」
「であれば、関係は対等であるべきだと思うが」
そうだった、私は催眠アプリでアンドラスを『私の婚約者』だと思い込ませてるんだった。
「それに私は、別にあなたのためにやったわけじゃない。たまには掃除や料理の腕を披露したいと思っただけだよ」
「いや、それは……」
それが嘘なのは分かっている。
だが、いつものアンドラスなりの優しさなのだろう。そう思いながら私は彼の発言を続けるのを聞いた。
「それでももし、私がしたことが気に入らないなら……」
そういうと、アンドラスは少し考えながら答える。
「今夜、たっぷりと話を聞かせてほしい。……そろそろ出発の時間だと思うからね」
「え? ……あ!」
時間を見ると、もう遅刻はほぼ確定だ。
そう思いながらも、私は皿を片付けて通学用の荷物を持った。
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(本当に……私はダメだったな……)
寝坊してアンドラスに迷惑をかけたにもかかわらず、それを感謝もせずに逆に自分の過去を思い出したせいで、その八つ当たりまでする始末。
しかも、そのフォローまでアンドラスにしてもらったのだ。
(……催眠アプリ……使おう……)
困った時にはこれに頼ろう。そう思いながらも、私は顔を上げるともう一度催眠アプリをアンドラスの前に見せて、思い切って叫ぶ。
「命令です、アンドラス!」
「え?」
『アンドラスには、今後どんどん本音を吐いていきます。けど、私とあなたは婚約者ですから! ……だから……だから、こんな私にも愛想をつかさないでください!』
「……ああ、勿論だ。互いに本音で語り合おう、ミーナ」
……よし、効いたみたいだ。
本当に催眠アプリは便利だ。
催眠アプリがある限り、ずっとアンドラスは私の操り人形にできる。今後は、私の『感情のゴミ箱』にもなってもらおう。
幸い明日は休みだし、今夜はアンドラスを寝かせるつもりはない。
そう思いながら、私は王子と一緒に学校に向かった。




