プロローグ 警備兵は後に語る。「ええ、わざと彼女を見て見ぬふりをしました」と。
『命令です、アンドラス王子。服を脱いでください』
ゴトゴトと揺れる薄暗い馬車の中で、私は『スマホ』という機械を向けて命令した。
命令されたアンドラス王子は一瞬私のことをチラリと見た後、
「分かった……」
そういいながら、上着を脱ぎ始めた。
(凄い……。この『催眠アプリ』の効果は絶大ね……)
私が持っているこの機械には『催眠アプリ』という機能が入っている。
この機械を向けて命令すると、相手を意のままに操ることが出来るという、恐るべき道具だと行商人は言っていた。
(本当に手に入れるのが大変だったけど……。全財産をはたいて手に入れられて良かった……)
そう思いながらも、服を脱ぎ肌着だけになった王子に対して、スマホを向けて更に命令する。
『肌着も脱いで、そこに横になってください』
「わかった……」
そういってアンドラス王子は、下着一枚の姿になり美しい肢体がランプに照らされた。
(……ああ、アンドラス王子……やっと、私のものになった……)
私は普段は学生として勉強する傍ら、父の仕事の兼ね合いで、王宮には何度かお邪魔していた。
その時、アンドラス王子にはとても世話になっていた。
いつも爽やかな笑顔で挨拶をしてくれたし、仕事で失敗しても笑って許してくれた。
そしてどんな時でも部下に礼儀を欠かさず、そして明るく周りを盛り上げてくれていた。
……だが、彼にとって不運だったのは、私が腹黒い『悪女』だったということだろう。
いつしか私は、この優しくて素敵なアンドラス王子を自分の夢のために利用してやろうと思うようになった。
そして、ある日訪れた行商人から『スマホ』を購入し、彼に催眠をかけて遂に今日城から連れ出すことに成功したのだ。
(本当に、今日はラッキーだったな……)
決行の日は、この『恵みの日』と決めていた。
この日は一年の中で最も雨が降りやすい日であり、私の目論見通り土砂降りとなった。
そして私は警備の手が薄くなる深夜に、盗んだカギを使って部屋に忍び込み、
『私はあなたの婚約者です。……どうか、私と一緒に城から逃げてください』
と催眠をかけ、城から連れ出したのだ。
(まさか、ここに来るまで一度も追手に見つからないなんてね……)
なぜかは知らないが、裏口のカギは空いており兵士もこちらに気づかなかったため、ここまではスムーズに脱出できた。
(けど、流石にこれ以上追手に見つからないのは、無理か……)
目的地である私の村まではまだ距離がある。
私はそっと目を閉じて耳を澄ませると、遠くから馬の蹄のような音が雨の音に混じって聞こえてくる。
(遠くから追手の音が聞こえる……。やっぱり、この馬車じゃ追いつかれるのは時間の問題ね……)
この馬車は私が宮殿での仕事で稼いだ全財産をはたいて借りたものだが、金額など知れている。借りれた荷馬車は正直足が遅いし乗り心地も悪い。
私は、下着一枚になって横たわる王子を見ながら、ぽつりと尋ねる。
「アンドラス王子、寒くないですか?」
「……ああ、平気だ……ミーナは?」
「平気です……」
ミーナとは私の名前だ。
王子は催眠によって、私のことを『婚約者』だと思い込んでいる。だから私にそう優しい言葉をかけてくれているのだろうと思うと、少し切なくなる。
『最初は痛いかもしれませんが……。きっと、気持ちよくなりますから安心して身体を預けてくださいね、王子……』
「ああ……」
念のためにもう一度そう催眠をかけた後、王子の身体にそっと手を触れ、身体に口づけをしようとした。
だがその瞬間、外から大きな声で兵士たちが叫んでくるのが聞こえてきた。
……ダメだ、やはり私たちの荷馬車は補足されていたのか。
「おい、お前たち! あそこの馬車に乗っている連中に声をかけろ!」
そういう怒号とともに聞こえてきたのは、オルニアス第二王子の声だ。
彼はアンドラス王子の弟だが、正室の子ということもあり、城内での立場は強い。
「早くいけ!」
「ぎゃあ!」
しばらくすると、鞭がバシン! と唸る音とともに兵士の凄まじい悲鳴が聞こえた。
……いつものように兵士を叩いたのだろう。
「聞こえなかったのか? まさかお前たち、あんな薄汚い馬車に俺が近づけと?」
「い、いえ、そんな……」
「あんな小汚い御者どもに近づいて病気になったら、責任取れんのか、ああ!?」
「ひ、ひい!」
あの男の暴力はいつものことだが、やはり聞いていて気持ちのいい音じゃない。
「……ダメだ、止めさせないと……」
王子はそうつぶやいて立ち上がろうとしたのを見て、私はスマホを起動する。
すると「Low Battery」という画面が表示された。
(あれ、さっきと画面が違うな……)
私が王宮から彼を連れ出したときには別の画面だったが、今はそう画面に表示されている。
『Low Battery』? どこの国の言葉だろう?
そう思いながらも、私は王子にスマホを向けて呟く。
『婚約者の私がなんとかします。アンドラス王子は、まだ寝ていてください』
「……ああ……分かった、信じるよ……」
……問題ない、催眠アプリの利用に影響は内容なので、私は気にしないことにした。
私が婚約者だと思っているから、信頼してくれているというのもあるのだろう。
王子は私の命令を聞いて、素直に横たわってくれた。




