第五品目 灯台下暗し〜カントリー◯アム風クッキー
「…南無真如…」
俺は、神棚に向かって一生懸命お祈りをしていた。この世界での魔法は、神様にお借りしている力。信仰の深さ=魔力の高さと言える。皆それぞれ好きな宗教好きな神様を信仰していい世界だ。
俺は、「真如苑」(敢えて実在の宗教団体の名前。ググってください)を信仰している。
「クゥン(おやチュ)」
膝に抱いていたパトラッシュが甘えてくる。しかし、今は、大事なお祈りの時間…。
「キューン(おやチュ…)」
「…」
かわいいは罪だと思う。俺は、パトラッシュにおやつや餌をあげすぎて、一キロも太らした。パグ犬は、六キロ〜くらいである。その一キロは、六十キロの人が十キロ太るくらい罪深い…。
★★★
ある一月の夜。俺が寝ようとすると、
「♫♫♫〜」
モデル会社の社長から着信が。
「寝よ」
いつものことだが、俺が着信を無視するとライ◯が連投できた。
「おい」
「無視すんな」
「今度は、コテンパンチョコのバレンタインフェアで、報酬+コテンパンチョコ一年分だぞ」
俺は、直ぐに社長にコールバックし、仕事を受けた。
★★★
「あなたを愛でコテンパン」
いつも、キャッチフレーズがおかしい気がするが、コテンパンチョコは高級チョコで、皆喜ぶ。バレンタインフェアはいつもの売り上げの十倍以上はいくとか。
「おはようございます」
俺が、事務所入りすると、
「お願いします。今日のコテンパンチョコのバレンタインフェアの仕事、絶対にやりたいんです」
「…で、でもキリコちゃん、その状態じゃ…」
お取り込み中のようだ。十年前から人気モデルとして大活躍のキリコ。ボブカットがよく似合う小顔と長身のスタイルが魅力の女性モデル。しかし、彼女には物凄い欠点がひとつだけ。
(…男の見る目が皆無という噂は本当なのか)
キリコは、美しい顔を痛々しく腫らしていた。よく見ると、彼女の腕や足、至る所に傷があって腫れている。
(今は、モデルのソウマと付き合っているんじゃ? それにしても秒で別れるべきDV男だったとは)
相手は、あまり評判の良くない男性モデルのソウマ。最近も暴力事件を起こして干されてる途中のはずだ。
マネージャーと言い争っているが、このままでは仕事が進まないので、俺も帰れない。申し訳無いが、口出しすることにした。
「…冬なので、腫れているところは、メイクとマフラーや帽子耳当てとかのアイテムで上手く隠して、全身も肌が見えないコーデで何とかすればいいかと」
突然の予定変更で現場をバタバタさせてしまったが、彼女はさすがプロ。撮影は、びっくりするぐらいスムーズに終わり、すぐ帰れることになった。
キリコも、帰る支度を始めていたが、俺は声を掛けることにした。
「ねぇ」
一言声を掛けただけで、キリコは怯えたように俺を見た。今から何を言われるのか、予想できているようだ。
「…なんでソウマと別れないの?」
「…」
キリコは、ポロポロと涙を流した。俺は、マネージャーも連れて、別室に移動して話を聞くことにした。マネージャーを連れて行ったのは、二人きりだと、キリコが怯えて何も言えないかなと思ったからだ。
★★★
マネージャーに温かい飲み物やキリコが好きなお菓子とかも用意してもらい、とにかく落ち着くのを待った。
しばらくすると、キリコはしゃくりあげながら話し出した。
「…だってソウマがいないとキリコは独り」
キリコは、早くに両親を亡くして天涯孤独の身だそうだ。だから、クズ男にもホイホイ付いて行ってしまうことが分かった。モデルの我儘でマネージャーが頻繁に辞めてしまうこのモデル業界で、キリコのマネージャーはデビュー当時から同じこの男。キリコは寂しがり屋で物凄く良い子なのだ。
「…俺が他の奴連れてくるって言っても駄目?」
「えっ?」
キリコと、マネージャーがきょとんとした顔をした。俺は知っている。マネージャーは、十年前、キリコがデビュー当時からずっと愛を拗らせているのだ。傍目に見たらこんなに分かりやすいのに…。
俺は、このままではキリコが殴り殺されかねないこと。前科を沢山持ってるソウマは、ちょっと警察のお世話になっていただいて反省してもらうべきと懇々と説得した。
★★★
バレンタイン前日。ソウマは、パチンコに行ったら閉店まで帰って来ないそうで、その間に俺とマネージャーがキリコの部屋にお邪魔して、監視カメラやマイクを仕込んだ。
「台所借りるぞ。キリコは、ラッピングの材料準備して」
俺は、キリコの家に魔法陣を敷いて自分の家に戻り、魔法の冷蔵庫から食材を取ってきた。
板チョコを刻んで、ホットケーキミックスと、ココアパウダー、砂糖と牛乳、サラダ油を混ぜるだけ。
後は、オーブンが良いが、魔法のフライパンも使わないといけないので仕方ない。アルミホイルを敷いてその上に生地を敷いて焼く。
クッキーは、フライパンでも焼けるので試してほしい。意外とイケる。オーブンが無い方は、オーブントースターもオッケー。
クッキーの焼けるいい匂いが部屋に充満する。
「! マジ、カントリーマア◯の香り!」
焼き立ては本当に美味しいので、ぜひどうぞ。
★★★
俺とマネージャーは、俺の家で監視カメラのモニターと、スピーカーをセットして、ソウマがキリコの家に帰って来るのを待った。
「ドカドカ」
乱暴な足音がして、ソウマが帰ってきた。
「バタン! ガン!」
「あー今日も負けちまったくそ!」
「おい! 薄与!」
…キリコの本名は幸薄与である。名前の通りすぎる人生…。
「バシッ!」
「!」
ソウマは、キリコを見るなり直ぐに張り倒した。直ぐに足でも蹴る。
「バキ! ドカ!」
…しばらく目を背けたくなるような暴力シーンが続いた。
「ちゃんと録画してますか?」
俺がマネージャーに話し掛けると、マネージャーは青い顔をしながら頷いた。よく見たら震えている。怒りで震えているらしい。まぁ、好きな女が殴られてるのを見るのは最悪の気分だよな。
しばらくキリコを暴行した後、ソウマはテーブルの上の物に気付いたようだ。そこには綺麗にラッピングされたクッキーが。
「明日は、バレンタインかそう言えば。薄与のくせに気が利くな」
ソウマは、乱暴に袋を開けると、クッキーを貪り食い出だした。…食べ方も下品で俺も怒りがこみ上げてくる。
「…歪な割には美味しい…」
「ドサッ!」
ソウマは、クッキーを全部貪り食うと同時に床に倒れた。俺が「警察に連れて行かれて落ち着くまで眠って」もらうよう、魔法をかけておいたのだ。
「行きますよ!」
俺はマネージャーを連れてキリコの家に転移し、警察を呼んだ。
★★★
俺たちが提出した証拠映像と音声データ、キリコの身体に残った無数の傷痕から、直ぐに警察が動いてくれた。
前科がたんまりあったこともあり、ソウマは直ぐに留置所→実刑となった。
マネージャーは、意識が戻ったキリコに全て説明し、
「一緒にいてほしいなら、俺がいるけど」
と、十年拗らせた愛を告白し、上手くいったらしい。そんなマネージャーの名前は、遅咲幸男。本当に良かったね。
俺の魔法は、神様のお力をお借りしている。なので、必然的に「心から相手の為を思うこと」も必要になる。
キリコは、マネージャーと付き合ってる今が一番幸せらしい。灯台下暗し。幸せは、意外とあなたの傍にあるかもね。