第三品目 こんにゃくの煮物〜光陰矢の如し〜
「♫♫♫〜」
「麗二スマホ鳴ってる」
「しっ! リリィ黙れ」
俺は、スマホに着信があるが敢えて無視している。この音楽は、モデル事務所の社長からだからだ。
「俺は今は、モデルやらなくてもいいの」
「♫♫♫〜」
…しつこい着信だ。さらに無視していると、ラインのメッセージが連続できた。
「麗二!」
「俺だ!」
「社長を無視するとかあるか!」
「今回はあのジェニーとの仕事だぞ!」
「いいのか?」
俺は驚いて、社長に電話をかけ直した。社長は、ワンコールで出た。
「麗二。何でそんなにモデルが嫌なんだ」
「…嫌だけど、ジェニーには会いたい」
ジェニーは、トップの中のトップのモデルだ。パリ◯レなんか、向こうから頭下げて出演を依頼されるくらいのモデル。
母親がジェニーを妊娠中からモデルをやっていて、ジェニーはそれからずっとモデルに映画にドラマにと、めちゃくちゃ忙しい。今年五十七歳だが、ドイツ人とのクォーターで、天使のような美しさは健在。男。
★★★
「じゃ、俺駅で待ってるから」
指定された待ち合わせ場所は、東京二十三区内だった。
「…俺、方向音痴で、飛行機十年振り」
飛行機のチケットだけがメールで送られてきた。
一応、俺は転移魔法は使えるが、方向音痴の為精度が悪い。目的の場所に魔法陣を敷けば確実だが、その為のは、一度はその場所に赴かねばならない…。
俺は、不安を抱えつつ当日を待った。
★★★
…羽田空港に着いた俺は絶望した。
「…広い。もう怖いぐらい広い」
社長との待ち合わせの時間を考えると、迷子になっている時間も無さそうだ。
正に「東京砂◯」を前に、俺は絶望しつつも、足を踏み出した。
★★★
俺は、目に付く周りの人全ての人に声を掛けた。這う這うの体で駅に辿り着く。
…社長は遅れてやってきた。
「おう! 酷い顔してんな。場所分かったか?」
「…全くもって」
「でも、時間通りだ。時間に遅れないことは良いことだぞ」
★★★
撮影場所に着いてから、ジェニーとの仕事はあっという間に終わった。俺がジェニーに見惚れている間に全てが終わったのだ。ジェニーは、写真や動画の一億倍くらい綺麗だった。
★★★
「…麗二。…麗二。聞いてる?」
旅の疲れと、憧れのジェニーとの仕事の緊張で、一瞬意識が飛んでいたようだ。気が付くと、俺はジェニーに肩を揺さぶられていた。
「え? ごめん。何?」
「この後、僕の家に来て」
俺は、二つ返事でオッケーした。行かないわけがない。
★★★
「…でっか。広!」
ジェニーの家は都内の一等地のタワーマンションの最上階だった。俺の家も最上階だが、田舎のタワーマンションである。ここはその何倍するだろう。ウン億円の世界だ。
「何か飲む? お酒は?」
「俺はお酒は全く飲めない。コーラある?」
モデルルームに置かれているような立派なソファーに座る。ホテルのロビーにもありそうな上質な座り心地。
ソファー前のガラスのテーブルにジェニーは、ウイスキーと氷、グラスと水、そしてコーラを置いてくれた。
「ありがとう」
俺は、ジェニーと二人きりで、緊張で言葉が出てこなかった。相手が好みすぎると喋れない。ジェニーは、宝石そのものだった。アクアマリンの瞳が遠くを見た。
「…僕さぁ、最近落ち込んでいるんだよね」
「何でですか?」
「うーん。なんかやる気が出ないっていうか。歳のせいか、お腹が出てきちゃって」
ジェニーは、服をめくってお腹を見せてくれた。言われてみないと分からないが、若干たるんでいるのがわかる。
「俺、ダイエットのお手伝いできますよ」
「え? ホント! どうやって?」
俺は、魔法が得意で、願いが叶う魔法を込めた料理を作れることを説明した。
「面白そう」
「台所貸していただけますか?」
★★★
…ジェニーの家には、立派なシステムキッチンと、大理石のカウンターがあったが、包丁が無かった。
俺は、家から材料を取ってくるついでに調理道具を持ってきた。もちろん、ジェニーの家の真ん中に魔法陣を敷いて。転移魔法で。
こんにゃくは、切れ目を入れた方が味がよく染みて旨い。(◯ュウジのバズレシ◯参照)
厚揚げ、ちくわを一口大に切って、醤油、みりん、酒を入れる。
出汁の素を入れたらひと煮立ちさせて、味の素を少し。
しばらくすると、家中にカツオのいい香りが漂い始めた。
「…日本人のばあちゃんのご飯の匂いがする」
これは、俺のオリジナルレシピだが、基本の煮物の味付けだ。オススメ。
皿に装ってジェニーに勧める。
「美味しい。優しい味がする」
こんにゃくに切れ目が入ってるから、ちゃんと味が染みてるし、厚揚げやちくわからもいい出汁が出る。旨い。
俺は、この料理に「ジェニーのダイエット成功と、今後も大活躍すること、俺とたまに遊んでほしい」という願いを込めた。最後に俺の願望が駄々洩れだが。(笑)
「今日、泊まってくよね?」
★★★
一週間後。
「…痛!」
俺は、トイレで局部にとんでもない痛みを感じた。これはただ事ではない。直ぐに病院に向かう準備をしながら、リリィが寝ている部屋の前を通る。
そっと扉を開けて、リリィの様子を確認する。
「…ううーん。痒い。麗二また浮気したな…」
…リリィは、M字開脚で陰部を掻いていた。俺が性病をうつしてしまったらしい。すまん。
病院に行くと、淋病だった。そういえば、ジェニーは、「性病の帝王」という二つ名があることをすっかり忘れていた。
★★★
それからしばらくして、ジェニーは、ジムのモデルにもなっていた。腹筋がきちんと六つに割れている。中性的な天使のような魅力がジェニーの持ち味だが、これでまた違った方向からファンが増えるだろう。
…それからしばらくジェニーからのお誘いは無かった。モテる男は忙しいからね。