第7話
「冷めないうちにどうぞ」
「い、いただきます」
お、美味しい…同じパンでも焼き方によってこんなに違うのか。
「ふふ、口にジャムついてるよ」
「どこですか?」
「…ここ、」
そう言って私の唇にそっと触れ、
「た、食べた…」
「ん、美味しい。冷蔵庫にオレンジ入ってたからマーマレード作ってみたんだ」
「マーマレード、」
朝からそんなに本格的に…。
勝手に湊さんは料理が出来ないと思い込んでいた。
ただ、しなかっただけだったんだ。
なんなら私よりも湊さんが作った方が美味しい。
「あ、そうだ。今日予定ある?」
「予定ですか?ないですけど…」
私に予定があるときの方が珍しい。
外に出るのは買い物に行くときぐらい。
「それじゃあお出かけしよっか。どこか行きたいとこある?」
「いえ、特には…」
湊さんにはクレジットカードを貰っていた。
これで何でも好きなものを買えって。
だけど、私のためというより…自分のため。
「これで身だしなみでも整えろ、俺の妻である以上、常に誰かに見られているという事を忘れるなよ。つまらない事で俺に恥をかかせるな。肝に銘じておけ」
それでも私が服を買わないから、パーティーがある時は湊さんがいつもドレスを用意してくれてた。
それもきっと私のためとかではなく、ただ自分の顔に泥を塗りたくなかったからなんだろうけど。
「彩花ちゃん?」
「あ、いえ、なんでもないです」
「服、あんまり買わないの?」
「はい。まだ着れるし、新しい服を買う必要もないかなって。それに…ファッションとかよく分からなくて、」
何を着ても私には似合わないから。
センスもない。
「勿体ないよ!彩花ちゃん可愛いのにもっとオシャレしないと」
「可愛くなんて…んむ、」
両手で顔を挟まれてるんですけど…
「そんなこと言わないで。彩花ちゃんは可愛いいよ」
嘘つき。
一度だって湊さんに可愛いなんて言われたこと無かった。
一番言って欲しい人に…。
「わ、分かりまひたから、離ひてくだはい」
こんな不細工な顔、見られて恥ずかしい…
「よし、じゃあ行こう!」
今の湊さんは突拍子のないことをよく言う。
「え、どこにですか?」
「デパート!」
「…デパート?」
記憶を失っているのに知っているデパートなんて…
事前に調べてくれたのか、それとも全ての記憶が消えた訳ではないんだろうか。
「デパートにはどうやって行くんですか、いつも秘書の方に運転お願いしてますよね」
「秘書?俺に秘書とかいるの?なんだか社長みたいだね」
「社長ですよ…」
「え?俺が社長…!?」
あ、そうか。仕事の心配もしないといけないのか。
湊さんが倒れたことは秘書の人には連絡してある。
この事を知られたら厄介な人が1人いるから、そこは心配だけど。
今はただ、湊さんの記憶が戻ることだけに集中しないと、だよね。