第5話
「ところで、すごく大きな家だね。家政婦さんとかはいないの?」
寝室だけでもリビング並みに広い。だから、家政婦を雇う人も少なくない。
だけどそれはあくまで他の人の場合。
「あ、はい。湊さんが家事ぐらい一人でできるだろって」
「俺がそんなこと言ったの!?」
信じられないみたいだ。
「うん」
「そんな、一人で掃除できるような広さじゃないでしょ?」
前の俺は随分冷たいヤツだったんだねって、本当にその通りだけど
「これぐらい一人でしないと。何もしないでここにいさせてもらうのが申し訳なくて、私も家政婦が欲しいなんて言わなかったんだよ」
湊さんにとって私は、めの上のたんこぶ。
少しでも迷惑をかけないように、助けになるように。
家事は私のできる唯一の事だったから。
「なんで申し訳ないなんて思うの」
「私が至らないせいで、いつも迷惑かけてたから、」
それなのに、家事すらまともに出来なくていつも呆れられてた。
「…俺は彩花ちゃんといられたらそれだけで十分幸せなのに、自分のこと至らないとか思わないでよ」
「ごめんなさい、」
私が不甲斐ないばかりに、湊さんにいつも迷惑かけてたのは事実。
「謝ってほしい訳じゃなくて、」
「…」
湊さんにもよくお前は謝ることしか出来ないんだなって言われてた。
「彩花ちゃん、」
「っ、湊さん…?」
え、私、今、抱きしめられてる…、?
「ごめん、ちょっとじっとしてて」
「…なんで、」
どうしてこんなにも優しく抱きしめてくれるんですか…?
「辛そうな顔してたから」
危ない、抱きしめ返すところだった。
今の私にそんな資格ないのに。
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
「ほんとに?」
そう言って心配そうに私の顔をのぞき込む。
「大丈夫です」
「そっか、良かった。とりあえず彩花ちゃんの意見を尊重したいから家政婦の件は保留にするけど、しんどくなったらいつでも言ってね」
私の意見を尊重してくれる…そんな人今まで…
「どうしてそこまでしてくれるんですか?」
怪我をしたら心配してくれて、私のためを思って行動してくれる…
「どうしてって、好きなら当然だよ」
「好きなら…」
湊さんが私のことを好きになってくれるかもしれない。
なんて期待したこともなかったし、自分が嫌われてることぐらいちゃんと分かってた。
だけど、こう言葉にされると、何だかグサッとくるものがある。
「あ、前の俺が彩花ちゃんを好きじゃなかったって意味じゃないよ、」
そう言われれば言われるだけはっきり分かる。
「いいの。分かってるから」
「ほんとに違うんだよ、だって彩花ちゃんの顔を見てたらドキドキするのだって、まだ出会って間もないのに彩花ちゃんがとてつもなく愛おしく感じるのはきっと昔の自分がそう思っていたからなんだろうなって」
「そんなわけ…」
湊さんが私を愛おしく思ってた…?
そんなわけあるはずない。
湊さんは嘘が下手くそだ。
「ほんとだよ。ほんとに…。…っ、」
痛みで顔を顰めた。
「湊さん!大丈夫ですか!?」
「大丈夫、ごめんね。今日はもうこのまま寝ることにするよ」
自分が誰なのかすら分からずに、動揺してるはず。
今は一人にしてあげなきゃ。
「うん。その方がいいよ。じゃあ私はこれで」
「え、どこ行くの?」
どこって…
「寝室だけど?」
「ここは?」
「ここ…?」
ここは湊さんの寝室でしょ?
私の寝室はまた別の場所。
「ここでは寝ないの?こんなにベット広いのに?」
「そ、そうだけど」
湊さんと私が一緒に…?
「嫌…?」
「嫌というか…その…」
私と寝たくないからってわざわざ自分の部屋を作ったのはそっちなのに。
「あーごめんね。困らせたかったわけじゃないんだ。だからそんな顔しないで?ね?おやすみ、また明日」
ずるいよ、そんな顔で言われたら…
「失礼します」
そう言って湊さんのベッドに潜り込んだ。
「え?彩花ちゃん?」
「別に湊さんが嫌いな訳じゃないから誤解して欲しくなくて」
「はあ、可愛すぎ」
「か、かわ…?」
今のとこに可愛い要素があったんだろうか
「抑えが効かなくなる前に早く寝よ」
「抑え…?なんの?」
「彩花ちゃんは知らなくていいの」
なんて言うから
「気になって眠れないかも」
「きっとすぐに眠れるよ」
って結局答えが分からないままモヤモヤしてたけど、湊さんの言う通りすぐに寝りについた。