第13話
「湊さん、できたよ!」
声をかけるとき、私は少し緊張していた。
ケチャップで描いたハートが、子どもっぽいと思われたらどうしよう。
そんな不安が胸の奥に残っていたけれど、それでも、湊さんに喜んでもらいたくて、思い切って描いた。
湊さんは、私の声に反応してダイニングテーブルにやってきた。
椅子に腰を下ろすその表情が、ぱっと明るくなる。
「あ、オムライス!しかもハート!?かわいい!」
その言葉に、胸がじんわりと温かくなる。
思わず、肩の力が抜けた。
ケチャップでハートなんて書いたら引かれるかなって思ったんだけど、大好評だった。
「召し上がれ」
少し照れながら差し出すと、湊さんは嬉しそうに手を合わせた。
「いただきます!んん!おいひい!」
口いっぱいにオムライスを頬張る姿が、まるでリスみたいで、思わず笑ってしまう。
「ふふ、良かった」
その笑顔を見ていると、胸の奥がじんわりと満たされていく。
こんな風に、誰かと一緒にご飯を食べるのは、いつぶりだろう。
湊さんはいつも夜遅くに帰ってくるから、私は一人で食事を済ませることが多かった。
テレビの音だけが響く部屋で、冷めたご飯を口に運ぶ時間。
寂しさに慣れたふりをしていたけれど、本当は、誰かと笑いながら食べるご飯が恋しかった。
遅くまで働いてるんだろう。
そう思って、疑いもしなかった。
だけど、あの頃の湊さんは、きっと本命の人のところに行っていたんだろうな。
その人のことを、今も覚えているんだろうか。
ふと、そんな考えが頭をよぎる。
「彩花ちゃん?」
名前を呼ばれて、はっと我に返る。
「ん…?」
「顔色悪いけど大丈夫?」
心配そうな声に、胸がちくりと痛んだ。
こんな風に気遣ってくれるのに、私はまだ過去の影に囚われている。
「あ、うん。大丈夫だよ」
笑顔を作って答える。心配かけちゃだめだ。
せっかくの楽しい時間なのに。
「沢山歩いて疲れちゃったかな?」
「そうかも、」
本当は、心が少し疲れてるだけ。
でも、それを言葉にする勇気はなかった。
「今日はもう休もうか」
「うん。そうしようかな」
「じゃあ、先にお風呂入っておいで」
「その前にお皿洗わないと、」
「俺が洗うからいいよ」
「え、でも、」
私が作ったご飯なんだから、片付けまでしないと。
そう思ったけれど、湊さんは優しく微笑んだ。
「ご飯作ってくれたお礼」
「お礼だなんて、」
むしろ、私の方こそお礼を言わなきゃいけないのに。
こんな風に一緒に過ごせる時間をくれて、ありがとうって。
「あ、それとも俺と一緒に入りたかった?」
「ち、違います!お先失礼します!」
顔が一気に熱くなる。
今の湊さんは、平気でこんなことを言う人だって、忘れてた。
そんな気持ちで胸がいっぱいだった。