『山の上』
「からだを鍛えるための修行場は、奥の滝つぼのほうと、岩山にある」
「行かねえっていってるだろ」
ドウアンの居房で白湯を飲んでいたセイテツは、行けと言われる前に断った。
「滝堂は、ギョウトクに汚されて一度つぶしたが、また新しいのをたてることになったので、いま、その金をどうしようかと考えているところだが・・・。 ―― おまえ、色街の女を描いて、ずいぶんともうけているそうだな。おばばさまがそのことを知ったら、」
「わあーかった。・・・だすよ。まあ、きもち」
「おじじさまに、じかにいいつけてもいいんだぞ」
「だします。ださせてください」
ドウアンがさしだした紙に、その気持ちをここに一筆しるせといわれたセイテツは眉間にかなりのしわをきざみその金子の額をかきつけたが、よこで見ていたドウアンに、さらっとふたつ桁をあげられた。
文句をいいながらもあきらめて息をついたときに、コウアンが現れ、ジュフクさまがおよびだと、スザクとセイテツをよんだ。
コウアンのあとにつき、『奥の滝つぼ』をすぎ、その立派な滝の水を落とす『山の上』をめざす。
「・・・ジュフクどのは、この山の上に住んでるのか?」
息をきらせてまだ先のある階段をみあげた絵師は、左右の岩だらけの景色にうなるような声をもらす。
「ああ。毎朝、ここから下の本堂まで通ってこられる」
「・・・まさか、夜はここをのぼって毎日帰るとか、いわないよな?」
「ジュフクさまも歳をめされて、本堂は落ち着かぬと申されるから、すぐに房に帰りたがってな。日に、何度もここをのぼりおりしておられるわ」
コウアンがたのしげにわらい、あとすこしだ、とセイテツをはげました。




