人間の道理
「きみたちがあいつを捕まえたいとおもってぼくのところにきたのは、帝にいわれたからかい?」
いや、と坊主をみた絵師は、「行けとはいわれなかったけど、ケイテキをさがしてこい、って帝にいわれたとき、逃げ込む場所を考えたら、おもいついたんだ」
このこたえに、ホウロクは眉をしかめるようなわらいを鼻からもらす。
「そりゃつまり、まだ『気』を必要とするかもしれないケイテキが、ぼくらを 狙って ここに来るとおもったわけだ?」
その、どこか馬鹿にするような声に、セイテツは、まあ、とあいまいにうなずいた。
ホウロクははっきりと、あきれかえったような笑いといっしょに息をもらした。
「 きみたち人間の道理でゆくと、そうなるんだね。ほら、 ―― ぼくらを禁術の《餌》としてつかった人間の男も、ぼくら黒鹿を、『気』を大量にもつ『鹿』として狙ってきた。ほら、元神官のきみだって、いま、『鹿』は矢で簡単に狩れるって、一瞬思い描いたろ?否定しなくていいよ、それが、人間の道理だから。 でも、ケイテキはそう思わないだろうね。 いいかい? 中身がきみたちとはちがうケイテキは、ぼくたちを、《気を大量にもつ鹿》とはおもわない。《この世界に必要な森にすむ、必要な鹿》だと認識してるからだよ。ケイテキの道理で行けば、この世で簡単に狩れるのは、必要ではない人間のほうってことになる。 ―― いや、ぼくはべつに、ケイテキのことは好きじゃないし、肩をもつきもないけどさ、人間よりもぼくらを上とみなしてるところだけは、好ましいかなあ・・・」
ホウロクは壁際でまどろむ、腹のふくらんだ雌鹿たちを、愛し気にみまわした。
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