手首とられて
ひょお、と音をもらしながら小さくなりはじめている口へ、スザクの《経》をのせた《術札》を三枚つづけて投げ込むと、目にあたる黒い穴からのぼった黒い煙のようなものが、セイテツめざしてのびてきた。光る手で払うが、煙は凍らないし、氷をやすやすとよけながらまとわりついてくる。腕についた煙は流動しているのにセイテツの両の手首をからめとり、しめあげた。
「 ―― これ、おれの手が腐る前に《術》が効くようになるかね」
とびすさりながら、血が通わなくなり色が変わりはじめた両手をみながらいうと、その前に手首が折れるかもな、とむこうでケイテキの目になる部分に《札》を投げ込んだスザクが、のびてくる煙を刀で振り払いながらいう。
「いやなこというなよ」
そうか、煙だから風がいいのか、とおもったセイテツは、セリちゃんに扇子借りてくりゃよかったなあ、と黒煙にとられた両手をふりながら、どうにか軽口をたたく。
みあげた《ケイテキ》の、さきほど崩した膝から下、脛の途中から下の部分はもう溶け散って残っていない。左右の長さが異なる黒い脚のちぎれたところが波打つように動いていて、またそれぞれ《瘤》のようになるのかもしれないとみていると、とつぜんなにかにおさえこまれたように動きがとまった。
「なんだ? ―― あ、りゃあ・・・さっきの・・・」
ちぎれた脚の先に何かがもぐりこんだようなはげしい動きのあとに浮かびあがったのは、さきほど脚の表面にでてきた、《子ども》と《若者》の、ケイテキの頭だった。
目鼻のかたちが徐々にかたちづくられると、またしても、『 かえせ 』とつぶやきはじめる。
「こりゃ、もとのケイテキは、じぶんの中にはいった《常世のくに》の『モノ』を、そうとう恨んでるみたいだな」
ミカドのウツワになったキフクとちがい、話し合ったこともないのかもしれない。
「おめえ、そんなこと言ってる場合か?」
むこうで《ケイテキ》の顔に立ち、目の中にさらに術札をなげこむスザクが、セイテツの手からまだはなれない黒い煙をみやる。
「たしかにまずいな。手首がいやな音だしはじめた」
思っていたよりもはやくおとずれた状況に、ようやく青くなりはじめたとき、セイテツの顔に、ぱらぱらと、砂粒があたった。




