感情の色〈若緑〉
わかみどり/明るい黄緑
―――ひとりだけど、ひとりじゃない。
学生時代の一番早かった時間より三十分早い目覚ましを止めて、ベッドの上で大きく伸びをして。
大学と違って毎朝同じ時間、だいぶ慣れてきたかな。
ひとり暮らし歴は五年目だから、ひとりの朝も慣れたもの。遅刻だけはしないようにって、そう思ってる。
朝の時間は儀式みたい。
今日も一日頑張るからねって。自分を応援するための儀式。
だから寝坊してバタバタしたくなくて。朝起きるのはちょっとだけ早め。
朝は少しでも長く寝てたいって気持ちもわからないでもないけど、私にとっては自分を整える方が大事だから。
朝ご飯は簡単だけど好きなもの。
今日は昨日握っておいたおにぎり。身支度をしてる間に焼いてくれるんだから、トースターって便利だよね。
熱々になったおにぎりにおなかの中から応援されながら、いつもの時間に家を出た。
ほとんどの人がそんなものだろうけど、四月から新入社員として入った会社には、友達どころか知り合いひとりいなかった。
初めての場所、初めての仕事、初めての人たち。
初日、ものすごく緊張しながら家を出たのをまだ覚えてる。
あんまり人付き合いが上手じゃない私だから。最初は本当に不安しかなかった。
全体研修を終えて、いざ働き始める時になって。教育係だっていって先輩のことを紹介してもらった時も、いつまでも緊張したままで全然上手く自己紹介できなくて。
でも先輩は、何度も言い直す私に焦らなくていいからって言って、ずっと笑顔のまま、急かさず最後まで聞いてくれた。
優しい人だなって、その時思ったのは間違いじゃなかった。
仕事の仕方だけじゃない。
一緒に働く人たちや、守衛さんに掃除のおばちゃん。ランチに連れてってもらったお店の店員さん。
先輩はさり気なく私のことを紹介してくれて、会話に混ぜてくれたから。
もう私ひとりでも、皆と話ができるようになった。
「おはようございます!」
「おはようございます」
いつもの守衛さんがにっこり笑って返してくれる。
「あ、おはようございます」
「おはよう。今日も元気ね」
掃除のおばちゃんはいつも明るく返してくれる。
朝ご飯と一緒。皆の笑顔は元気をくれる。
「おはようございまーす!」
「ああ、おはよう」
「おはよ」
部屋に入った私に、皆も口々に返してくれる。
「おはよう」
もう教育係じゃない先輩だって、いつものように笑ってくれる。
私は先輩から、仕事だけじゃなく、人との繋がりを教えてもらった。
笑顔の力を教えてもらった。
最初の頃と変わらない笑顔を向けてくれる先輩。
私は今でも先輩の優しさに励まされてるんだ。
働き始めてもうすぐ三ヶ月。
初めてのことしかなかったこの場所は、もう初めてばかりじゃなくて。
知り合いも友達もいなかった私にも、声をかけてくれる人がたくさんできた。
先輩から教わった、笑顔で向き合う大切さ。
私はもうそれを知ってるから。先輩に間に入ってもらわなくても、ちゃんと仲良くなれるようになった。
家から出る時はひとりでも、ここには声をかけてくれる人がたくさんいる。
家に帰る時はひとりでも、ここには励ましてくれる先輩がいる。
だから私は毎日を頑張れる。
だって、もう私はひとりじゃないんだから―――。
お読みいただきありがとうございます。