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いつか成るは異彩の魔術師

作者: 黒犬狼藉

 ぼぅ、っとしながら意識がうつらうつらと揺らめいて。

 ()は、()の記憶を知覚する。

 

 彼の記憶によると、この事態は転生という言葉で片付けられるのだろうか?

 まるでお伽話と思えるこの状況、だが夢ではないのは俺が一番判っている。

 

「おはようございます。」


 侍女の声が聞こえた、そろそろ目覚めるべき時間だろう。

 少し、不思議な気分になりながら俺はゆっくり体を上げる。

 目を開けると、そこにはいつも居る彼女の姿があり。


 ああ、転生したのだと。

 俺はハッキリ、その事実を噛み締めた。


**【第一話 異世界転生】**


 森を走る、背後から近づく獣の吐息から逃れるために。

 雨上がり、泥濘んだ森。

 泥飛沫をあげ、必死に逃げ惑う。

 追いつかれれば殺される、そんな恐怖が俺を包む。

 前世の肉体があれば生き残れただろうか? 否、まさか。

 生き残れたかどうかなど、実際に走らなければ答えられる筈がない。

 少なくとも、今の俺は必死だ。

 この世界で、生きるために。


 ヒュンッ!!


 短い風切り音、直後絶命を知らせる奇妙な調べ。

 肩で息をしつつ、俺は地面に倒れ込む。

 泥が全身に付着し、俺の顔面を容赦なく犯すがそんな事など関係ない。

 息を吐きながら、目を細めつつ覗き込んできた彼女に言葉を告げる。


「もう少し、早く助けて欲しかったな?」

「助けて貰った身で言い放つ最初の言葉がソレですか、良い御身分ですね。」

「生憎と、俺は貴族なんだ。」


 皮肉混じりに言い返しつつ、額を拭う。

 汗が、滲み出ている。

 身体中から水蒸気が滲み出し、体力はもうすでに消え去っていた。

 手を出すと、彼女は水筒を渡してくる。

 それをやや乱暴に奪い取り、喉を潤した。


「ふぅ、やっぱり森の中になんか来るべきじゃないな? 特に雨上がりは。」

「ですのでお辞め下さいと忠言したのですが?」

「判っているよ、素直に聞いとけば良かったって言いたいんだろう?」

「判っているのなら最初から聞いてください、こうしてお召し物が汚れたではないですか。」


 俺の言葉、返される彼女の言葉。

 悪いのは俺だ、確かに彼女がいなければ死ぬところだった。

 だが間違えないで欲しいところもある、森へ行かなければならなくなったのは俺の二つ上の兄であるヒャーク兄だ。

 彼が嫌がらせ混じりに森へ行けなどと言わなければ、俺はここにいない。

 だから彼女が真に文句を言うべきは、ヒャーク兄である。

 だがそう言うわけにも行かないのが事実だろう、彼女の父母はヒャーク兄を支持しているのだから。

 彼女自身、俺を半ばバカにしている態度をとっているのは其処ら辺の事情からかも知れない。


「さて、頼まれていた獣肉はこれで十分かな?」

「人肉で返さなくて良かったですね、本当に。」

「遠回しに恩を売りつけるのは辞めてくれないか? 鬱陶しいだけだから。」


 なんで俺の兄が、態々こんな手間の掛かる事をしているのか? 理由は単純に遺産の問題だ。

 俺たちは五人兄弟姉妹であり、父が死ねば其々の継承権に合わせただけの遺産が配られる。

 その中で次男ではあるが転生チートで実績を産んでしまった俺と、圧倒的な実力を誇りその歳わずか10歳にしてゴブリンの村落で討伐依頼を熟した長女の間に挟まったヒャーク兄は焦りを覚えているらしい。

 長男である以上、下手な手出しをしなくとも問題は無いと勝手に俺は思っているのだが……。

 多分問題があるのだろう、でなければ態々周囲の大人が少年を唆し俺を殺すとまでは行かなくとも大怪我を負わせようとは考えまいだろう。

 知識は大人であるため、大抵の悪意は看破できる以上策略に対しての感想としてはそこまで怖くはない。

 ただ肉体が6歳児のソレであるため、満足に思い通りの行動は一切できていないのが難点だろう。


「さて、ここで解体するか……。ソレとも、持ち帰って解体するか。」

「バカなのでしょうか? ここで血抜きを行わなければ屋敷に魔獣が呼び出されかねませんよ?」

「判ってるよ、問題はそこじゃ無い。まず前提として、俺たちで血抜きを行えるだけの筋力があると思ってるのか?」

「魔法があるでしょう? あ、申し訳ありませんね。貴方様は貴族であるにも関わらず魔法が使えないのでした。」


 嫌味に怒りを示すのは愚者のやることだ、雄弁は銀沈黙は金と言うだろう?

 肩をすくめ、俺は息を吐く。

 ポーズぐらいは返してやろう、しかし俺としたことが魔法の存在を忘れていた。

 彼女と行動することは比較的多い、だが基本的に俺の今生は単独行動が常だ。

 結果として、魔法を使わない手段を主に考えてしまう。

 魔法を便利だと羨んでいるものの、このように誰かが使える状況になっても物理的手段を第一に考えるのは俺の悪癖だろう。

 ここら辺は前世の記憶が邪魔をしている、と感じてしまう。


「じゃぁ、木に吊り上げてくれ。」

「『|蔓よ、巻き上げろ《⬜︎⬜︎⬜︎・⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎》』、これで宜しいでしょうか?」

「はいはい、ナイフはあるな?」

「どうぞ、ご自由にお使いください。」


 そう言って彼女は、服の裏から小型のナイフを取り出す。

 俺はソレを受け取って、そのまま首の根にナイフを突き刺した。

 全体重を掛けて、動脈を切る。

 脈々と流れ出る命の結晶、俺を追いかけてきたとはいえ獣の末路に同情すらしてしまいそうになり。

 だが倫理が壊れたのか、ソレとも元からなかったのか。

 その同情は、結局できない。

 自分で言うのも何だが、人が変わったのだと思う。

 ソレが良い変化であるのを俺は望むまでだ、悪い変化であれば……。

 まぁ、その時はその時だろう。


「しかし、直ぐに出てくるな。もう血溜まりができ上がっている、鉄錆の匂いも酷い。帰る前に、水浴びに行こうか?」

「川は先日の雨で濁流になっています、池も濁っていましたよ?」

「じゃぁ、裏井戸か。アソコは俺たち以外使う人間は居ないだろう、というか居たら困る。」

「ええ、ソレが宜しいかと思います。」


 そう言って血抜きの様子を観察していた俺の両脇を手で掬い、泥がつくのも厭わず彼女は俺を抱き抱える。

 彼女の年齢は分からない、だが確実に18歳程度ではあるだろう。

 恐らくは第二次性徴を終え、女性らしさが滲み出したその体躯。

 柔軟な筋肉に脂肪的な柔らかさ、俺を見下すその視線から目を外しつつ息を吐く。

 子供扱いは仕方ない、だがこうやって密着するのは嫌いだ。

 前世で培った恥じらいが生まれる、こう言う時は無知蒙昧な子供であれればどれ程良かっただろうか?

 そんな思いで運ばれつつ、井戸端に到着したら体を無作法に洗われる。

 水を頭から被せられ、寒さと冷たさから鳥肌が立ち。

 体を震わせながら、泥を取り払うと再度彼女に文句を言った。


「洗うのはまだ良いけど、魔法が使えるのならせめて水を暖めて欲しいんだけど?」


 その文句への返答は、殴りつけるように浴びせられた冷水だった。

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