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真珠眼  作者: 神楽ネロ
1/3

私、この部屋にひとり。

クラーク侯爵は列車の中で、落ち着いて新聞を開くことさえできずにいた。先日、愛する妻が出産した。そのことを手紙で知ったあと、仕事の関係で屋敷から少し離れたホテルで過ごしていた彼は、仕事さえも投げ出して列車に飛び乗った。自宅までは数日かかるが、落ち着いて寝ることもできなかったので、侯爵の目の下には濃い隈がきざまれていた。長い道のりを過ごし、ようやく自分の屋敷についた彼は、馬車から飛び降りて屋敷に駆け込んだ。ようやく、愛する妻と子供に対面できる喜びで頬がほてっていた。

「妻と、子供はどこに・・・!!」

興奮する彼の横に、年配の使用人がすっと進み出た。

「おかえりなさいませ、旦那様・・・・・・お嬢様はあちらの部屋にいらっしゃいますので、ご案内いたします。」

お嬢様、ということは、子供は女の子だったのか。跡継ぎにできないのはあれだが、まあいい。愛する妻との子であることには変わりないのだ。

使用人を急かしながら廊下を進み、部屋に入る。午後のあたたかな日差しが差し込む部屋に、赤子の笑い声が響いていた。立派なベビーベッドに寝かされた娘の顔は、非常にかわいらしく見えた。大きな瞳はまるでネオンピンクスピネルのよう。わずかに生えてきているライトピンクの髪色は、母親のそれをそのまま受け継いだようだった。

わが子の姿を見て、思わず笑みがこぼれる。ところで、と、侯爵は使用人に向き直る。妻はどこだ、と。

早く妻とわが子と三人で過ごしたいものだ。愛する妻が欠けているこの空間は、やはりどことなく物寂しい。

使用人は、やや顔を暗くして、別の部屋に行くのでついてくるよう侯爵に言った。侯爵は、なにか、不穏なものを感じたが、浮かれた気分を鎮めるほどのものではなかった。ただ、妻との対面を楽しみに、使用人の後をついていった。早く、妻と娘について語り合いたいものだ、と。しかし、使用人に促されて入った妻の寝室で見たものは、彼の期待からかけ離れていた。妻は広いベッドに横たわり、ピクリとも動かなくなっていた。

「奥様は、つい先ほど」

冷たいものが背中を伝う。まさか、と心臓が痛いくらいにはねていた。

「お亡くなりになりました」

震える使用人の声を聞いて。手に持ったままだったカバンが落ちる音が、しんとした部屋に響く。使用人はみな、下を向いて、侯爵と目を合わせまいとしている。

「そんな・・・・・・嘘だ」

「お嬢様をご出産なさったときから、徐々にお体が弱っていて・・・」

使用人の絞り出すような声と嗚咽が、かなり遠く聞こえた。

「妻は、死んだのか・・・娘を生んだことで」

脳から口へ、そのまま言葉が流れた。

「そんな・・・!決してそのようなことは!!」

「ではなんだというのだ!!あれを生まなければ、妻は、妻は・・・・・・!」

思考することを放棄し、彼は泣き叫んでいた。使用人も彼に縋り付いて泣いている。誰かのせいにしなければ、正気を保っていられなくなりそうだった。



娘に責任を押し付けて、それは、次第に本物の憎悪へと変わっていくのであった。





生前の妻の望み通り、娘はアイビスと名付けられた。

彼女は、屋敷の一部屋に閉じ込められ、トイレと入浴以外にそこから出ることは許されなかった。

クラーク侯爵は、アイビスの顔も見たくなかった。こいつのせいで愛しい妻が死んだ。こいつが・・・妻を殺した。いつしか、本気でそう思うようになっていた。

時は流れ、アイビスは13歳になった。アイビスは窓の枠に縁どられた世界しか知らなかった。庭を眺め、与えられたもので暇をつぶす。それが、彼女にとって当たり前の生活であった。

記憶の中では、父親とは、一度だけ顔を合わせたことがある。父親はアイビスの顔をただ無表情で眺めて、去っていった。一人部屋に閉じ込められ、食事などを運んでくる使用人は、声をかけても何も答えなかった。

アイビスはいつまでも一人ぼっちで、寂しいという感情も失っていった。その端正な顔立ちは母親によく似ていたというが、当然、父親であるクラーク侯爵はそれを知らない。娘の顔をまともに見たことはないからだ。


このときの、何も知らない一人ぼっちのままのアイビスでいられたら、彼女はどれほど幸せであっただろうか。


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