はじめてのちゅう
キス、ちゅう、接吻、ベーゼ、えとせとら、えとせとら・・・・・・
自分の知る限りの、唇と唇を合わせる行為の名称を脳内に並び立ててみる。そんなことをしたところで、私が今、恋人とはじめてのちゅうなるものを行おうとしている現実からは逃れられようもない。体温が伝わってきそうなくらいに近い、君の顔を凝視しながら、走馬灯のように思い出が駆け巡る。
出会って6年、異性として意識してから1年、2ヶ月前のバレンタインデーに渡したチョコクッキーをきっかけに私たちはオツキアイを始めた。姉弟のように育った私たちには正しい距離感のとり方が解らず、下の名前で呼んでみよう、だとか手を繋いで歩いてみればいいんじゃない?なんて面白半分な友達の言葉に初めは振り回された。
恋人らしさを意識しすぎた1ヶ月をなんとかやり過ごし、迎えた卒業式。コサージュで彩られたセーラー服に群がられる彼を見て、私は焦った。
もしや、私が思っているよりもやつは男として魅力的なのか?
考え込んでいる間にズボンのボタンまでむしられたあいつは、台風にでも遭ったような体で着替えを取りにふらふらと部室へ向かい、フルフェイスのヘルメットをかぶって私の隣に戻ったようだった。
ここまで思い出してふと我に返ると、額が何やらむずがゆい。
最近床屋に行けていないとぼやいていた、くせ毛の茶髪が私の黒々しい前髪と混じり合って、中途半端な猫の柄のようになっている。彼のいたずらに跳ねる毛先が違和感の正体だったようだ。
もうここまでくれば腹をくくるしかあるまい。緊張しているのか、必要以上に突き出した唇や眦に滲む汗が可愛らしい。ただ、私の肩を掴む手はぎゅうぎゅうと力が込められていて、気づけば背も膂力も追い越されていた事実を、いわゆるおとことおんなのちがいというやつをまじまじと感じさせる。
すまない。焦っていたとはいえ、私たちにはまだ早かったよ。
照れからかそう言い出したくなる自分を押しとどめて目をつむる。
鼻息は荒くないか?リップは塗ったっけ?必要以上に目をつむっていないか?そもそも、ふたりとも目をつむって成立する物なのか?
ぐるぐると無駄に回転する思考を吹き飛ばし、勢いのまま口を合わせに向かう。
頭のゆだったこの時の私には知りようもないのだが、勢いをつけすぎた私の鼻と角度の調節が下手くそだった君の鼻とが真正面から衝突し、二人して教室の机と制服を真っ赤に染めることになる。5年もすれば笑い話になるだろう、私たちらしい失敗だ。
さあ、顔をおさえて蹲って、鼻血を垂らして笑い出すまで3、2、1……