寝取られビデオが届いたが、呪いのビデオで上書きダビングしてしまった。
「おーい! 衛いるかー!?」
友人の達矢の声が聞こえた。オカルト好きな達矢は、時折怪しげなホラーグッズを持って来ては自慢気に見せびらかすが、どれもこれも胡散臭くてたまったもんではない。
「……居るが暇じゃないぞ」
「なんだ居るならさっさと返事しろよなー」
断りも無く勝手に部屋に上がり込むのは、もう日常茶飯事。いつものことだ。
案の定、謎の紙袋を下げた達矢はニヤニヤと不気味な笑みを浮かべている。
「ふふ、衛ぅ。コレが何だか分かるか?」
「知らん、俺は勉強で忙しい」
「おいおい相変わらずつれないなぁお前は。そんなんじゃあ彼女に愛想尽かされるぞ?」
「恵ならサークルの奴等とキャンプ行ってるよ。最近はアウトドアにハマってるらしくてさ」
「あのチャラ男共とか!? おいおい大丈夫かよ? 帰ってきたら妊娠してるかもしれんぞ?」
「大丈夫だよ。キャンプ楽しんでるみたいだし……俺達自然消滅も近いんじゃないか、はは」
「はは、じゃねぇよ。良いのか花の大学生が勉強ばっかで」
「俺は勉強するために大学に来たんだからいいんだよ。達矢も用がないなら帰れよ」
「あるある! 俺はちゃーんとあるぞぉ!?」
達矢はそう言って、紙袋からビデオテープを一つ、取り出した。
「エロビデオなら自分の部屋で観ろよ」
「だから違うってば! いいかぁ? よーく聞けよ。これはだな……呪いのビデオだ!」
「帰れ」
「ちょちょちょちょちょ!! わきっちょ押してテープ引っ張り出そうとするな!! メッチャ高かったんだぞこれ!!」
やけに慌てた達矢から破壊し損ねた呪いのビデオとらを引ったくられる。幾ら払ったかは知らないが、どうやらコイツはマジモンのアホらしい。俺もチビた鉛筆をホラーグッズとしてコイツに売りつけてやろうかな。
「俺とお前の仲だ。特別にコイツを格安で観せてやらん事も無い」
「べつにいい」
「おいおいあっさり引くなよ高かったんだぞこれ!!」
──グゥゥゥ……。
必死にしがみ付く達矢の腹が鳴った。
詰まるところ、このアホ様は呪いのビデオ(自称)とやらを法外な値段で買ったばかりに、金が無くて食うに困っているらしい。ダビング料で儲けようとして断られ続けたんだろな。アホめ。
「もう頼れるの衛しか居ねぇんだ……ダビングさせてくれよ……」
見るに耐えん顔をした哀れなオカルトマニアの成れの果てに、俺は仕方なく救いの手を差し振りかざしてビンタしてやった。
「実家から大量にそうめんが届いているから半分持って行け」
「ま、衛さまぁぁ……!!」
泣きながらいそいそとダビングの支度を始める達矢。いや、要らないんだが。まぁ、いいか。
「ビデオこれ使って良いか?」
達矢が手にしたのは、昨日届いた差出人不明のビデオ。どうせ怪しい教材屋のインチキ商法ってやつだろう。いらんいらん。
「ああ。そして終わったら速やかに帰ってくれ。今丁度良い所だから」
「衛……すまん!」
泣きながら呪いのビデオをセットする達矢は、しばらくしてダビングを終え、そうめんの箱を漁り、帰って行った。
──ぐぅぅ。
勉強に夢中になりすぎた俺は、腹の虫で夜を知った。
「夏は暗くなるのが遅いから気が付かなかった、もうこんな時間か」
そうめんでも食うか。
「あのアホ、殆ど持って行きやがった……」
今度会ったら古井戸の底に移住させてやる。
残り一袋となった殿そうめんを食べるべくお湯を沸かし始めた俺は、ふと達矢の呪いのビデオが目に留まった。御丁寧に達矢の書いたメモが置いてある。
【砂嵐の中から自分の姿が浮かび、髪の長い女に襲われるらしい】
……らしいって時点でダメじゃねぇか。アイツ、自分じゃ怖くて観てねぇな?
「……お湯が沸くまで観てやるか」
ちょっとだけ気になった俺は、呪いのビデオとやらをデッキにセットした──。
──ザ……
──ザザ……
画面が生温そうなゆったりとした砂嵐に覆われた。
「うわ……気味悪ぃ」
砂嵐がジワジワと何かの形のような塊となり、やがて、ハッキリと俺の顔をした。
「あ、もう映って──る? えーと、ね。今──からこの人とHなこ──としまーす♡」
「──!?」
間延びしボサボサな機械音な女の声がテレビから流れ、俺は唖然とした。
「……この人って……俺?」
おいおい、俺が映っただけならまだしも、俺とHなことするだと!?
「や゛あ゛ぁ゛」
「うわぁぁぁぁ!!!!」
酷く伸びた髪で顔の見えない女が画面に現れこっちを向いて画面いっぱいに現れた!
俺は腰を抜かし、テーブルにあったノートを落としてしまう。
「ほ、本物だ……!!」
ダビングですら呪いの効果抜群とか洒落にならんぞ達矢の野郎!!
「そっち゛にいく゛ぅぅ……」
テレビの画面から女の手が生えたかのように、にゅるりと飛び出し、女の頭までもが画面から現れる。
「来るな!! 来ないでくれ……!!」
悲鳴染みた声をあげるが、腰が抜けて動くことが出来ない。金縛りなのか!?
完全にテレビから現れた女は、ピタピタと雫を垂らし、俺の方へと向かってきた。
「……え?」
見ればそれは女の隠れた顔から滴っていた。
「……もしかして──泣いてるのか?」
「か゛わいそ゛うに……」
「何がだ!? 何が可哀想なんだ!?」
指一つ動かず、完全に金縛りに遇った俺の目の前を女は台所の方へと向かって歩いて行く。
「お゛ゆ沸いて゛る……」
コンロの火を止めた女は、そのまま風呂場の方へ。
「お風呂か゛りるぅ……」
ガチャン、と扉が閉まる音が鳴り、シャワーの音が始まった。
いや、金縛り解いてよ。ね?
「ほと゛いい゛水圧ぅ……」
完全に風呂上がりの呪いの女が、バスタオル(俺の)を頭に巻いて現れた。それまで隠れていた顔も完全に見えて──
「いやメッチャ美人じゃないですかーい!!!!」
思わず悲鳴染みた声をあげてしまった。
「そ゛うめん茹でるぅ……」
女がそうめんを茹で、何食わぬ顔でテーブルに着いた。その顔はとんでもなくミスユニバースで、誰がどう見ても呪いの女には見えないレベルだ。
「いっしょに゛食べる゛ぅ……」
箸が二膳置かれ、テーブルには涼しげなそうめんが。その横にはミスユニバース。そして部屋の隅っこにミスター金縛りが一体。
──ずりずり。
テーブルを俺の方へと寄せ、俺の隣に女がしおらしく座った。端を持ち、そうめんをめんつゆへとちょんと浸し、そして俺の口へと持って行った。そして量が多い!
「あばばばばば……」
金縛りで口が思うように動かせず、危うくそうめんで窒息死しかける。これが呪いの正体か……!!
「おいしい゛?」
美味しくない訳は無いが、命懸けのそうめんだ!!
「ヒ゛テ゛オ゛録るぅ……」
ふと女が立ち上がり、俺の部屋にあったビデオカメラを三脚に固定し、俺の方へと向けて録画を始めると、女は走って俺の隣へ座り、そして俺の肩を抱いた。
「い゛ぇぇい゛観てる゛ぅ? これ゛からそうめ゛ん食べま゛ぁす」
「あばばばばば……」
そうめんが飲み込めず、うがいみたいな事しか出来ない俺はなされるがままだ。なんなんだこれは。
「あ゛とて゛送る゛ぅ……」
「あばばばばば……」
誰にだ!? 達矢か!?
「お゛かわ゛りする゛ぅ?」
「あばばばばば……」
まだ俺が飲み込んでないでしょーが!!
それから数年が経ち、恵から手紙が来た。
それはサークルメンバーの一人との結婚式への招待状だった。
「へぇ、恵結婚するのか……八月六日……あ、出張じゃん俺」
「な゛らヒ゛テ゛オレター送る゛ぅ……」
あれからすっかり住み着いた呪いの女(恐子ちゃんと言うらしい)が、ビデオカメラと三脚をセットし、ボサボサの長い髪を少しだけセットした。
風呂上がりから寝るまでは美しい御尊顔が拝見出来るのだが、それ以外は髪の毛で隠れて完全に呪いの女の顔だ。
「風呂上がりじゃなくて良いの?」
「い゛い゛……恥ずか゛しいから゛」
「あ、そ」
頭の中で何を言うか考え、考えが纏まった所で録画のボタンを押す。恐子と二人、肩を並べてお祝いのビデオレターを撮った。