Ⅶ 門番の青年
今日はお城の舞踏会が開かれる日です。
お屋敷で働く使用人たちは皆、朝からてんやわんやの準備で大いそがしです。
何しろ当日になっても二人の義姉たちが「やっぱりこっちの赤くて派手なお色のドレスの方が良いかしら」とか「ネックレスはこれで良いかしら。それともパールの方が……」というふうにドタバタを続けているからです。
二人とも王子様の心を掴むのは自分だと言わんばかりに必死なんです。
そんな義姉たちとは違って舞踏会へ行く予定のないペティは、今日も馬小屋で馬たちに囲まれてのんびりとした朝を過ごしているのでしょうか?
いいえ、それは違います。
義姉が乗る馬車を引くための準備のために、馬たちは馬小屋の前に整列させられているし、サム爺は御者と一緒に馬たちの背に装備品をかけたり、水を与えたりと忙しそうに働いているのです。
そして、ペティはその傍らで、先ほどからうろうろとサム爺について回っているようです。
「ねえサム爺。わたしにも手伝わせて欲しいの」
「いいや、後のことはわしらでできるから、早く町へ行っておいで」
「ああ、今日という日に限って朝からお店の手伝いを頼まれているなんて……でもきっとまだ大丈夫よ。二人がこんなに忙しそうに働いているのに放っておけないわ!」
「花屋も服屋も靴屋も、初めて向こうからお嬢様に来て欲しいと言ってきたんだろう?」
「それはそうだけど……」
「だったら早く行っておいで。よほど大事な用事があるんだろうさ」
サム爺は白い歯を見せて、町の方角にクイッと指を向けました。
ペティは頬に手を当てて空を見上げます。
それは昨日のことです。雨がポツポツと降る午後、いつものように町で色んなお店のお手伝いに回っていると、花屋と服屋と靴屋で口をそろえて「明日は朝から来て欲しい」と頼まれたんです。
ペティはため息を吐きます。
「はあー。町の人たちは今日がお城の舞踏会の日だって知らないものね。たしかにこれは仕方がないことだわ。はあー……」
「分かったら、さあ行った行った! わしらは忙しいんだ」
まるで追い払われるように、ペティは馬小屋を後にしたのです。
「おやおや、雨はすっかり晴れて今日は良い天気になりましたのに、お嬢様は晴れぬお顔で、一体どこへおいでですか?」
門番の青年が声をかけました。
「町へ行ってお手伝いをしてくるの」
しょぼんとした顔でペティが答えると、
「ほう、こんな朝からですか? それはそれは。どうかご武運を!」
門番の青年は剣を立てるポーズで敬礼をしました。
お店のお手伝いをしに行くだけなのに「ご武運を!」だなんて……そう考えるとペティは少し可笑しくなりました。
空を見上げると、ぽっかりと可愛らしい雲が浮かんでいました。