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20 遠く離れてあの人を想う

 お城の舞踏会から逃げるように帰ってきたペティを乗せた馬車は、次の日の真夜中に町中をひっそりと通り抜け、馬小屋へと戻ってきました。御者から事情を聞いたサム爺は、ペティを誰にも見つからないように森の中の洞窟(どうくつ)へ連れて行きました。

 森はローゼンバッハ領の北方に位置し、その先にある切り立った山のおかげで人の往来がほとんどないため、身を隠すにはもってこいの場所なのです。

 サム爺と御者が干し肉など日持ちのする食料をいっぱい背負ってきてくれたので、あとは近くから湧き出るきれいな水を汲んでくれば、しばらく洞窟を拠点(きょてん)として暮らしていくことができるのです。

 

 ペティの着る服や身の回りの物を用意したメイドのサリーだけはこのことを知っていますが、他の人には秘密にしました。ペティはまだ帰ってこずに行方不明になっているという噂が流れた方が、衛兵に追われる身のペティにとっては安全なことだったからです。


 そうすると、馬小屋とは違って森の洞窟は遠く離れた場所にあるため、ペティは本格的にひとりぼっちになってしまうことになります。

 それでも昼間は食べられる木の実を採ったり、草花を摘んで首飾りを作ったりして過ごしているうちに、あっという間に夜がやってきます。

 真っ暗な洞窟の入口で小さなたき火を灯し、岩肌にもたれて深く息を吐きました。揺らめく木々の隙間から星がのぞいています。


「王子様はこのきれいな星空を見られているかしら……」


 ふと口からこぼれ落ちたその言葉を、慌てて口を押さえて飲み込みました。王子様とは知らずに心を惹かれたその人は、とても優しくて魅力的で、……魔女の呪いにより病気になっていました。お城から逃げてからというもの、頭に思い浮かぶのは王子様のことばかりだったのです。

 木の実を採っては、あの人と一緒に食べられたら……とか、草花で編んだ首飾りを付けたあの人の姿を想像してみたり……とか。


「お母様に頂いた力で、王子様のご病気が治っていたらどんなに幸せなことでしょう。そうしたら私はどんな目に遭っても構わないのです。でも……もし叶うことなら……あと一目お会いして、お別れを言いたかったな……」


 誰もいない洞窟の入口で、ペティは声を上げて泣きました。こんなに泣いたのはお母様が亡くなったとき以来のことでした。


 すっかり疲れて岩肌にもたれて目を閉じていたら、何かふわりと温かい感触が頬に伝わってきました。ペティがそっと目を開けると、目の前にキツネの親子がくんくんと匂いを嗅いでいます。

 気がつくと、ペティの周りにはウサギやリスなど森の動物たちが集まっていました。

「あなた達も私と一緒に泣いてくれるの?」

 そう言ってから、ペティはまた泣きました。


 悲しみを抱えたまま夜は更けていくのでした。


 

「サム爺には一人で洞窟から出てはいけないと言われたけれど、今日は何だか変な胸騒ぎがするの。そっと様子を見て、何事もなければまた戻ってくれば大丈夫よね?」


 3日目の朝、ペティは洞窟を出ると、屋敷のある方角へ向かって歩き始めました。

 森の中には道はないけれど、サム爺が木の枝に赤い布をくくりつけた目印を辿っていけば、迷うことなく屋敷までは帰ることができるはずでした。

 でも、ペティの胸騒ぎはどんどん大きくなっていきます。早く屋敷へ戻らなければ、なにか大変なことが起きるという予感がしていました。

 足もとの悪い森の中を急ぎ足で進んでいたものですから、いつの間にかペティは足もとばかりを見るようになっていて、途中で赤い布の目印を見失ってしまいました。

 

 それでもペティは立ち止まることなく、勘を頼りに進んでいくと、やがて切り立った崖の上に出てしまいました。


「あ、あそこにサム爺が付けてくれた目印があるわ」


 やっと見つけた木の枝にくくりつけられた1枚の赤い布。でもそれは50フィートもある崖の下でした。

 普段のペティでしたら、たとえ遠回りになったとしても安全な道を探して下ったはずです。でもこのときの彼女は冷静ではありませんでした。ペティはすぐさま足場を探りながら、崖を下っていったのです。

 そしてまだ半分も下っていない時のことです。黒い霧のようなものが下からビュゥーと風をともなって吹いたかと思うと、すぐその後に真っ黒いクチバシの(からす)と鋭い爪の(たか)がペティに襲いかかってきたのです。


 ベティは必死に追い払おうとしましたが、とうとう崖下まで転げ落ちてしまいました。



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