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7日目 恋愛と相性⑤

これは、とある男の旅路の記録である。

「なぁ、僕。『他人様の恋路を邪魔しちゃダメ』だって、お父さんかお母さんに教えてもらわなかった?」

「フフッ、残念だけど僕にそんな存在はいないよ」



 綾と親睦を深めようした途端に邪魔が入って怒りを覚えたが、何とか()えつつ突如現れた少年に対して努めて優しく声をかけた。

 そんな俺をいけ好かない笑みで見ていた金髪碧眼の少年が、ゆっくりとした足取りでこちらに近づいてきた。



「それで……()()()()はどうだった?」





「人形、遊び?」



 この空気の読めないガキは、突然何を言い出すんだ? 

 というより……



「それより僕、どうやってこの部屋に入って来たのかな? 確か、俺と綾がこの部屋に入った瞬間、ドアが閉まって鍵がかかったから入って来れないはずだけど」



 もしかして、俺と綾がこの部屋に入って来る前にいたとか……いや、俺が入った時に部屋には綾以外はいなかった。

 部屋に入った後も、綾だけしか見ていなかったとはいえドアが開いた音はしなかったから、この子が部屋に入って来るのはありえないはずだ。


 眉間に皺が寄るのを何とか耐えながら、目の前の子どもを怯えさせないよう柔和な笑みで聞くと、俺の隣に来た美少年は笑顔で返した。



「そんなの、()()の僕にはとって造作もないことだから。それより、人形遊びはどうだったの?」



 この子が神様? いや、ありえないだろう。だって、見た目はただの子どもじゃないか……あぁ、きっと小さい子が大好きなごっこ遊びだ。

 恐らく、ご両親とよく遊んでいて俺と綾のことを『ごっこ遊びに付き合ってくれる優しい大人』だと思っているのだろう。

 だとしたら、この子にはさっさとここ退場してもらおう。

 俺としては、一刻も早く綾と愛を深めたいから。



「ねぇ、僕。ここにはお人形さんはいないよ。ここにいるのは、今から互いの愛を深めようとしている仲睦まじい人間の……大人の男の人と女の人だけだよ。さぁ、分かったらお父さんとお母さんの元に帰ろうね」



 大人同士の親睦を深める場所に乱入してきたかと思いきや、おかしな発言をする子どもを優しく諭しつつこの部屋から追い出そうと試みたが、俺の言っていることが理解出来なかったらしい少年は、その場から動かず不思議そうな顔で見下ろしてきた。



「何言ってるの? 人形ならいるじゃん……()()()()

「目の前って……っ!?」



 金髪碧眼の美少年が【人形】と言って指したのは…………綾だった。





「ねぇ、君。いくら子どもでも、他人が好意を寄せている人のことを『人形』って、冗談でも言っていいことじゃないぞ。誰かに教わらなかった?」



 こんなに俺のことを『好き』と天真爛漫な笑顔で言った綾のことを【人形】と呼ぶガキの小さな襟首を怒り任せに掴もうとしたが、どうにか抑えながらも(にじ)み出てしまった怒りを目に宿して睨み付けた。

 そんな俺に怯えた態度を見せない美少年は、口角をほん少しだけ上げた。



「何がおかしい?」

「いや、これが【滑稽】って言うんだね」

「滑稽? それは、今の俺のことか?」

「それ以外に何があるの? ()()()()()()()()した人形に本気になっている人間を滑稽と言わずして何と言うのさ」



 ドン!!



「いい加減しろよ、クゾガキ。 それ以上、綾のことを侮辱するんじゃねぇ」



 堪忍袋の緒が切れた俺は生意気なガキの襟首を手荒に掴むと、そのまま部屋の壁に激しく押し付けた。

 青筋を立てながら掴んだ襟首を強く握り、地を這うような声を出して怒りを露わにする俺に、押し付けられた美少年は、首元をきつく締め上げているはずなのに苦悶の表情を一切見せず……むしろ、(さげす)むような目で見返ながら掴まれている手の上から自分の手を添えた。



「君こそ、神様の僕にこんなことしてただで済むと思っているのかい? 君より僕の方が小さいとはいえ、時を司る神様が本気を出せば君みたいな人間の存在なんて一瞬で消せるよ」

「フッ、お前みたいなガキが神様だ?……だったら、やってみろ! 俺の最愛の人である綾のことを『人形呼ばわり』する世界なんてこっちから願い下げだ!」



 出会って少ししか経っていないが、冴えない俺に精一杯の気持ちを伝えてくれる、可愛くて心優しい綾のことを(ないがし)ろにする世界なんて、俺にとって生きている価値すら無い!


 首元を強く拘束されても顔色1つ変えないクソガキに怒鳴り散らすと、正面から呆れ果てたような溜息が聞こえてきた。



「はぁ……渡邊 律よ。君、僕との約束を覚えてるかい?」

「お前!? どうして俺の名前を知っているんだ!? それに、俺はお前と約束なんて交わした覚えは……!?」



 約束……そうだ、俺は……


 霧が晴れたようにはっきりと全てを思い出した俺は、掴んでいた手の力を少し緩めると、ゆっくりとクロノスを降ろした。

 地に足のつけたクロノスは、咳き込む素振りを一切見せず平然とした顔で乱れた衣服を整えた。


 そうだ、俺は神様を自称するクソガキ……じゃなくて、正真正銘の時の神様であるクロノスと『この世界のことを俺がいた世界に伝える』という約束をして、この世界を2人で旅行していたんだ。

 合コン会場に来たのも、元はと言えばクロノスの『人間の恋愛を知りたい』という我儘(わがまま)を言って、それに俺が乗っかったからであって、本気で出会いを求めに来たのではない。

 だというのに、俺は一体何をしてるんだ。


 蘇ってきた目的と約束に頭が冷えた俺は、その場に正座するとクロノスに向かって静かに頭を下げた。



「本当に申し訳ございませんでした! 激情に任せてしまい、貴方様の襟首を締め付けてしまいました! 痛かったですよね?」

「フフッ。ようやく、僕の知ってる律に戻ったね。大丈夫だよ、安心して。神様に【痛み】なんて概念は存在しないし、たかが人間(ごと)きに神様を傷つけるなんて出来るはずがないんだから」

「そっ、そうか……あと、お前との約束はちゃんと覚えてるから」

「うん、それは良かった」



 クロノスに対する罪悪感からか、俺はしばらくの間、顔を上げることは出来なかった。

 でも、声色から察するに、目の前の神様は満足げな笑顔で俺のことを見下ろしてただろう。


 クロノスから(ゆる)しをもらったが……あんな冷酷な顔をしたクロノスは、もう二度とごめんだ。


 改めて、神様に対して暴挙を働いた自分を悔いながらそっと握り(こぶし)をつくった。





「それで、人形遊びってどういうことだ?」



 俺のいた世界の究極の謝罪方法【土下座】を躊躇なく披露し、時の神様から赦しと許可をもらった俺は、足の痺れを取ろうと絨毯が敷かれた地面に胡坐を掻きながら頭に浮かんだ疑問を口にした。

 すると、モノクロに染まった綾の隣に座ったクロノスが優しく微笑みながら答えた。



「言葉の通りだよ。この世界で男女の出逢いの場って……()わば自分好みの人形を使って遊ぶ場所なんだよ」

「だとしたら、クロノスの隣に座っている綾は人形ってことか?」

「そうだね」

「…………」



 軽く下唇を噛みながら視線をクロノスから綾に移した。


 どこをどう見ても人間にしか見えない。それに……



「人形だとして、どうして一緒に食事出来たんだよ?」



 俺のいた世界では、無機質で造られた人形が有機物を体内に取り込むのは不可能とされていた。

 仮に、綾の正体が3日目に見た本物の人間と酷似するアンドロイドだとしても、中身が機械仕掛けなら出来るはずがない。


 少々投げやりな質問に、時の神様が『待ってました』とばかりに不気味な笑みを浮かべた。


 お前、一応は神様なんだからその笑みやめろ。本当怖いから。



「簡単だよ。そういう風に造られたんだから」

「……えっ?」



 アンドロイドが食事出来るように造られた? そんなことがありえるのか?



「いやいや、おかしいだろ。だって、アンドロイドだぞ? 機械で造られた人形が、どうやって取り込んだ有機物を消化するっていうんだ?」



 馬鹿馬鹿しいと半笑いしながら顔の前で手をひらひらさせると、口角を少しだけ下げたクロノスが人差し指を軽く顎にあてて小首を可愛らしく傾げた。



「律、僕がいつ『機械で造られてる』って言った?」

「えっ、違うのか?」



 クロノスが綾のことを『人形呼ばわり』したから、てっきり機械で造られたアンドロイドだと思ったのだが。



「違うよ。ところで、律は【ヒューマノイド】って知っている?」

「ヒューマノイド? 突然どうした?」

「良いから、良いから。律はヒューマノイドを知ってるの? それとも知らないの?」

「一応、知ってるぞ。SFものによく出てくる人間によく似たロボットや生物のことだろ? それと綾に何の関係あるんだ?」



 顔を(しか)めながら首を傾げる俺に、再び不気味な笑みを浮かべた神様は固まっている綾の肩にそっと手を置いた。



「だったら、『この子、実はヒューマノイドなんだ』って言ったら、信じる?」

「……は?」


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。

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