4日目 乗物と観光③
これは、とある男の旅路の記録である。
「さぁ、着きましたよ!」
「おぉ!!」
車がカーロードから目的地近くの駐車場に向かってゆっくりと降下しながら、そのまま駐車場に止まると、目の前には俺がいた世界にもあった、白い石で出来た大きな鳥居が目に飛び込んできた。
「カーロードから降りていく時にも遠目から見えていたが、こうして間近で見ると立派な鳥居だな」
遥か昔に造られたであろう鳥居に目を奪われつつも、運転席から降りて眼前に悠然と聳え立つ姿をカメラに収めると、本日の案内役であるホログラムが、俺たち専用のプライベートゾーンを展開させながら人懐っこい笑顔で近づいてきた。
「そうですよね~! この神社の鳥居は、渡邊様が仰っていた通り、遥か昔に建てられたもので、科学技術が発展した現代でも、こうして神様が祀られる社の門として、役割を果たしているのでございます」
「へぇ〜」
神様が祀られてる……ねぇ。
相槌を打ちながら後ろをチラ見すると、今から行く神社に祀られていないであろう神様が、興味が無さそうな目で鳥居をじっと見ていた。
同じ神様だから、興味が無いのだろうか。そうだとしたら、どうして神社に行くことを止めなかったんだ?
クロノスの様子に僅かな引っかかりを覚えていると、隣にいたホログラムが元気よく声をあげた。
「それでは! 早速、人気観光地の1つである神社に参拝しに行きましょう! あっ、1つだけ注意事項なのですが、鳥居を抜けたらライフウォッチやプライベートゾーンが使用不可になりますので、気を付けて下さいね!」
「あぁ、分かった。クロノス、いつまでも突っ立てないで行くぞ」
「……うん」
振り返りながら声をかけても表情を一切崩さないクロノスに、ほんの少しだけ恐怖を感じた。
そういや、年甲斐もなく大はしゃぎした俺を諫めた後、このショタ神様は神社に着くまで黙って外を見ていたな。
この神様は本当にこの世界の観光地に来たかったのか?
駐車場から歩いて大きな鳥居を抜けると、広くて長い立派な参道が通り、その両端には、豊かな森林が生い茂っていた。
そして、立ち止まって見ているだけで心が浄化されそうな参道には、多くの人々が行きかっていた。
よく考えたら俺、この世界に来て初めて見る本物の人間かもしれないな。
でも、昨日みたい『実は全員アンドロイドでした』ってことも……
ホログラムに見つからない程度に苦笑を漏らすと、行き交う人々の迷惑にならない範囲で参道の様子をカメラに収めながら、元気いっぱいに先導するホログラムの後をのんびりとした歩調でついて行った。
……あれっ? ここって、ライフウォッチが使えないんだよな?
だとしたら、クロノスのライフウォッチから呼び出されたホログラムが、どうして車で待機せずに俺たちと一緒に行動しているんだ?
ライフウォッチが使えないのなら、鳥居をくぐった時点で実体を失うはずだが……
「すごいな」
参道の途中にあった手水舎で、なぜだかライフウォッチを翳してお清めを済ませて、境内の奥に入って行くと、目の前に歴史を感じさせる立派な木造の拝殿が現れた。
言葉では言い表せない程の荘厳さに、思わず足を止めた。
科学技術が発展したお陰で人間の生活水準が飛躍的に上がっても、こうして古来より重んじられているものが形として残り、今でも守り続けられていることに、人知れず胸が熱くなった。
この世界にも、何かを大切にする【人の心】が残っていたのだな。
厳かな雰囲気を壊さないようカメラで収めると、視界の端に社務所が見え、そこには多くの人々が列を成して並んでいた。
社務所に行列……もしかして、お守りにおみくじか!?
「なぁ、おみくじ引いても大丈夫か?」
「はい、大丈夫ですよ! ここのおみくじ、当たるって有名ですから!」
俺たちを先導していたホログラムが、いつの間にか俺の隣にいたので声をかけると、あっさりと了承を得られた。
神社と言えば、お守りにおみくじだからな!
しかも、ここの御籤は当たるらしいから、これは引くしかないだろう!
それに、せっかくこの世界の神社に来たんだから、この世界のおみくじで運試しだ!
逸る気持ちを抑えつつ、俺は社務所の前に出来上がっている列に足を向けた。
「はぁ、中吉か。何か微妙だな」
この世界で引いたおみくじの結果に溜息をつきながら、社務所の近くにあるおみくじ掛けに括りつけた。
御籤の順番を待っている間、俺と一緒に並んでくれたホログラムから、この神社の御籤について話を聞いた。
ホログラムが言うには、この神社の御籤はライフウォッチを所定の場所に一回だけ翳せば、多種多様な御籤を何回でも引くことが出来るらしい。
何だか、ありがたみが一気に減った気がしなくもないが。
そうこうしているうちに順番が回ってきた俺は、社務所の中にいた可愛い巫女さんの勧めで、穴の開いた六角形の大きな筒の中から細い木製の棒を取り出し、その棒に書かれていた番号を巫女さんに言うと、その番号の御籤を受け取った。
何ともオーソドックスなものではあるが。
まぁ、結果はさっき言った通りなのだが、いい思い出が出来たから良しとするか。
引いた御籤と括り付けた御籤の写真に収めると、そのまま拝殿の方へと足を運んだ。
拝殿の前には、社務所以上に多くの参拝客が行列を作っており、その光景に恐れ慄きながらも周囲を注意深く見回した。
クロノスのやつは……あっ、今は後ろの方でホログラムと一緒にいるな。
境内のあらゆる場所に興味を惹かれ、次々と写真に収めていた俺だったが、俺から少し離れてついてきているクロノスには、常に注意を払っていた。
いくら神様といっても、見た目は子どもだし大人の俺と視界の広さも異なるし、この世界の存在は知ってたらしいが、実際に訪れたのは初めてみたいだから、万が一にでも迷子になったらシャレにならない。
本人に言ったら『心外だ』と言われそうだから口には出すつもりはないけどな。
まぁでも、今のところ俺が視認出来る距離にクロノスがいるからはぐれる心配は無いが……どうして昨日みたいに隣に来ないんだ?
昨日みたいに、隣で他人を小馬鹿にしたような口振りと笑顔でアレコレ言ってもおかしくないはず。
そんなことを考えているうちに、参拝の順番が回ってきた。やはり、所定のライフウォッチを翳さないと参拝が出来ないらしい。
所定の位置にライフウォッチを翳し、前の人と同じように二礼二拍手一礼をすると、今後の旅の安全を願った。
そう言えば、手をお清めした時や御籤を引いた時にも思ったが、ライフウォッチが使えない神社で、どうしてライフウォッチを翳さなくてはいけないんだ?
「2人とも待たせたな。ごめん、俺のワガママに付き合わせて」
参拝を済ませ、列の邪魔にならないようにその場から離れると、そのまま2人が待つ場所に駆け寄って小さく謝った。
すると、ニコニコ笑顔のホログラムが近づいてきた。
「良いんですよ! それより、渡邊様はどんなことをお願いされたのですか?」
「えっ、あぁ……至って普通のお願いだぞ」
「普通のお願いとは?」
「そう、だな……これからも無事に健康に過ごせますようにって」
無邪気に笑っているホログラムに噓をついたのは、神様にお願いしたことを聞かれたことに少しだけ恐怖を感じたからだ。
それに、お願いした内容がクロノスとこの世界を旅行での安全祈願だったから、尚更嘘をつく必要があった。
ホログラムに対して引き攣り笑いを浮かべていると、神社に来てから無表情を貫いて黙っていたクロノスが、表情を変えないままホログラムに向かって、冷たく静かな声で問いかけた。
「ところでさぁ、ここって……どんな神様が祀られてるの?」
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!




