4日目 乗物と観光①
これは、とある男の旅路の記録である。
『さて、次のニュースです。先日……』
「おはよう……って、クロノス!?」
4日目にして定着した時間に起床し、朝飯を食べようとリビングに入ると、昨日と同じ体勢でソファーに寛いでいるクロノスが、つまらなさそうな目でニュース番組を観ていた。
「あぁ、おはよう」
こちらをチラ見しながら挨拶を返した時の神様は、流れるように視線をニュース番組に戻した。
「どうしたんだ、クロノス? 昨日は『つまらないから観ない』って言っていたよな?」
昨日言ったことと反対のことをしているクロノスに驚きが隠せない俺は、クロノスの座っているソファーに近寄ってそのまま隣に座った。
「ん? 昨日、神様である僕が無意味だと思っていることに律は意味を見出していたよね」
「無意味?」
「ほら、やってたじゃん。ここの部屋を探索したり、偽りの空を見たり、他にも色々としてたじゃん。あまつさえ、それらを写真に残してさ」
「あぁ、あれか……って、あれ無意味じゃないからな! 俺にとっては、意味があることだから!」
俺だって、わざわざ無意味なことをしねぇから!
「まぁ、僕には理解出来ないけど、それが気になってね。それでこうして観ているんだけど」
なるほど、それでニュース番組を観てたわけだな。
「でもまぁ、つまんないものを見たお陰でお腹が空いてきたよ」
「そうですか。それじゃあ、飯にするか」
「そうだね」
「それで、テレビはどうする? 番組変えるか? それとも、そのままでもいいか?」
「律の好きな方でいいよ。注文、朝食」
「分かった。じゃあ、このままで」
こうして俺は、この世界に来て初めて【ニュース】というものを観ながら、美味しい朝飯を食べたのだが……
「どれも、俺たちにとって耳障りのいいことしか報道してないんだな」
「さて、今日はどうする? 今日も俺の行きたいところで良いか?」
ライフウォッチに朝飯の片付けと飲みたいものを任せ、呼び出された飲み物で一息入れると、今日の予定について話を切り出した。
「いや、今日は僕が行きたいというか……見てみたいものがある」
「ほう」
これは、昨日の『律が行きたいところで良いよ』と笑顔で俺に丸投げしたことを後悔したな。
まぁ、時の神様が『行きたいところがある』っていうのだから、きっとこの世界でしか見れないところなんだろうな。
「それで、その『行きたいところ』ってどこなんだ?」
「この世界の観光地を巡りたいなって」
「あっ……」
そう言えば、俺たちってこの世界に旅行に来てるんだったな。
そして、旅行の定番と言えば地元の観光地巡り。
振り返ってみると、初日は警察に追い回され、2日目は家に引き籠り、3日目はご近所散策……うん、ここまで旅行らしいことは一切していないな。
まさか、人間の俗世に疎いと思っていたクロノスに気づかされるとは思わなかった。
「ねぇ、律。今、僕に対して失礼なこと思わなかった?」
この神様、実は時間だけじゃなくて人の感情も見えるのでは?
「別に。それよりも、どうして観光地を巡りたいって思ったんだ?」
「さっき、ニュースでこの世界の観光地巡りの話題を取り上げてたから、僕も行ってみたいなって。それに、人間って旅行に行ったら必ずと言っていいほどに観光地を巡るんだよね? だったら、この世界を旅行している僕たちにはピッタリだなって」
お前、つまんないとか言いつつもちゃんとニュース見てたんだな。
「確かに、この世界の観光地って気になるし行ってみたいな」
それに、昨日以上にこの世界について知ることが出来る絶好の機会になるかもしれないし。
「というか、この世界に観光地ってあるのか?」
俺が今抱いているこの世界のイメージって、乱立している高層マンションと、申し訳なさ程度にある公園と、昨日行った観光客向けのコンビニやスーパーしかないぞ。
「一応あるよ。と言っても、地元民は滅多に行かない……いかにも観光客向けの観光地って感じだけど」
あぁ、この世界でも【地元民は観光地にあまり足を運ばない】っていうものはあるんだな。
そんなことを思いつつ、今日の予定がこの世界の観光地巡りに決まった。
「……何で、今日は偽りの空なんだ?」
住処を出て外を見上げると、そこには気味の悪いショッキングピンクではなく、雲一つない綺麗な青空が広がっていた。
「だって、さっきニュース番組に出ていた人間が『絶好の旅行日和ですね!』って言いながら偽りの空の空を指していたから」
つまり、人間に都合の良い情報を鵜呑みにした時の神様が、俺に対して良かれと思って見せてくれたわけですね。
まぁ、間違っていないが。
「それはどうも。それで、外に出たのは良いもののどうやってこの世界の観光地を巡るんだ?」
観光地巡りを提案したクロノスに言われるがまま、プライベートゾーンを展開せずにエレベーターを降りて外に出た俺は、今住んでいるマンションの目の前にある道路に来ていた。
「う~ん、ライフウォッチにお願いして観光地に直接行くっていうのも良いけど……せっかくだし、この世界の乗り物に乗って観光地を巡ろうかな」
「おぉ!!」
この世界の乗り物か! よく考えたら俺、この世界の乗り物を見たことがない。
昨日の散策でも乗り物と呼べるものは見かけなかったな。
きっと、科学技術が発展した世界だ。俺のいた世界でファンタジー扱いされていた乗り物が出てくるんだろうなぁ……うん、楽しみだ!
年甲斐もなく胸を躍られていると俺を他所に、クロノスがライフウォッチで車を呼び出した。
「注文、車」
クロノスが手を道路に向けて手を翳した瞬間、眼前に無数のキューブ達が現れ、瞬く間に車体らしきものを形作ると弾け飛んだ。
「おぉ!! スゲ――!!」
現れたのは、車輪が無く宙に浮かんだ緑色の普通車だった。
これだよ、これこれ! 幼い頃、夢にまで見た近未来の乗り物!
まぁ、警察ドローンもライフウォッチもプライベートゾーンも、近未来の最先端技術なんだろうけれど。
でも、俺が幼い頃に見ていたアニメに出てきた乗り物が、こうして実物として現れたら、興奮するに決まってるだろうが!
「クロノス! 乗る前に写真撮ってもいいか!?」
「あっ、あぁ……良いよ。好きなだけ撮りな」
「よっしゃ――!」
憧れの乗り物を前に高まる鼓動が抑えられない俺は、欲望のまま未来の乗り物を写真に収めた。
クロノスが冷めたような目で見ている気がするが、そんなの構うもんか!
「はぁ。まさか、出発するのにこんなに時間がかかるとは思わなかったよ」
「…………すみません」
無我夢中で近未来の乗り物を撮り続けた結果、予定より遅い出発となってしまい、呆れ顔のクロノスに対して、すっかり落ち着きを取り戻した俺は弁明のしようがなかった。
「まぁ、この世界の乗り物を見た時の人間のリアクションが見れたし良しとするよ。それに、そんなに急ぐ旅じゃないしね」
「クロノス……」
「それじゃ、車に乗って観光地を巡ろっか」
懐の深い神様のお慈悲を内心で感謝すると、運転席側のドアを開けて乗り込んだ。
車の中は、ごく一部を除いて俺がいた世界で普及していた普通車をあまり変わらなかった。
そう、ごく一部を除いてなのだが……
「この世界の車って、どうやって運転するんだ?」
運転席側から乗り込んだ俺の目に飛び込んだのは、ハンドルが無い運転席だった。
俺が知ってる車の運転方法ではハンドルは必須だと思うのだが……
ハンドルが無い運転席に困惑しながら座って運転席周りを見回すと、ハンドルだけではなくアクセルやブレーキなど車の運転で必要不可欠なものが一切無かった。
この車、どうやって動かすんだ? まさか、あの自動運転とかじゃないよな!?
年を忘れて挙動不審になっている俺の隣で、何食わぬ顔で助手席に座るクロノスがライフウォッチに話しかけていた。
「注文、観光地巡り」
「!?」
おいおい、いくら自立して人間のことをアレコレ世話出来るAIでも、さすがにそんな大まかな指示では無理があるぞ。
目を丸くしたままクロノスを咎めようとした瞬間、バスガイドさんの制服風の服に身を包んだ、可愛らしい小さな女の子の姿をした立体ホログラムが、満面の笑みを浮かべながら俺たちの前に現れた。
「うおっ!」
突然現れたホログラムに驚き、その反動で肩をドアに強打した俺は、予想以上の痛みに眉をひそめていると、ホログラムが心配そうな表情でこちらを見ていた。
「大丈夫ですか?」
「しゃっ、喋った!?」
強打したばかり肩に追い打ちをかけて悶えていると、隣から呆れ果てるような声が聞こえてきた。
「あのさぁ、昨日人間とそっくりのアンドロイドを見たんだから、ホログラム程度で驚かないでよ~」
「いやいや、俺にとっては喋るホログラムを見るのは初めてだからな!」
「えっ? 初めてなのですか?」
俺たちの会話に自然な流れで入って来たホログラムが不思議そうな顔をしていた。
この世界のホログラム、色々とレベルが高すぎるだろ。
「あっ、あぁ……実は俺たち、ここに来たのはつい最近なんだ。今日の観光地巡りも、来たばかりこの場所についてもっと知ろうと思って」
余所者に対して容赦がないこの世界の事実を加味し、俺たちがこの世界の人間ではないことを隠しながらホログラムに話しかけると、俺の答えに納得したホログラムが、満足げな笑みを浮かべた。
「そうなんですね! それじゃあ、今日はどんなルートで行きますか」
「定番のルートでお願いするよ。あと、日帰りでお願いね」
笑顔満点のホログラムに対し、ぞんざいな態度で答えるクロノス。
この神様、実はホログラムが苦手なのか?
「分かりました~! ちなみに、昼食と夕食は外で召し上がりますか?」
「そう言えば、ここに来て外食なんてしたこと無かったな。どうする、クロノス?」
「僕は、どっちでも良いよ~」
「じゃあ、外食する方向で」
「かしこまりました~! それでは、外食付き定番観光地巡りに出発しま~す!」
ホログラムが元気よく片手を突き上げると、車が上空に向かって静かに発進した。
最後まで読んでいただき、ありがとございます!
加筆修正しました。よろしくお願いします。




