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21日目 恋愛と理想④

これは、とある男の旅路の記録である。

「木村、綾……さん?」

「はい、そうですが?」



 可愛らしく小首を傾げる彼女の名前に動揺が走ったのは仕方ないと思って欲しい。


 おい、これは何の悪戯だ。クロノス。


 この場にいない時の神様の内心で恨んでいると、対面から戸惑いがちな声が聞こえてきた。



「あの、駿さん? どうされましたか?」



 明らかに戸惑いの表情をしている彼女に慌てて謝った。



「すっ、すみません! あまりにも可愛らしい名前に衝撃を受けてしまい意識が飛びました!」

「そっ、そんな! 可愛いなんて! ありがとう、ございます」



 瞬間的に熱を持った頬を両手で可愛らしく抑えながら満更でもない表情で顔を背ける綾さんに気づかれないように、俺は小さく溜息をついた。


 一先ず怪しまれずに済んで良かった。『実はあなたと同じ名前の美人アンドロイドと思わず重ねてしまって、ひどく動揺してしまいました』なんて到底言えない。



「私、てっきり駿さんの元カノさんと名前が同じで、それで動揺されてしまったのかと思ってしまって……」

「あぁ、それは失礼しました」



 まぁ、間違ってはいないんだけどな。相手が生身の人間じゃなくて人工的に造られた人間ってだけ。



「良いんです! 私が勝手に不安になってしまっただけで、駿さんが謝ることなんて……」

「それでも目の前のあなたを不安させてしまいましたから、それは男として恥ずべきことです」

「そんなの……あっ、そんなことよりも乾杯! 乾杯しましょう! 私の方は、綾さんが来る前に少しだけ飲んでしまったのですが……」

「そっ、そうですね! しましょう、乾杯!」



 2人の間に漂っている気まずい雰囲気を払拭すべくグラスを持つと、互いにこやかに微笑んだ。



「それでは、2人の出会いに」

「「乾杯」」





「あの、駿さん!」



 笑顔で乾杯を済ませ、早速料理にありつこうとした時、緊張を帯びた声がタイミング悪く俺の名前を呼んだ。



「はい、何でしょう」

「駿さんは、どうして今回参加されたんですか?」



 あぁ、そういうことなら別に改まって聞かなくても食事を交えながらも答えられるのだが……おそらく、初めての場所に慣れていないから改まって聞いてきたのだろう。まぁ、場に慣れていないのは俺も同じなんだが。



「それは……私が悪友との賭けに負けてしまったからなんです」

「『悪友との賭け』、ですか?」

「はい。私と悪友とは幼稚園からの付き合いで、その頃から悪友は事あるごとに私と賭けをしたがるんです。それが大人になっても変わらずで……全く、お互い大人になったんですから、いい加減その癖を直して欲しいんですけどね」



 まぁ、その悪友……というより、俺を合コンに行くよう背中を押した時の神様は、今頃のんびりゲーム三昧だろうけど。



「フフッ、その悪友さんと駿さんは、とても仲良しなんですね」

「えぇ、大変不本意ながらですが」

「そうなんですか? 私は、その悪友さんにはとても感謝していますよ」

「感謝、ですか?」

「はい。だって……こうして駿さんに出会うきっかけをくれたんですから」



 頬を染めながら恥ずかしそうに上目遣いで俺のことを見ると綾さんに、思わず心を撃ち抜かれた。


 畜生、可愛いな。


 唐突に流れた甘ったるい空気に耐え切れなくなった俺は、一瞬だけ目を逸らして軽く咳払いすると、綾さんに営業スマイルを向けた。



「そういう木村さんこそ、どうして今回参加されたのですか?」



 意趣返しを込めて同じ質問をすると、一瞬だけ彼女は嫌そうな顔をした。


 あれっ、これってもしかして聞いちゃダメだった!?


 彼女の表情に肝を冷やした俺は再び謝った。



「すみません! お気を悪くされたのでしたら、無理して答えていただかくても大丈夫です」

「えっ……あぁ!! まさか、顔に出ちゃいましたか!? すみません、そういうつもりじゃなかったんです!」



 狼狽えながら顔のあちこちを触っているあたり、どうやら自覚が無かったらしい。



「いっ、いえ! もしかすると、私の見間違いだったかもしれませんし……すみません、配慮が足りませんでした」

「ちっ、違うんです! これはその……私がここに来た理由が、駿さんに比べたら至って普通の理由だったので、素敵なお話の後にして良いものか迷ったものですから、それが顔に出ちゃたんです」



 目を伏せながらひどく落ち込んでいる彼女に、思わず口角が上がった。


 何だ、そういうことだったのか。それなら気にしなくても良いのに。



「そうだったんですね。てっきり、綾さんの琴線に触れたんじゃないかと焦ってしまいました」

「そっ、そんなことありませんから!……そっ、そう言えば私、ここのお料理に手を付けていませんでした! 駿さんも、実は乾杯を済ませた後にご自身で取り分けられた分の料理に手を伸ばそうとしていましたよね? すみません、私が早とちりして声をかけたばっかりに……それでしたら、お詫びに私が駿さんの分の料理を取ってきましょうか?」

「大丈夫ですよ。見ここに置かれている料理は、どれも冷めても大丈夫な料理みたいですから。お気遣いありがとうございます」



 それよりも、俺が料理に手を伸ばそうとしていたのを分かっていたんだな。だとしたら、どうしてあのタイミングで聞いてきたんだ?


 彼女の天然か意図的なのか判別出来ない不可解な行動に首を傾げそうになっている俺に、彼女は申し訳なさそうに頭を下げてきた。



「そっ、そうですね……すみません、また早とちりしてしまいました」

「良いんですよ。それよりも一緒に食べませんか?」

「そうですね! 私、自分の分の料理を取ってきます!」



 そう言って立ち上がった彼女は、1人分の白い皿を持って近くのテーブル置かれている料理を物色しながら次々とお皿に乗せていった。


 時折、彼女に声をかけてくる男性がいたのだが……合コン初心者で初対面にも関わらず、彼女が俺と話している時より声をかけてきた男性が楽しそうに話しているのは、単に俺の気のせいなのだろうか。



「お待たせしました! ここの料理、色んな種類があって迷ってしまいました」

「そうですね。私も色んな料理に目移りしながら選んでいましたので」

「フフッ、そうだったんですね。それじゃあ、食べましょうか」

「はい、いただきましょう」





「ん~! これも美味しい~! ところで、駿さんは普段はどんなお仕事をされているのですか?」



 彼女と一緒に美味しい料理に舌鼓を打っていると合コン定番の質問が飛んできた。


 やっぱり来たか。とりあえず、クロノスが持たせてくれた鞄の中にあった【合コンでの律の設定】というメモ書きに書かれていたことを言うしかないよな。



「普通のサラリーマンですよ」

「サラリーマン、ですか……」



 あれっ、仕事を言った途端に彼女の目が冷たくなった気がしたんだが?


 そんな彼女は先程の明るさは嘘のように思える冷たい声で聞いてきた。



「ちなみに、どんな業種なんですか?」

「業種ですか……一応、外資系になりますね」

「外資系なんですか!?」



 今度はあからさまに目を輝かせながら前のめりに聞いてきた。


 彼女の食いつき具合に危うく引きつった笑いを晒しそうになったが……この設定、噓なんだよな。



「はい、そうですよ」

「ということは、普段は外国に行ってお仕事をされているのですか?」

「いえ、普段は国内にある会社で仕事をしていますよ。たまに出張で海外にいくことはありますが」

「へぇ~、そうなんですね」



 今度は納得した顔をして深く頷いている。この子、表情がクルクルと変わって見てて飽きないな。


 表情を取り繕うのが苦手そうな彼女を面白いと思った俺は、彼女と同じ質問を投げかけた。



「そういう木村さんは、普段お仕事は何をされているのですか?」



 あっ、また一瞬だけ嫌そうな顔をした。これも聞いちゃダメことだったのかな。


 彼女の表情にまたもや肝を冷やそうになったが、今度は気まずそうな笑顔を浮かべた。



「アハハ……普通ですよ、普通。駿さんに比べれば、全然普通ですよ」

「そうなんですか? 私も至って普通のサラリーマンなのですが」

「そんなことありません! 『外資系で働く人は、みんな頭がいい!』って、昔聞いたことがありますから!」

「そっ、そうなんですね……」



 その後、しばらくの間ではあったが外資系企業に勤めていることがいかに素晴らしいかを力説する彼女の話を、俺は複雑な気持ちを抱えたまま耳を傾けた。


 本当はあなたと同じで至って普通の会社員なんだけどな。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


※サブタイを少しだけ変更しました。


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