3日目 散策と人機④
これは、とある男の旅路の記録である。
「いらっしゃいませ~」
俺とクロノスがほぼ同じタイミングでライフウォッチを翳すと、自動ドアが開いて店内から男性店員の落ち着いた声が聞こえてきた。
早速、コンビニの中に入ろうと足を踏み入れた瞬間、ガラスが割れたかのようにプライベートゾーンが粉々に吹き飛んだ。
「うおっ! プライベートゾーンが!」
驚いて足を止めた俺を無視するように、クロノスは平然とした顔で店内へと入って行った。
「どうしたの? 早く入りなよ」
「あっ、あぁ」
店に一歩足を踏み入れただけで動かない俺にようやく気付いたのか、その場に足を止めたクロノスが、ゆっくりとこちらを振り返った。
「どうしたの?お店に入ったかと思えば、突然立ち止まって」
不思議そうな顔でこちらを見ているショタ神様の声に気が付いた俺は、小走りで時の神様の隣に立った。
さっきの光景を目にしていなかったのか?
「いや、店に入った瞬間にプライベートゾーンが弾け飛んで驚いたんだ」
「プライベートゾーン?……あぁ、そういうこと」
一瞬だけ美少年の形の良い眉が歪んだように見えたが、思い当たる節があったのか納得したような笑みを浮かべた。
「あれは仕方ないさ」
「仕方ない?」
「うん。外出する時にも言ったけど、プライベートゾーン外から自分を見えなくするものだから、こういう建物に入った場合、本人確認で強制的に解除させられるんだ。誰もいないのに、いきなり自動ドアが開くなんて怖いでしょ?」
「それは、怖いと言えば怖いが……店に入る前にライフウォッチを翳しただろう。その時点で本人確認は済んでるはずだよな?」
「『それは、それ。これは、これ』だよ、律」
あぁ、念の為ってやつか。
入店前のライフウォッチの認証に然り、入店後のプライベートゾーンの強制解除に然り、この世界の人間は、思った以上に用心深いらしい。
余程、自分以外の何かが信じられないらしい。
「あっ。もしも、ここでプライベートゾーンを展開しようとしたなら、警察呼ばれるから気を付けてね」
「…………」
ここでも、お巡りさんのお出ましですか。まぁ、一回は強制解除したものを再び展開させるなんて『法律に触れるようなことを始めるのではないか?』と怪しまれても仕方ないけどな。
そもそも、この世界にモラルはあっても法律は存在するのか?
「へぇ〜、店の商品のラインナップは、俺がいた世界と変わらないな」
クロノスの説明で入店直後の出来事に納得した俺は、クロノスと分かれて店内を見て回った。
食べ物に飲み物に雑貨にエトセトラ……店内の陳列棚やケースに入っている商品のラインナップを見た限り、どれも俺がいた世界にあったコンビニに陳列されている物とほとんど変わらなかった。
この世界のコンビニ事情に感心しながら見て回ると、視界の端に俺が仕事中の休憩中によく食べていたお菓子が入って思わず手に取った。
「おぉ!! こんな物も置いてあるのか! お手頃な値段だからよくお弁当と一緒に買って、休憩中の息抜きに食べてたな~」
この世界で休憩中のお供と再会出来て喜びを噛み締めていると、横から小さな金髪頭が手元を覗き込んできた。
「律、これ何?」
「あぁ、クロノスか。これは【駄菓子】って言うんだ。俺のいた世界では、クロノスのような見た目の人間……【子ども】って言うんだが、そういう子でも買える手頃なお菓子なんだ。俺が元の世界で営業マンしている頃、休憩中にこのお菓子を食べてたんだ」
「へぇ~」
まぁ、神様だから『駄菓子』を知らなくても無理もないのだが。
「僕の部下がよく話題にしてたから名前だけは知っていたけど……へぇ~、これが駄菓子ね」
手の中にあった駄菓子を勝手に取ると、興味深そうな表情で駄菓子を見つめ始めた。
本当、駄菓子を物珍しそうに見てる姿は、ただの子どもだな。
まぁ、そんな無礼なことを口に出したら、【神の天罰】とやらが下りそうな気がするので心の中に留めておこう。
生温かい目でクロノスを見つめていると、満足したのか俺の手元に駄菓子が戻ってきた。
「うん、これが駄菓子ね。覚えた。勝手に取るようなことをして悪かったよ」
「あぁ、いや。良いんだ、別に……そうだ! これ買ってやるよ」
俺が『買う』という単語を口にした瞬間、手元にあった駄菓子を見覚えある半透明の小さなキューブ達が覆い隠し、次の瞬間には弾け飛んで消えてしまった。
「うおっ! いきなりどうしたんだ!?」
驚きのあまり思わぬ少しだけ身を引くと、顎に片手を添えるクロノスが、感心したような表情で俺の手元を見つめた。
「なるほど〜、これで物を買ったってことになるんだね」
「えっ!? 俺って今、駄菓子を買ったのか!?」
驚嘆の声をあげながらクロノスを凝視すると、視線に気付いたショタ神様が、少しだけ口角を上げて上目遣いで俺のことを見返した。
「うん、そうだよ。この世界では、物品購入はライフウォッチで行われるようだね」
「ライフ、ウォッチ?」
言っていることの意味が分からず、視線を自分のライフウォッチに移した。
「そう。コンビニに入る前に、各々のライフウォッチを翳したよね? その時点で、僕達はライフウォッチの中に入ったんだよ」
「…………どういうことだ?」
全く意味が分からない。
ここは、コンビニであってライフウォッチでは無いぞ。
「律。ライフウォッチの使い方って、覚えてる?」
「あぁ、もちろん。『注文』って言うんだよな」
「うん。それもだけど、その前に教えた使い方があるでしょ?」
「確か、液晶画面をタップしてポップアップを呼び出して……って、まさか!?」
「そう、そのまさかだよ」
クロノスが言った『大きなライフウォッチ』の意味が分かり、言葉を失った俺は、目を見開くと店内を見回した。
ライフウォッチの使い方が2つある。
1つは、装着者が『注文』と口に出し、ライフウォッチに思考を読み取らせて、具現化させる方法。
もう1つは、ライフウォッチに内蔵されてる液晶画面を操作して、カテゴリー別のポップアップを呼び出し、ライフウォッチが提示したポップアップから自分の希望に沿ったもの選んで具現化させる方法だ。
そして、さっきの半透明の小さなキューブ達は、装着者がライフウォッチに何かをお願いした時に現れるキューブ達だ。
ということは……
「このコンビニに陳列されている商品は全て、ライフウォッチの中にあるカテゴライズされたポップアップを具現化させたものなのか」
最後まで読んでいただきありがとうございます!
6/22 少し話が長かったので、④と⑤に分けました。




