異世界転生した魔物である
絶天駆動1話完結ンガー。
ぶひひ。
ボクはキミたちがオークと呼ぶ猪男である。
いや正確にはオークだった、であるな。
勇者に倒されたならマシであるが、ボクは仲間に裏切られて死んだ間抜けなブタである。
「きゃああ、ベル様。今日も鼻血フラグ余裕、把握です~」
オタク系令嬢とかいう新傾向のコイツ。
普段は僧侶をしていて、黒髪おかっぱの地味なヤツである。
そして今のボクはベルード=シカフナーレン。
見た目は銀髪ドレッドヘアのワイルド系イケメンぶひ、いや、イケメンなのである。
そして更に緑光弓の称号を持つ神の使者である、――というていである。
「てい、とは何であるか?」
「え、えっえっ。あの~、その~。ま、つまり要するに端的にかいつまんで一言で概略を……」
苦手な癖に要約するのが大好きなオタク系女神とかいう新傾向のコイツ。
普段は天国にいるわけだが、必要に応じて日1回までは呼べるという約束である。
「女神メーシャス。つまり、こういう事であるな」
ボクが代わりに要約した内容をそのまま述べると『チート能力を1日1回までなんでもやるから緑光弓の勇者にして神の使者であると名乗る契約になった』である。
「まあ、そのー、エッセンスだけを抜き出して一般化した結果、総集編にした所からの……」
「わかったである。いや、分からんが後でじっくり要約するので大丈夫である」
アリーム=ナドカップ。
オタク系僧侶令嬢の名前がそれである。
「アリ……いや、シスター。今日の礼拝は何時からであったか?」
「ふふ。ベル様ってば相変わらずお茶目です~。今日のも何も、日曜日はいつも9時、10時、18時30分とずっと同じですのに」
元オークなりに空気を読みながらボクは半年も費やし、ようやくここまでシスターの心を開いたである。
しかし、
「うっすー。元気してっか、アリ子」
「はわあ、じ、じじじ」
「ジジイみてえだから甘噛みやめれって。だが可愛いから許す」
「か、かかわわかわ」
と恒例のやり取りが始まるのである。
ジージル=ドゴラドード。
濁点だらけなのに妙に強そうな名前の通り、この辺りで彼に敵う者はいないのである。
そして許嫁フラグの1つと言われる幼なじみ。
そう。シスターとジージルは幼なじみなのである。
「へいへい、またお前か。キモい癖にアリ子に寄るんじゃねーぜ!」
ドンッ。
ボクは情けなくも痛々しい壁ドンの、しかもされる側になってしまったのである。
そしてシスターはそんなボクをじっと見ていたである。
(ぶひ……)
「よし、これで当分はアリ子に近づかねえな。アリ子もアリ子だぜ、こんなブタみてえな弱虫野郎に接するなんてよ」
接するという前世でも底辺ニートの人間にしか使われてた覚えのない動詞で、ジージルはボクをバカにしたのである。
(く、悔しい。でも……)
ジージルは行ってしまったである。
「ごめんなさい、ベル様」
「え、何の話であるか」
悪口野郎ジージルは謝るべきだが、シスターが謝る理由などボクには、まるで心当たりがなかったである。
「ジル様、ああ見えてベル様を尊敬してますの」
「ボクを、――尊敬?」
全く身に覚えがない上に、どう見てもボクはディスられていたのである。
ちなみに、ジル様とはジージルのことである。
そして翌日。
なぜかボクの隣にジージルである。
(キョドりすぎて昨日は礼拝に行きそびれたである。シスターには滅多に会えないであるのに)
「さあ、ブタ。召喚魔法の実験台になれ」
「ぶひひ?」
ジージルは召喚魔法のエキスパート。
呼び出されて来てみれば、新しい召喚魔法をボクで試そうとしていたのである。
「きたれ、聖雷騎士パラディン・ゴーレム」
ジージルが掲げた右手の指をパチリと鳴らすと、神々しい鎧を着た岩人形が激しい雷と共に召喚されたである。
巨大な剣を左手に持つあたりがパラディンたる由縁らしいというくらいなら、ボクにも分かるのである。
「ボボボ……ボ……ボボ……」
蒸気機関のような音を立てながら、しかしパラディン・ゴーレムはなぜかジージルに高々と巨大な剣を振り上げたのである。
「えっ、よせよ。う、うわー。誰か助けてくれえ」
(ん? この光景には見覚えがあるであるぞ)
ちょうどボクがシスターと出会った日、つまりこの世界に転生した日に似たような事があったのである。
「って、とにかく今はコイツを倒すであるな!」
ボクは緑光弓を異次元からズルリ、と取り出してパラディン・ゴーレムを射抜いたである。
弓矢に宿る緑の光は異次元に眠る暗黒神・スラトランアーの破壊の波動。壊せない物などない光は召喚獣すら打ち砕いたのである。
「ぼ……ぼ……」
蒸気音が止むと、パラディン・ゴーレムは動きを停止したである。
と、ジージルがいなくなり、代わりに見慣れないコロボックルがいたである。
「く、くるる……」
(いや、見覚えはあるである。確か……」
そしてボクは、あの日に願ったのと同じ能力を女神に願った。
「ベル様~。鼻血フラグ、今日も余裕ですね!」
シスターは今日も可憐に微笑みながらボクに近付いてきたである。
しかし前と違うのは、ボクは神父姿でジージルも神父姿な事である。
『死にかけたコロボックルを、シスターの幼なじみジージルにする能力』
この世界に来たばかりなのと女神のうっかりで、あの日は記憶を失う副作用を受けたボクたち。
「(まあ、人生に支障ないから黙っていたんです。つまり要約すると……)」
そちらの要約は必要なしである。
ボクが今、要約すべきはボクとシスター、そしてジージルのハッピーエンド。
その一連の物語なのであるから。