帰り道
「じゃあさ、試しに私と付き合ってみない?」
彼女の顔は夕日に照らされていつもより綺麗に見えた。
僕のうぶな心臓はドクンドクンと脈打って
「僕は...」
「はぁ...疲れたな...早く帰ろ」
一日の授業が終わり、特に用事もないので僕はいつも通り昇降口へと向かった。
「あ、タッくんじゃん」
と、ふいに声を掛けられ振り返ると幼馴染のアケミがそのクリクリとした大きい目で僕を見ていた。
「今帰り?」
「そうだよ。アケミも?」
着崩した制服、茶色が入った髪、膝上までしかないスカートの丈。
彼女の格好はいかにも女子高生といった感じで、よく見ると薄く化粧もしているようだ。
(すっかり変わったなぁ..これが高校デビューってやつか。中学の頃は普通の女の子だったんだけどなぁ)
アケミとは家が隣で、小学生の時からずっと一緒に過ごしてきた。
小学校を卒業するまでは毎日一緒に遊んでいた気がする。
中学に入ってから一緒に遊ぶ回数は減っていき、高校に入ってからはそれぞれの友達付き合いがあったりアケミは部活動に入ったりして顔すら合わせなくなっていた。
「あれ?部活入ってなかったっけ?」
久しぶりに見る幼馴染に少し戸惑いつつ返事をする。
「なんか休みになったの。だから今帰り」
「なんかって...サボり?」
「違うって」
「ふぅん..まぁいいけど」
「じゃいこ」
なんとなく一緒に帰ることになる。
(疎遠になっていたとはいえこういう所は変わらないんだな)
二人で校舎を出る。授業が終わって間もないので外には帰宅する生徒で溢れている。
僕はこういう人ごみはちょっと苦手だ。
アケミは気にならないらしく、茜色の空を見上げ「うわ、まぶしー」なんて言ってる。
(日焼けが気になるのかな?)
学校の敷地を出ると舗装された道路が続く。
春の陽気も落ち着き始め、満開だった桜は半分以上が散ってしまっている。
(掃き掃除が大変そうだ)
「...」
「...」
なんとなく沈黙に耐えられなくなり、ぽつりと口を開く。
「あの、さ」
「なーに?」
気だるげな返事が返ってきた。
「僕と一緒に帰って大丈夫なの?」
「なにが?」
「いや、もしかしたら恋人同士なのかって噂されたりするかもだから」
「タッくんとじゃそんな勘違いされないよ」
と半笑いぎみに言い返された。少しだけむっとする。
「それどういう意味?」
「深い意味は無いって。怒んな怒んな」
「なんだそれ...」
また沈黙。
道はさびれた商店街に差し掛かった。
食べ物や日用品や服などなんでも揃っていて便利な商店街なのだが、近く出来た大きなショッピングモールに客を取られているらしい。
色んな思い出が詰まった深い場所なのでそんな現状を見ると悲しい気持ちになる。
なんて事を考えていると今度はアケミが
「なんかさぁ、友達がみーんな彼氏が出来たって言うんだよね」
と言い出した。
商店街を抜け公園の横を通る。4~5人の子供たちが元気にサッカーをしていた。
「へ、へぇ」
「毎日毎日飽きもせず彼氏が彼氏がってさ。恋愛ってそんなに面白いのかな?」
「よく分かんないけど楽しいんじゃないの?お前も彼氏作ってみたら?」
特に何も考えず答える。
高校生なんだしこういう話をするのがむしろ普通なのかもしれない。たぶん。
隣を歩いていたアケミがふいに駆け出し、くるっとこちらを振り返る。
「じゃあさ、試しに私と付き合ってみない?」
いたずらげな笑みを浮かべそんな事を言ってきた。
「...え?」
(いきなり何を言ってるんだ)
夕日が風景と共に僕らを照らす。
日が差さない商店街にいたことで気が着かなかったがだいぶ日差しが強いようだ。
夕日に照らされたアケミは僕が知ってるアケミではなく、全く知らない女性に見えた。
(アケミってこんなに大人っぽかったっけ...?)
僕のうぶな心臓はドクンドクンと脈打った。
「僕は...」
息がもつれて上手く喋れない。僕は誰に何を言おうとしているんだろう。
「僕は...そういうのって簡単に決めちゃダメだと思う。なんというか、本当に好きな人とっていうか...その」
とまどいつつなんとかそう答えると、アケミはぽかんとした表情をした後顔を伏せ、小刻みに震えだした。
「アケミ...?」
そしてガバっと勢いよく顔を上げ思いっきり笑い出した。
「アッハハハハッ!タッくん..顔..真っ赤にしながら何..言ってるの..ダメ..面白すぎ..ア~ハハハハ!」
どうやら僕は笑われているらしい...そう思った途端、顔がぼわっと熱くなる。
「だ、だってちゃんと答えないと失礼じゃないか!わ、笑うな!」
なおもお腹を抱えて笑っているアケミを見ているとだんだん腹が立ってきた。
さっきの彼女はどこへやら、今のこいつは僕が知ってるいつものアケミだ。間違いない。
「うるさい!笑うな!」
「ゴメンゴメン...あまりにもタッくんが面白いもんだからつい..ハァ..ハァ」
アケミはやっと笑い疲れたのか息を整え始める。
「...帰ろっか」
「...うん」
また二人で歩き出す。
さっきまで辺りを照らしていた夕日は沈んで少しずつ暗くなってきた。風が少し冷たい。
またも二人して黙り込んでしまう。やっと恥ずかしさが抜けて僕も落ち着いてきた。
(...というか僕はとんでもないことを言ってしまったんじゃないだろうか?)
(ちょっとおどけた風だったけどもしかしてアケミは結構本気だったのか?)
(だとしたらアケミを傷つけてしまったかもしれない。どうしよう...かといって、謝るのもなんか癪だ)
一人でモヤモヤしてるとふいにアケミが口を開いた。
「で、さ。さっきのなんだけど」
「お、おう」
内心を悟られないようにとりあえず平静を装う。
「タッくん意外としっかりしてるんだね。私ちょこっとだけ見直しちゃった」
さっきの笑みとは違った満面の笑顔のアケミがそこには居た。
ふと、その笑顔に昔見た彼女の笑顔が重なった。
予想してなかった言葉とアケミのその笑顔に思わずぼーっとしてしまう。
「じゃあまたね~。あ、おじさんとおばさんによろしく言っといて」
そんな僕を置いてアケミは去ってしまう。いつの間にか家に着いていたらしい。
「えっ?あ、うん」
と返事をしたころにはアケミは家の玄関をくぐっていた。
「なんなんだ一体...恥ずかしい思いをしただけじゃないか...」
アケミに振り回されっぱなしの帰り道だった。
その夜、あまりの恥ずかしさに悶える僕を見た両親にやたらと心配されたのはアケミには絶対内緒だ。