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Lv.グラハム数で手探る異世界原理  作者: 赤羽ひでお
3 生命、倫理、テセウスの船
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94 海中潜行の手立て

 錨を下ろし、海の真ん中で停泊する大型帆船。

 そのすぐ脇の海面にぶくぶくと泡が立ち、ほどなく影が一つ浮かんできて。


「――ぷはっ」


 三等級シーカーチームトリックスターズのリーダー、サークレットをつけた青髪の男アシュトン・ロメロが、ざばっという水音を立てて海面に顔を出した。



  ◇◆◇



「やあ、お待たせ」


 海面から船の甲板へと上がってきたアシュトンが、待機していた仲間達へ爽やかに笑いかける。


「おうアシュトン、戻ったか」

「よっしゃ、次はやっと俺達の番だな」

「レイ、急がない。きっとアシュトンも疲れてる」


 フェルボートが朗らかに迎える一方、探索への意欲を上げるレイへネリーが逸らないよう釘を刺す。

 既に奇石、ラルスカヌス、飛翼の三チームは先んじて遺跡探索に乗り出している。トリックスターズら残りの三チームは後発組だ。

 また、冒険者組合といえど流石に潜水艇までは所有しておらず、ここから海底神殿までは冒険者自身が直接潜って行くほかに手立てはない。そこで必須となるのが。


「それじゃあ皆、好きなのを選んで」


 アシュトンが道具出入の魔法で収納空間から取り出した、魔導具だ。

 指輪や首飾りなど装飾品としての種類は様々だが、籠められている魔法は二者択一。酸素ボンベなど存在しない識世で長時間の潜水に不可欠な『水中呼吸』と、生身の身体で海底の水圧に対応するための『圧力耐性』である。


「私、その魔法両方使えるけど」


 ネリーのその呟きは独り言のように周囲に聞こえるか聞こえないか程度の小さな声だが、仲間達の目を見つめながら発された相手ありきのものだ。

 アタッカーとしての力と実績が目立ち過ぎて陰に隠れがちだが、ネリーは魔導士としても一流の腕を持っている。魔導具に頼らずとも彼女自身の魔法のみで海底神殿には到達可能だ。


「おいおいネリー、そんなこと言ってると苦労して用意したサーピーが泣くぞ」

「せっかく貸してもらってるんだ、使えるものは使っていこう」


 これらの魔導具は、サーピーことクロール・サヴィンら奇石のメンバーが冒険者組合に掛け合って、使用貸借契約で事前に都合をつけてくれたものだ。

 簡易的な協議がなされた上で、それらは収蔵している王国内方々の組合支部から十一組――計二十二の数が集められた。


「あー、ねえねえ、あれが海に潜る時に使うってシンが言ってた魔導具かな?」


 甲高く陽気な声に振り向けば、宙を舞う小さな少女が無邪気な仕草と表情でスィーッと近寄ってきていた。アルゴロイドの守護妖精フェアだ。


「凄いな、これだけの数を揃えるのは骨が折れたろうに」

「いやマジで、奇石のメンバーには頭が上がらねえ」

「主催って、大変なのね」


 続いてアルゴロイド残りの面子の三人も、気楽に会話を交わしつつ姿を見せる。

 くすんだ赤毛で長身の男、デオ・ボレンテ。黒髪黒目中肉中背の男、アルゴロイドのリーダーシン・グラリット。そして薄萌葱の髪の凛とした侯爵令嬢、フレシュ・ベレスフォード。彼らはここへ、アシュトンが相識交信の魔法で呼んだのだ。


「やあ、早いね」

「いつでも行けるよう、準備はしてたんで」


 アシュトンが声をかけると、シンが気軽に応じる。

 合同探索の参加メンバーに対し、初めは堅かったシンやフレシュの対応。だがそれも食事会や船旅での交流を経て、対話での口調を多少砕けさせる程度に馴染んだ相手もそこそこ増えてきていた。


「そっちこそ、戻ってくるのが思ってたより随分早い」


 貸し出された魔導具の数は、一度に海に潜る人数を十一人と想定したもの。うち一人は後発組のために遺跡入口の空気溜まりで魔導具を回収して、船まで戻ってくる必要がある。

 その役回りを一組目はヨハネス、二組目ではアシュトンが任されたわけだが、二組目の出発からアシュトンの帰還まで、一組目が要した時間に比べ大分短縮されたようにシンは感じていた。


「それはきっと、ヨハネスの案内があったからだろうね」


 全員が手探りの状態で、時間をかけ慎重を期して潜り進む必要のあった一組目に対し、二組目にはそこで一度往復を経験したヨハネスがいる。彼が先導してくれたおかげで、アシュトンは早めに往路を終えられたわけだ。


「先発組の様子は? 特に問題はなさそうかい?」

「今のところは予定通り。たぶん、奇石と飛翼はもう探索を始めているんじゃないかな」


 特に不都合なく順調な滑り出し。現状をそう見立てたアシュトンに、それは何よりとデオが頷く。

 以前から交流のあったらしい両者だが気質からだろうか、その接し方は共に他のメンバーを相手するのと変わらず、今のところ二人の間に特別なものは見られない。


「じゃあじゃあ、わたし達も準備が出来たら早速出発しよう」

「いやいや、気が早えよ。もうちょっと落ち着いていこうぜ、フェア」

「そうよ。アシュトンさんだってまだ、泳いできたばかりで疲れもあるでしょうし」


 つい先程のレイとネリーのやりとりをなぞるような、フェア達の気安い会話。そんなたわいない一場面にアシュトンの意識が留まっていることに、フレシュはふと気が付いた。


「どうか、しました?」

「……いや、優しいんだね。心遣いありがとう」

「別にそんな、お礼を言われるようなことでもないと思うけれど」


 フレシュの問いに一瞬息を呑み、礼を言ったアシュトンが目を細める。その表情の違和に、フレシュは首を傾げた。

 感謝を伝える彼の瞳が湛える感情は、どこか感謝とは全く別のところにあるような気がする――負の要素とは決して違うが。


「とはいえ実際大して疲労も無いし、心配はいらないよ」


 そんなフレシュの心情を見て取ったであろうアシュトンが、肩を竦めて微笑む。

 ここで虚勢を張って嘘をつく必要などまずもって考えられないので、本当にアシュトンの体調に問題は無いのだろう。デオの知人ということでわかってはいたが、この男も只者ではない。

 そうこうしているうちにアルゴロイドの面々にも魔導具が行きわたり、着実に海へ潜るための準備が進んでいく。


「そんじゃあとは、アノニムの二人を待つだけだな」


 そうして残る最後の一チーム――アノニムのグレゴリーとミロスが間もなく姿を見せるであろう甲板の出入り口へ顔を向けたレイが、二ッと意欲的に口角を上げて呟いた。



  ◇◆◇



「ミロス、もう行くよ」


 トリックスターズのアシュトンから帰還の交信を受け、準備を整えたグレゴリーがミロスへ急かし気味に呼びかける。


「おーう、あ、もうちょい待ってくれ」

「もう、まだなの?」


 何やら装備の確認に手間取っているミロスに、グレゴリーは少しばかりやきもきしている様子。

 身に馴染んだいつもの装備品は海水に長時間浸し続けると激しく劣化してしまうので、海に潜る際は腐食耐性の魔法が扱える者に頼んで限定的に補強してもらう必要がある。二人はどちらもその魔法の練度が低く満足には扱えないので、トリックスターズのレイ・クルツに頼む手筈となっている。


「装備の確認なんて、事前に何度もしてたでしょ」

「最後の確認ってのは、抜かりなくしておかねーと。だろ?」


 悪いなと笑いつつそう同意を求めてくるミロスに、仕方ないなあとグレゴリーは嘆息を一つ。

 一時とはいえ、冒険者の生命線である大切な装備を他人の手に委ねるのだ。念には念を入れておきたいというミロスの気持ちもわからなくはない。

 ただ、あまり遅くなるとその分トリックスターズとアルゴロイドを待たせることになる。こんなことで心苦しい思いをするのは御免被りたい。


「おっし、オーケー。完璧だ」

「じゃあ、早く行くよ」


 そうしてようやく準備を終えたミロスが、出入り口で扉を開けて待っていたグレゴリーと共に船室を出ていくその時。


「世話になったわね」

「ありがと。とっても助かった」


 船室内から人目を忍ぶように潜められた女の声が二つ、かけられた。

 その声にミロスは背を向けたままさりげなく手を振って応えると、反応に迷っているだろうグレゴリーの肩を押して強制的に足を前に進めさせ、二人はこの場を後にした。



  ◇◆◇



「ガッウンさぁーん!」


 ダーシーと二人フレンテの樹海からここイーリッシュ島、カラキルデアのダリ―ボイル宮殿へと到着したガウン。その姿を見るなり満面の笑顔で飛びついてきた薄群青のツインテール少女――ツッツェンをひらりと躱す。


「ほぶっ!」


 結果、顔から勢いよく廊下の壁に突っ込んだツッツェンが、両手で鼻を押さえながら涙目で振り返る。


「ちょー! どーして避けるのさーっ!?」

「じゃれつくな、鬱陶しい」


 久方ぶりの逢瀬だというのに相も変わらずそっけないガウンの態度に、ツッツェンは大きく口を開けてガガーンとショックを受ける。背景エフェクトには稲妻も添えて。


「何が逢瀬だ、ふざけるな。我が今日ここを訪れた目的は、貴様などではない」

「ひどーっ! うわーん、ガウンさんのいけずー!」


 続けざまに放たれるガウンの辛辣な物言いと留まることのない塩対応に、噴水のように涙を撒き散らして泣き喚くツッツェン。

 まるっきり子供の振る舞いに厳めしい顔つきの上に更に渋面を作るガウンへ、ポンと肩を叩いたダーシーが「まあまあ」と薄っぺらい笑顔で宥める。


「久しぶりなんだから、少しくらい相手してあげなよ。こんなに泣かせて、可哀そうじゃないか」

「可哀そうだと? 馬鹿を言うな。ツッツェンがこの程度で傷つくような玉か」


 見当外れなダーシーの言い分を、仕様もないと呆れ口調で一蹴。そのガウンの指摘の通り突然ピタリと泣き止んだツッツェンが、一転笑顔となって頭の後ろで両手を組んだ。


「まーでも、そこがガウンさんらしくていいんだけど」

「見ろ」

「情緒、どうなってるのかな?」


 直前まで大泣きしていたのが嘘のようにケロッとしているツッツェン。ガウンがほらなと示すと、彼女を映すダーシーの白亜の瞳がキワモノを見る目に変わった。

 ただ念のため言っておくと、変わり身の早さならダーシーも人のことを言えないどころの話ではない。むしろタチが悪いのは圧倒的にお前の方だろう、という思いを口に出すことはしないが、ジトっとした視線を送ることでガウンはせめてもの心中を表しておいた。


「ガウンさんガウンさん、今まで何してたんー?」

「そんなこと、貴様が知らんわけないだろう。答えるまでもないことを聞いてくるな」

「違くて、ドビルのことじゃなくてー」


 質問の内容を「普段何をしているのか」と解釈を取り違えたガウンに、ツッツェンがもどかしそうに薄群青のツインテールを揺らして首を振る。

 対して、何を聞きたいのか今一つ曖昧で要領を得ないツッツェンに、煩わしげにガウンが眉間に皺を寄せる。すると彼女の意図を察していたのだろう、隣のダーシーがガウンに代わって答えに口を開いた。


「単なる寄り道。物見だよ。たまには人間の街も悪くない」


 ダーシーから「ガウンを連れて帰る」との交信がグラスに入ってから、こうして実際に帰ってくるまでに何日も日を跨いでいる。

 まっすぐに帰る気であったならその日のうちに帰ってこれたところを、何にそんなに時間を使っていたのか、とツッツェンは聞いてきたわけだ。


「へー。じゃあさじゃあさ、ガウンさんウチにお土産とか?」

「…………」


 ダメ元ではあるが僅かな期待を込めて聞いてくるツッツェンに、ガウンが顔を背けて口を結ぶ。どうも気乗りがしないといった面持ちだ。


「どうしたの? 買ってきてるんだから渡してあげたら?」

「!」

「え、マ?」


 空気を読む気のないダーシーに余計な口出しをされガウンは抗議の視線を送るが、当人はガウンの不満が何なのかわかっていないようで首を傾げるだけだ。


「…………」


 やむなくガウンは一つ溜息を吐くと、道具出入の魔法で収納空間から取り出した包みを、そっぽを向いたまま無造作にツッツェンへ「ほれ」と放った。


「わ」


 慌ててキャッチした包みの表面に老舗有名店の名の入ったロゴを目にし、ツッツェンの表情が驚きと歓喜に染まる。


「ナプレのピザじゃん! やたー!」


 タリアノイ王国名物グルメの土産に、大はしゃぎで飛び上がるツッツェン。

 宮殿住みの竜達の中でもツッツェンは人間の文化に対する親和性が特に高く、頻繁にテラを連れて遊びに行っていたりもする。ガウンが選んだ土産も、いつぞやの交信で彼女が話題にあげたものだ。

 喜ぶツッツェンに礼を言わせる暇も与えず、ガウンはダーシーの案内する先の扉を開けると、さっさと部屋の中へと入って――


「随分、遅かったわね」


 聞き慣れた声を耳にして、息を呑んだ。


「……何故、貴様がここにいる」


 振り向いた先には、幸せそうに身を寄せもたれかかるポニーテールの少女――テラの黄檗色の髪を優しく撫でる、耽美的な雰囲気を醸し出す黄金の女。


「コヴァ」


 黄竜コヴァ・イエローの姿を、ガウンの紺青の瞳が映し出していた。

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