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Lv.グラハム数で手探る異世界原理  作者: 赤羽ひでお
3 生命、倫理、テセウスの船
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88 いざ、未攻略の古代遺跡へ

 昼下がり。潮風に乗って飛び交う海鳥達の鳴き声が長閑に響く、港湾都市ファーストマーケットの波止場。快晴、船出日和。


「わあ、おっきな船!」

「こいつはまた厳つい船だな。旅船ってより海賊船て感じじゃねーか」


 ここより目的地までの足となる帆船を目の当たりにして、フェアが目を輝かせ、シンがひねた感想を口にする。

 間近に来れば、首が疲れてしまいそうなほどに見上げる大きさの威容を誇るこの船。七角形に鷹をあしらったロゴの描かれた旗が帆柱の上にはためく、冒険者組合が所有するガレオン船だ。


「まあ、見てくれで敵を威圧出来れば、その分余計な手間も減ってくるからな。合理的だろ?」


 そうシンの感想に横から答えてきたのは、精悍な顔立ちをした黒髪の男。腰に提げた曲刀使いのラルスカヌスのアタッカー、ローレン・ノーリック。

 組合が請け負う依頼で船を必要とするものの内、およそ七割を占める案件が船路の護衛だ。商船や貴族の船の要人や積み荷を狙う輩相手に、この風体なら睨みが利く。並の海賊なら手を出すのも躊躇われるだろう。とはいえ。


「組合の本音としちゃ、船の用途は護衛より冒険探索に割きたいみたいだけどな」


 と、シン達の後ろから指摘が入る。ローレンの弟で同じくラルスカヌスのアタッカー、茶髪の頭に巻いた赤いバンダナがトレードマークのレオン・ノーリックだ。

 冒険者組合の存在理念の一つは、人の手による世界の未知の解明だ。この大型船も、当初はその理念に基づいて大海へ更なる冒険者を送り出すために、組合が大枚をはたいて建造されたものだ。


「それで言うと、この合同探索は組合本来の趣旨に沿った、大きな期待のかかる案件になってくるわね」


 次いで会話に加わってきたのは、明るい緑の髪を編み込んだ女。十名からなるラルスカヌスの紅一点、ブラスターのアオイ・ヘイカー。

 ここまでの会話で誤解なきよう、前提として人助けの類も組合の理念から外れたものではない。しかしながら『冒険者』組合の名が示す通り、かける比重は探索の分野へ多めに振りたい、という旨の話である。


「うおーい、お前ら雑談も結構だけど、とりあえず乗ったらどうだ? そろそろ出航準備も整うみたいだぞー」


 桟橋の向こう、先にタラップを上って乗船した男が声をかけてくる。ラルスカヌスのタンクを務める筋骨隆々の大男、デリック・ウォールだ。

 その言葉を受けたローレンが彼に手を振って「おう、今行く」と返すと、レオンが「行こうぜ」とシン達を促して、一行は桟橋を渡り船へと乗り込んでいった。


「本当、凄い船」


 船に乗り、ぐるりと甲板を見回したフレシュが呟く。

 オーク材で造られた巨大な船体。船縁から海面までも相当な高さがあり、その側面には各種砲門が備え付けられている。

 前方の船首楼ではクロールとヨハネスがトリコーンハットを被った男――船長らと集まって何やら確認を取り合い、後方の船尾楼に据えられた舵輪前には操舵手らしき男が腕を組んで待機している様子が窺える。

 甲板には三本の帆柱が聳え立ち、船乗り達がそこから複雑に張り巡らされたロープを手繰って、帆を張る準備が着々と進められていた。


「へえー、侯爵令嬢のフレシュから見ても凄いんだ、この船」

「そうね、義父様関連の名義の船でもちょっと、ここまでのものは……」


 フレシュの独り言に反応したアオイが、興味深げに尋ねてくる。

 昨日の食事会でアルゴロイドのメンバーは参加者達と大いに打ち解け、気兼ねなく話をする間柄も増えた。特にアオイとフレシュの二人は同じブラスターということもあって、意気投合した仲だ。


「二、三隻くらいしか思い当たらないわね」

「あるんだ」


 フレシュの天然のフェイントに引っかかったアオイが、呆れ気味に冷や汗を垂らしてツッコミを入れる。この規模の船を複数所有しているとは、流石は大貴族。彼らの資産は庶民の想像など簡単に超えていく。


「乗せてもらったことはないんだけどね」

「ふうん、それじゃあフレシュって、船旅はこれが初体験になるのね」

「ええ、そうよ」


 そうこうしているうちに船首楼での話し合いもまとまったようで、クロールと船長が互いの仕事を約束してがっちりと握手を交わし、それを見届けたヨハネスがこちらへと降りてきた。それから間もなく。


「隊長、全員乗船完了です」

「船長、出港準備整いました」


 セキンがクロールに、船乗りの一人が船長に、丁度重なるタイミングで報告を上げた。

 二人が「うむ」「おう」とそれぞれ頷いて振り返る。そしてクロールが一歩前に出て乗り合わせる一同を見渡すと、バッと大きく腕を前に振った。


「諸君、遂にこの日がやって来た! これより挑むは多くの先達の想いを挫いてきた彼の虎穴、古代遺跡レパード海底神殿だ!」


 真夏の日差しの下、巨大帆船の船首楼で、全員の注目を一身に集めた王国最高の冒険者『サー・プロスペクター』が、外套を潮風になびかせながら堂々と声高に口上を述べていく。


「しかし臆することはない! いかなる危難をも見据え、探索の準備は万全に整えられた! 何より我らはこのブライトリス王国において、眩いばかりの輝きを放つ実績を積み重ねてきた冒険者なのだから!」


 気勢を上げる力強い声にあてられ、シンがレイがミロスが笑い、ネリーがヨハネスがニーナが頷き、グレゴリーがラヴィネラがフレシュが瞳に闘志を宿らせる。

 冒険者の魂を煽るクロールの口上が、鼓舞が、ここに集った者共の士気をより一層に高め滾らせていく。そして最後に彼は腰に差した剣を抜き放つと、高々と天に掲げた。


「此度の冒険でも必ずや、偉大な成果を持ち帰るであろう!」

「おおーーっ!!」


 クロールの口上の締めに、冒険者達は拳を突き上げ割れんばかりの喚声で呼応する。

 船上に渦巻き燃え盛る、炎天下の猛暑とは全く性質の異なる血沸き肉躍る熱気。その膨れ上がった熱狂の支配する甲板を見下ろす船首楼から、船長が隣のクロールに劣らぬ気勢で号令をかける。


「出港ー!」

「アイ、サー!」


 発された号令に船乗り達は威勢よく返事をすると、操舵手が舵輪を回して船はゆっくりと動き出し桟橋から離れて行く。

 そうして接岸地点から充分に離れると、再び。


「帆開けー!」


 船長の号令に合わせて待機していた船乗り達がロープを引くと、三か所の帆柱に張られた巨大な帆がバサッと音を立てて一斉に開いた。

 風を受け帆が膨らみ、船体の速度が徐々に上がっていく。そのまま船は港を出、大海原へとその身を進めていった。



  ◇◆◇



「大丈夫? フレシュ」

「……ごめん、ちょっと今、話しかけないで」


 夜。古都を出港し、半島の沿岸を風を受け帆走するガレオン船。アルゴロイドに割り当てられた船室では、青白い顔をしたフレシュがぐったりとうなだれていた。

 船酔いである。日暮れ頃から表れ始めた船旅お約束の症状は、今や本格的に彼女を苛んでいるようで、心配して声をかけるフェアにも碌に対応出来ない有様だ。


「船って、こんなに揺れるもんなんだな」


 辛そうに背中を丸めてへたばるフレシュの様子を横目に、シンが独りごちる。

 航海中の船が波に揉まれて大きく揺れるものだということくらい、当然シンは現世のエンタメやメディア等を通じて知ってはいた。が、知識として知っているのと実際に体験するのとでは、やはり感じ入る重みが違う。


「シンも、船に乗るの初めて?」

「ん? ああ、小舟とかボートなら経験あるけど、こんなでかい船に乗って海に出たのは初めてだな」


 現代日本において海を越える長距離移動の手段といえば、専ら飛行機だ。船の役割の多くは漁業や物資の輸送、或いは保安であって、それらの仕事に従事していなければ、船に乗って海に出る機会など限られる。


「どうしてシンは、平気なのよ……」

「お前それ、今無理して声にするほど気になることか?」


 会話を交わすことすら一苦労のざまのくせに、これ以上体調を悪化させる危険を冒してまでわざわざ聞くことでもないだろうに。

 そうシンが呆れて見やったフレシュは、青い顔のまま恨めしそうな目つきでこちらを睨んでいた。


「だって、私がこんななのに……はぅ……」

「いいからお前は安静にしてろ」


 しんどそうにあえぐフレシュ。こんな状態にあってもまだ彼女が話をやめようとしないのは、それだけ納得がいかないからだろう。

 自分はこんなに大変な目に遭っているというのに、同じく初体験の船旅でどうしてシンは船酔いにならないのか。フェアのように宙に浮いてるわけでもないのに。不公平ではないか、と。

 そう悔しそうに不満を訴えかけてくるフレシュの瞳が極まり悪く、シンは目を逸らす。普段なら理不尽なやっかみだと撥ねつけるところだが、これに関しては後ろめたさがあったからだ。


「シンは、魔法で三半規管を強化してるからねー」

「え……」

「…………」


 あっけらかんとその理由をフェアに暴露され、顔を背けたままのシンへフレシュが唖然として口を半開きにする。

 いつもシンは、自分の持つ特異な力を「無闇に使うつもりはない」「必要最小限に抑える」などと偉そうに言っておきながら、この体たらくである。愛己主義全開のダブルスタンダード、ここに極まれり。

 そうして訪れた一拍の沈黙の後。


「そんなの、ずる――」


 身を乗り出したフレシュがシンへ文句を浴びせかけようとした瞬間、ぐわんと船が大きく揺れた。


「いぁぁあぁあぁあぁあああぁぁぁああ~~~~」


 今一度フレシュへ降りかかる航海の洗礼に、年頃の娘――まして侯爵令嬢が他人に聞かせてはいけない残念な声を上げて、あられもなく悶え苦しむ。

 ややもすると船は波を越え揺れも収まるが、目を回して頽れるフレシュは直前に無茶をした反動も祟って完全にグロッキー。シンに対するいつもの減らず口すら、叩く気力を奪われてしまった模様。重症だ。


「どうだい、フレシュの調子は?」


 そうした中で不意に船室の扉が開き、長身でくすんだ赤髪の男――デオが入ってくると、シン達にそう声をかけた。


「あ、デオ、お帰りー」

「戻ったか。まあ見りゃわかると思うけど、この調子だ」


 いっそ殺して楽にしてくれとでも言い出しかねない、この世の終わりのような虚ろな表情の憔悴したフレシュを示して、シンは肩を竦める。

 デオはその姿を見ると「あー、駄目みたいだねえ」と苦笑しつつ、彼女に歩み寄った。


「ほらフレシュ、ちょっとだけ頑張れ」

「ん……へぅ……」


 フレシュの傍らでしゃがみこんだデオは彼女を優しく抱き起こすと、手の中のものをその口元へと持っていく。

 小さなガラス瓶に入った白い粉末――酔い止め薬だ。今までデオは船酔いを起こしたフレシュのため、冒険者や船乗りらをあたって薬を都合してもらいに行っていたわけである。


「飲めるかい?」

「ん……ぐ、んぐ……」


 何とか水で薬を喉の奥へ流し込ませると、デオは優しく微笑みフレシュを抱きかかえ、脱力した彼女の身体をハンモックへと横たえた。


「あ、りが……と」

「無理して喋んな」

「後はゆっくり休んでいればいい」

「早く元気になってね、フレシュ」


 薬が即効性なのかプラシーボ効果か、先程までより若干顔色に生気を取り戻したフレシュは、三人の言葉に弱々しく頷いて瞼を閉じた。

 この様子なら、暫く安静にしていればそのうち回復するだろう。ひとまずは、これでよしだ。


「お前ら、酔い止めも用意してないのかって怒られたよ」

「あー、まあ言われりゃ確かに、考えが足りてなかったな」

「準備しておくべきだったねー」


 極々基本的な備えすら疎かになっていたことに気づかされ、船旅に対する意識の低さを反省するアルゴロイドのメンバー。

 或いはこのトラブルは、三人が常人離れした力を有していることによる慢心が招いたものかもしれない。今回は小事だが、それが取り返しのつかない悲劇に繋がる可能性も無くはないのだと、シンは改めて自身にそう言い聞かせた。


「それはそれとして、……んで、どうだった?」

「ん? ああ……」


 一つ区切りがついたところで、シンはデオに問いを投げかける。

 主語のない質問だが、デオにはシンの意図が理解出来ているようで、迷いなく答えを返してきた。


「今のところ、それらしいのは見当たらないねえ」

「そうか。まあ連中だって、そう簡単に見つかるような間抜けじゃねえよな」

「それって、ナインクラックのこと?」


 幻神の寄越した前情報から、この合同探索に潜入してくるだろうと思われる能力者集団――ナインクラック。

 既にこの船に潜んでいる可能性も踏まえ、港を発ってからデオが船内を足と魔法で探っていたのだが、特に不審な点は見つけられなかった模様。


「気になるんなら、手伝ってみるかい?」


 探しに出た当初は「一人でやるさ」と言っていたデオだが、手応え無しの結果を受けて方針を変えてみたようだ。


「つっても、仮に連中を見つけたところで、どうするってわけでもねえんだろ?」


 現状、シン達とナインクラックは直接対立しているわけではない。彼らが標的と定めているのは七暁神の内の四人で、その中の一人――聖王シモンの娘であるフレシュが、手駒として利用されるのを牽制している形だ。

 加えてそのシモン当人からデオを通じ、先手を打って仕掛けるのは控えて欲しいと頼まれている。何とも悠長な構えだとは思うが、それが相手の希望である以上不都合が生じても責任は負わないし、あえて口出しはすまい。

 そんな理由から、今ここで彼らを探し当てたとしても警戒以上の対応のしようがなく、そこに労力を割く意味は薄いというのがシンの意見だ。


「それでも、今のうちに奴さんらの動向を把握出来れば、何かあった時早めに対応出来るだろう?」

「何かって何だ? 連中が仕掛けてくるとかか?」


 流石にそれは考えにくい。

 彼らが未知の特殊能力を持っているとはいえ、それだけでは勝ち目が無いからこその今回の潜入活動であろう。

 この人数の冒険者で海底神殿を探索すれば、その分そこに生息するモンスターの気を引いてもらえる。覇者の魔石といった彼らの目当てと目されるアイテムも、彼らだけで狙うよりその入手難易度は大きく下がる。


「可能性の話さ。不測の事態に備えておくってのは、大事なことだろう?」

「そりゃ否定はしねえけどよ」


 難儀な話である。今までもデオは先手の打ちようがないこの問題に、こうして頭を悩ませながら対処してきたのか。

 少々都合よく使われすぎではとも思うが、何やらデオは聖王に恩があるらしく、頼みを無下にも出来ないようだ。


「……まあ居ないなら居ないで、それに越したことはないんだけどねえ」


 ナインクラックが潜入してくるというのはあくまで状況に基いた予測であって、確定事項ではない。確率は低くとも、動いてこない可能性だってある。

 そう口にする一方でデオ・ボレンテは楽観を決め込むことなく、その朱の瞳に油断の色は微塵たりとも滲ませてはいなかった。

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