87 生と死は特別か
「あっははは、引きずられてっちゃったよ」
「賑やかで楽しいわね、奇石の皆さんは」
シジュークとグラッチによる寸劇のような掛け合い。それを間近で鑑賞することになった、隣の飛翼のテーブル。リアクションを起こして賑やかすのは水色の髪の双子の姉妹だ。
長髪と右の目元の泣き黒子が特徴的な快活な妹、フィーネ・ジュールと、おかっぱと左の目元の泣き黒子が特徴的な理知的な姉、リン・ジュール。
「いいの? 王国を代表する冒険者があんなんで……」
姉妹に続いて口を開いたのは菫色の髪をポニーテールにした少女。ノンアルコールのオレンジジュースをストローで吸い上げる、飛翼最年少のユティア・ガナー。メンバーから可愛がられる妹的立ち位置の存在だ。
「いいのよ、オンオフの切り替えさえしっかり出来てればね」
ユティアの呟きに答えを返したのは青髪の女性。温和で落ち着いた雰囲気を纏った、飛翼の副リーダーを務めるセイラ・バレリー。
「ああした姿を見せることで、参加者の緊張をほぐす効果もあったみたいだし、ね」
続けた言葉の最後に、セイラはこのテーブルを囲って談笑している最後の一人へ目配せする。
同じ女性冒険者ということで一緒にどうかとセイラが誘い、この卓へと連れてきたアルゴロイドのフレシュ・ベレスフォードだ。
セイラは昨日の三チーム主要面子でのミーティングに、ニーナと共に参加していた。なのでアルゴロイドのメンバーとは既に顔合わせ済みで、その際に交わした言葉から覗かせるセイラの人柄に、フレシュは好ましい印象を抱いていた。
「え? 今のって、わざとだったんですか?」
「それはわからないけれど、結果的に悪い方向には働いてないでしょう? ほら、さっきまでより肩の力が抜けてる」
とても演技とは思えない先程の光景への解釈にフレシュは目を丸くするが、それはあながち的外れとも言い切れない。
実際、上位の冒険者達の輪に入れられ少なからず恐縮していたフレシュだが、その緊張も多少は和らいだのだから。
「買い被りですよ」
淡白な口調で会話に加わってきたのは黒いローブを纏った聖王教会のシスター、奇石の『プロディジー・ラヴィー』ことラヴィネラ・エクリー。
「あの二人は普段からあの調子ですので」
「素でしたか」
「素です」
淡々と認識を訂正してくるラヴィネラに、セイラがクスリと笑う。
「あははは、いいじゃん、毎日退屈しなそうで」
「外から見てる分には、って付け加える必要がありそうだけどね」
大分酒が入っている様子のフィーネは笑い上戸なようで、今はちょっとしたことでもツボに入ってしまう状態なのか、常にケラケラと腹を抱えて笑い続けている。
また隣のリンはリンで、周囲に酔っ払いが増えようと何ら対応を変えることもなく、マイペースを貫き続けている光景は中々にシュールである。
そこに何のツッコミも入らないのが飛翼というチームの柄なのか。それともカウンター席でヨハネス、女主人と三人で飲み交わす、リーダーのニーナがその役どころなのだろうか。と、フレシュがそんな益体もないことを考えていると。
「フレシュ、ちょっといいですか?」
「……何ですか」
改めて、ラヴィネラから声をかけられた。このテーブルへやって来た目当ては飛翼の誰かではなく、どうやらフレシュにあったようだ。
「あなた、探索組から外れて待機組に回る気はありませんか?」
「それは、どういう……?」
思いも寄らない提案を投げかけられ、フレシュは眉を寄せて聞き返す。
怪訝そうなフレシュの反応にラヴィネラは少々目を伏せるが、その淡白さは変わらずに補足してきた。
「海底神殿の特性を考慮すれば、魔導士のあなたはそうした方が賢明でしょう」
「え? フレシュって魔導士なのに探索組なの?」
話を聞いていたユティアが驚いて目をぱちくりとさせる。
この探索において、基本的に専業魔導士は待機組に回るもの、と聞かされていた彼女にとっては寝耳に水だ。「どうして?」と聞きたげな瞳を、明け透けにフレシュへと向けている。
無意識に他チームの方針にケチをつけかねないユティア。普段ならセイラが制するところだが、ここは黙って成り行きを見守っている。昨日ヨハネスが深入りを避けた話で、疑問が拭えたわけではなかったからだ。
「今更そんなことを言い出したら、迷惑になるじゃないですか」
「ですが、今ならまだ間に合います」
ラヴィネラの意見は事実としてそうなのだが、一方でフレシュの言い分も尤もだ。ここにきて配置転換など願い出れば煩わしいだけだろう。
ただ、ラヴィネラの所属は主催のチームだ。この程度は融通が利くだろうし、リーダーのクロールもその人柄からして快く応じてくれるとは思われる。とはいえ、どの道非常識であることに変わりない。
「チームの無謀な方針に、徹頭徹尾従う必要などありません。全く、特異は一体何を考えて――」
「チームの方針に異論があるのなら、リーダーのシンに直接お願いします」
説得するラヴィネラの言葉を遮り、フレシュはキッパリと言い放つ。
送った助言を明確に拒まれたラヴィネラは閉口。そのまま暫しフレシュの瞳を見つめると。
「……そうですか、わかりました」
そう静かに告げて、それ以上の説得を諦めて席を立った。
◇◆◇
(随分と、嫌われたものですね……)
心の内から湧いてくる嫌悪感を何とか抑えつつ、それでも隠し切れずに表に滲み出ていた様子のフレシュを思い、ラヴィネラは目を伏せる。
侯爵邸で接した時から感じてはいたが、彼女のラヴィネラに対する印象は相当に悪い。その原因はアルゴロイドと初対面時のラヴィネラの態度にあるので、甘んじて受けるべき仕打ちではあるが。
ただそのように一方的に嫌われてはいても、彼女は親友の妹分だ。出来得るなら、危険な目に遭わせたくはない。
(どうして、あの子が探索組に……)
海底神殿において無力となる魔導士達は基本的に探索には加わらず外で待機し、負傷して戻ってきた者の治癒を任される予定となっている。
そのためラヴィネラは、当然フレシュは待機組に回るものと思い込んでいた。ところが組分けを再確認した際に彼女の役回りを知って、その軽率な判断を下したアルゴロイドのリーダーであるシンに対し、強い疑念と憤りを覚えた。
(そうまでして、長寿の霊薬を手にしたいのですか)
彼が合同探索へ参加する目的、その醜悪な欲望には吐き気すら催してくる。
そんなもののために、仲間達の、フレシュの命を危険に晒すのか。と。
「さあ張った張ったぁ! シジュークVSグラッチ、奇石の喧嘩はどっちに軍配が上がるのか!」
思案に耽っていたラヴィネラの意識が、近くのテーブルで騒ぐ男の方へと向けられる。
「ん、それは、ダメ」
「悪いねえ、パスだ」
「賭博はご法度だよ」
「やるならせめて隠れてやれ」
「えー、何だよお前らもうちょっとノってくれてもいいじゃんかよー」
トリックスターズにアルゴロイドのデオ・ボレンテを加えた商都組の面々。彼らにすげなくあしらわれているレイ・クルツである。
(そもそもは、この男が……)
今フレシュが危うい環境にあるのも、元はといえばこのレイが合同探索にシンを誘ったからだ。
両者の関係など知らないが、紫竜を退けた力なら探索にも有用だと見込んでのことだろう。恐らくはそこで長寿の霊薬を釣り餌に使い、狙い通りシンは食いついたわけだ。
誘う方も誘う方なら、食いつく方も食いつく方である。
「レイ・クルツ」
考えを巡らせるうち徐々に不快感を募らせていったラヴィネラは、そのままレイへと距離を詰め背後から声をかけた。
「ちょっと、いいですか」
「え、何? 俺?」
呼びかけられ、振り向こうとするレイは変わらず軽い調子。
片や彼以外の四人は、一足先に黒い負のオーラを発するラヴィネラの佇まいを目にし、その空気を察した。
「ほれ見ろ、仲間が怒ってる」
「うん、好きなだけ灸を据えてやってくれ」
「いいのかい? そんな扱いで」
「ん、これは、レイが悪い」
さながら垣根でも設けたかのように、物理的にも心情的にもレイから距離を隔てようとする四人。ラヴィネラは憐れにも彼らから差し出されたレイを見下ろして。
「皆さんの承諾も得られたことですし、では、こちらへ」
「え? あ? お?」
口調だけは穏やかさを取り繕い、戸惑うレイの腕を掴んで人けの薄い店の隅まで連行していった。
「なになに? 宴会中にこんな隅っこにまで連れて来て、二人きりで話って……」
凹型に壁で囲まれた酒場の死角。壁に背中を押し付けられたレイは、ラヴィネラの顔と宴の様子とを首を伸ばして交互に見やると、ハッと何かに気づいたように。
「俺、もしかして口説かれてる?」
「今の流れでこの状況にそんな都合のいい解釈が出来るなんて、随分おめでたい頭をしていますね」
「めでたいか、そいつはいいな。明日からの本番に向けて、いい景気づけになるぜ」
「皮肉も通じませんか」
愛想もそっけもないとげとげしいラヴィネラ相手にも、笑って軽口を重ねていく図太いレイ。
言葉に乗せた毒がまるで効果のない様子の相手にうんざりして、ラヴィネラは大きく溜息を吐いた。
「冗談は置いといて、さっきのでイラっとしたんなら謝るけど、ぶっちゃけそこまで目くじら立てるほどのもんでもなくね?」
「ええ。あの二人のことは別にどうでもいいです」
「……俺が言うのもアレだけど、もうちょっと気にかけてやろうぜ」
あまりにも乾ききったラヴィネラの返答に、レイの声から力と感情が抜け落ちる。
意外にも本人より他人に対する扱いでレイのペースが乱れたことに、呆れと感心それぞれに似て非なる何とも言い難い感情が湧いてくる。些末なことなのですぐに意識から抜け落ちたが。
「そんなことよりもあなた、この探索に特異を誘い込んで何を狙っているのですか?」
「何をっていや別に、ただあいつらと一緒に遺跡探索をエンジョイしたいだけだけど?」
「A難度の遺跡探索を……エンジョイ?」
何ら緊張感もないお気楽なレイの合同探索に対する気構えの安易さに、ラヴィネラは眉根を寄せ眉間に皺を刻む。
「甚だしく甘い認識ですね。そんな余裕が保てるほど簡単な仕事になるとは、とても思えませんが」
「そうか? むしろ今のうちから余裕なくしてる方がよっぽどまずくね? それに冒険者なんて、探索を楽しんでなんぼだろ」
「呆れました。仮にも等級持ちの一員が、そんな遊び感覚でいただなんて」
壁にもたれかかってポケットに手を突っ込み、楽な姿勢をとるレイ。逃げ道を塞いで圧迫しようとも毛ほども狼狽を見せない男に、ラヴィネラは目つきを鋭くして。
「そんな調子で長寿の霊薬など手にされては、たまったものではありません」
「ん? 長寿の霊薬?」
「白々しい。それで特異を釣ったのでしょうが」
初耳だとでも言うように聞き返してくるレイのとぼけた態度に、ラヴィネラは鼻を鳴らして語気を強める。
対するレイはそんな毒気など気にしたそぶりもなく、何故か嬉しそうに瞳を輝かせていた。
「へえ、シンの奴そんなもん狙ってんのか。よっぽどこの世界が気に入ったんだな」
破顔するレイ。これが演技だとしたら相当の役者だと、この男の腹の内がわからなくなったラヴィネラはそちらの思考を放棄する。
その代わりに、引っかかりを覚えた「この世界」という言葉をぼそりと呟いて反芻する。まるでこことは別の世界を知っているような口ぶりだ。そういえば初対面時のシンも、似たような含意で同じ単語を扱っていた気がする。
「長寿を求めるってのは、この世界に長く留まっていたいってことだろ?」
ラヴィネラの呟きを拾ったレイが、その言葉の意図を噛み砕いて説明してくる。
引っかかりは抱えたままだが今の話の流れとは無関係だし、些事だ。そうラヴィネラは頭の片隅へと追いやって、目の前の題目へと向き直った。
「言い得て妙ですね。死を遠ざけたいとする後ろ向きな欲求を美化するには、特に」
「後ろ向きか?」
至極当然な常識に、レイは首を傾げて疑問符など浮かべている。
こんな当たり前のことですら、事細かに説明してやらなければならないのかと、ラヴィネラは煩わしさに頬を強張らせ。
「死とは、生きとし生けるもの全てに平等に訪れる自然の理です。その輪から逃れようとする考えが、前向きだとでも?」
「平等じゃなくね? 生き物って、それぞれ寿命が違うし」
レイの指摘にラヴィネラの思考が一瞬、停止する。そんな方向から反論が来るとは思っていなかった。
ただレイの方も今のは反射的に口を突いて出た反論だったようで、その発言を顧みるように「んー」と唸ると。
「まあでも、生き物によって時間の感覚とか違うらしいし、一概には言えねーか。知らんけど」
「どうであれ、天から授かった生命に手を加えようなど、冒涜であると言わざるを得ませんね」
相手がどんな考えを持っていようと、ラヴィネラのスタンスは変わらない。
生命というのはすべからく、天より賜った自然の奇跡だ。それを自らの願望のためだけに弄ぶ行為など、冒涜以外の何物でもない。
「あー、そこだな」
「?」
と、ラヴィネラの掲げる信条を聞かされたレイが、何かを察したように声を上げた。
訝しんで片眉を上げるラヴィネラに、レイは腕を組み片目を瞑って言葉を継ぐ。
「俺とお前さんとで、認識の違うとこ」
「その程度、冒涜には当たらないと?」
「そっちよか前の前提になるとこ。お前さんにとって、今を生きる身体は天からの授かりもんみたいだけど、俺にとっては――」
「……違うとでも?」
「勝ち取ったもの。生物それぞれが進化の過程で独自に掴み取ったもの。そんな感じの認識だな」
「だから、自然の理から外れようと一向に構わないと?」
持論を語ったレイへラヴィネラは向き合うべき論点を質し、冷ややかに目尻を吊り上げる。今はっきりと理解した。この男との隔たりが何なのかを。
「驕りが過ぎますね。全くもって、生命に対する敬意が感じられません」
畏れが無いのだ。遥か太古の時代より脈々と受け継がれてきた、荘厳な自然や生命の営み――それらを育んできたこの世界を、その神秘を、何一つとして尊んでいないのだ。
この世の全てを己が力で切り開かんとでもするこの男の考え方は、あまりにも浅薄で、不遜で、傲慢だった。
「まあ、遺伝子操作なんかも生理的に受けつけないって層は多いし、お前さんがそう思うのもわからなくはないけど」
「なら、あなたも考えを改めるべきでしょう」
イデンシソーサなるものが何なのかはわからないが、少なくとも自分の考えが――常識から逸脱したものとまではいかなくとも――多くから迎合されないものだという自覚はある様子。ならばまだ救いはある。
但し、ここで彼がラヴィネラの忠告に素直に従えば、の話だが。
「考えなんて人それぞれでよくね? 他人に迷惑さえかけてなきゃ」
しかしながら案の定、レイはラヴィネラの温情を足蹴にした。
「許容出来ませんね。自然にも倫理にも、何より主の教えにも反します」
こんな男でも、曲がりなりにも等級持ちの冒険者だ。慕う者、憧れる者、目標とする者だってそれなりにいることだろう。冒険者の未来を担う少年少女達が、そんな考えに感化されてはかなわない。到底受け入れられるものではない。
「倫理観なんてのは、地域や時代と共に変わっていくもんなんだぜ?」
「真面目に聞く耳を持たない輩には、何を言っても無駄ですか」
鬱憤を募らせるラヴィネラを余所に、したり顔でずれたことを宣い、レイは話の腰を折ってくる。
これだけ説きつけようとまともに取り合おうともしない輩に、反省を促し考え方を矯正させることは至って難しい。
そう溜息を吐き、これ以上の問答は無意味と判断して切り上げにかかるラヴィネラへ。
「お前さん、随分と生命を神聖視してるみたいだけど、別にそんな特別なもんでもないと思うぞ」
一歩、題目の中核へと大きく踏み込んできたレイの、漂わせる雰囲気が、それまでとは明らかに、変わった。
「……何を?」
何が、かはわからない。明確な違いは挙げられない。調子だって軽いままだ。しかしその軽薄さの中に彼の本質の一端が垣間見えるような、そんな直感がラヴィネラに強く働きかけていた。
「生命と物質との違いって、何だと思う?」
「何の話ですか」
「自己複製能力とか環境適応能力なんてのが挙げられるけど、突き詰めると生命も物質から成り立ってることに変わりゃしない。生命ってのは物質に内包された存在だ」
「…………」
言っている内容は先程と大して変わらず、生命に対する敬意が何も感じられないたわ言の類。そう断ずるに些かの迷いもない。
それなのにどうしてか、ラヴィネラはレイの語りを遮りその口を閉ざすことが出来ずにいた。
「要は極端な話、生命なんてすげー複雑に構成されただけの物質に過ぎないってこと」
「度が過ぎます。そんな考え方、とても共感など出来ませんね」
レイから感じられる奇妙な気配を意識的に無視して、ラヴィネラはその考え方を撥ねつける。
言い篭められたわけでもないのに大人しくこの男の主張を聞いていては、益々調子にのせてしまうだけだ。
「まあ、共感してもらえるとは思ってねーし。俺がそういう考えを持ってるってだけ」
「改める気はないと」
「必要ねーもん」
最後にもう一度確認すると共に、ラヴィネラはレイへ強い非難を込めて睨みつける。
そんな圧などどこ吹く風で、レイは軽く鼻先であしらうように、ラヴィネラの信条を踏み躙った。
これまでだ。
「あなたのように、死から目を逸らして逃げることしか出来ない人間が、生命を軽んじ、挙句、長寿の霊薬などという人としての在り方を歪める手段にまで、手を染めるのでしょうね」
ここまで言葉を交わして痛いほど理解した。この男とは絶対にわかり合えないということが。
レイ・クルツという人間の考え方は、思想は、理念は、信条は、世界の捉え方は、ラヴィネラとは根本から違っていて相容れることは決してありえない。
天より祝福を受けこの世に授けられた生命を、重んじるべきそれを、こうまで軽視する断固として受け入れられないこの男の在り方に、ラヴィネラは改めて吐き気を催す嫌悪感を覚えていた。
「おぞましい」
「そりゃまた酷い言われようだな」
抱えさせられた不快感をそのまま吐き出したラヴィネラの痛烈な侮蔑にも、レイは肩を竦めて苦笑するばかりでまるで堪えた様子もない。
「別にお前さんの考え方を否定するわけじゃないけど、俺としちゃ不死程度のもんを本気で毛嫌いしてるような連中は、視野が狭い奴だとしか思えないね」
「不死、程度?」
続いてレイの口から飛び出したその一言に、ラヴィネラは己の耳を疑った。
不死とは、長寿を求める者共が憧れ思い描く至上の望みだ。死から逃れるため、不確かな情報でも藁にも縋る思いで必死に手を伸ばす、究極の至宝。それは疑うべくもなかった。
それが、この男はどうだ。
まるで取るに足らないものでも扱うかのようなその口ぶりに、ラヴィネラはここに至って最大の困惑に突き落とされていた。
「こんな話知ってっか? 寿命なんてのは、生物が進化する上で後天的に獲得した機能の一つでしかないんだと」
「…………」
「そうすると、お前さんの信条は土台から崩れることになる。何せ生命にとって、元々は不死であることが自然だったってことだからな」
「詭弁を」
「反論になってねーな」
どうにか困惑を抜け出して絞り出した否定の言葉を、レイが顎をしゃくって一蹴する。
「否定するならそれに足る論拠を出そうぜ。お前さんはさっきからただ感情的に俺の考えを嫌ってるばっかで、これじゃ議論にもなりゃしねー」
寄りかかっていた壁から背を離し、レイはラヴィネラと立ち位置を入れ替えるように回り込みながら言い立ててくる。
レイの話にも粗はあり反論の余地は十二分にあるのだが、それには現代レベルの知識がある程度必要になってくる。しかしラヴィネラにはそんな知識など獲得のしようがなく、また持っていたとしても、今はそれを引き出すだけの余裕を失っていた。
「お前さんがどんな主義主張を持っていようが構わねーけど、それを誰かに認めさせてーんなら、相手を納得させるだけの理屈くらい用意しとけ。それすら無しに人の考え方を自分好みに染め上げようなんて、虫がいいにも程があんだろ」
非を打ち咎めるレイの口調がラヴィネラに詰め寄っていくにつれ、その軽さは薄れ、低く、重くなっていく。
徐々に圧を強めるレイの姿が次第に何か、途轍もない怪物のように巨大なものに思えてきて、気圧されたじろぐラヴィネラが壁に背をつけると同時に。
――ドン!
追い込み壁に手をついたレイが、至近距離から圧し潰すようにラヴィネラの瞳を睨みつけた。
「てめえの価値観を、他人に押し付けんじゃねえよ」
「――――」
放たれた一言と尋常でない凄みに圧倒され、ラヴィネラは息を詰める。
気を呑まれ身を固くするラヴィネラを後目に、言いたいことを言い終えたレイは「んじゃな」とひらひらと手を振って去っていく。
錯覚にも思えるような一瞬の出来事ではあったが、そう捨て置くにはあまりにも強烈に、その体験はラヴィネラの意識に焼き付けられていた。
何なのだ、あの男は。
「レイ・クルツ……」
解放され、その後姿を見つめて呟く。
その声は、この身体と同じように、微かに震えていた。




