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Lv.グラハム数で手探る異世界原理  作者: 赤羽ひでお
3 生命、倫理、テセウスの船
87/95

86 匿名

「追加お持ちしました~」

「お、来た来た」

「お姉ちゃん、こっち注文よろしく」

「はい只今」


 合同探索参加チームの冒険者達で大いに賑わう小洒落た酒場。

 表通りから少し外れた穴場的な立地だが、地元の漁師から仕入れた新鮮な魚介類による手頃な値段の庶民向けのメニューが揃い、冒険者達の打ち上げ会場としても重宝されている店だ。


「悪かったわね、急で。でも対応してくれてありがと」

「他でもないニーナの頼みだしね。それにうちとしても、お客さん沢山連れてきてくれて助かるわ」


 この酒場の女主人はニーナの昔馴染みで、開店当初にニーナが紹介したラルスカヌスをはじめとした冒険者達による客足は、経営が軌道に乗るまでの厳しい時期の一助となった。

 そんな彼女の頼みということもあって、急な貸し切りという中々に無茶な注文にも、女主人はこうして快く融通を利かせてくれた。


「もっと早く思いついてたらよかったんだけど、ま、それは言っても仕方ないか」

「思いつきで行動するのは、探索中は控えてくれなければ困るがな」


 カウンター席で女主人と談笑するニーナ。そこへ口を挟んできたのは、隣に座るヨハネスだ。結構なペースで酒を呷っているはずだが、顔色一つ変化のない酒豪っぷりは相変わらずである。

 ニーナは彼の余計な正論に、歳不相応に口を尖らせて。


「私だって、流石に合同チームの輪を乱すような真似はしないわよ」

「なら、控えてくれるんだな」

「思いついた内容によるわね」


 相手の要求に理があることをしっかり理解した上で、それでも引こうとはしないニーナに、ヨハネスが「はぁ」と聞こえよがしに大きく嘆息。

 目と耳に馴染んだ二人の応酬に女主人は何やら楽しげにくすくすと笑うと、ふと食器を磨く手を止めた。


「明日からなのね」

「ああ、いよいよだ」

「そうね、楽しみだわ」


 王国でも最上位クラスのチームを集め、しっかりと準備期間をとって備えた此度の合同探索。それを明日に控え、二人は少なからず高揚している。

 いや、二人だけではない。今店にいる客――探索に参加する冒険者、皆がそうだ。

 難解な未攻略の古代遺跡へ挑むことへ気持ちが昂るのは、それを生業とする冒険者の性なのだろう。

 しかしそんな彼らとは違う一介の酒場の女主人としては、どうしても期待よりも不安が先行するのだろう、表情には先案じの色を滲ませていた。


「ちゃんと、無事に帰ってくるのよ」


 今までも、彼らに勝るとも劣らぬ腕前の冒険者達が何人も探索に挑むも、その多くが帰ってこなかった。

 レパード海底神殿とは、A難度の古代遺跡とは、それほどに危うい死地なのだ。


「ええ、無茶はしないわ」

「どれほどの成果を挙げようと、生きてそれを持ち帰らなければ、意味が無いからな」


 しかしながら当然、それは当事者である彼らの方が女主人よりもひと際深く理解している。楽観も、まして侮ることなど論外だ。

 その上で、この探索に心気を滾らせ武者震いするような意欲を持つ者共が、彼ら冒険者なのだ。

 だから、彼女はただ皆の無事を祈って帰りを待つ。

 それに、大いに頼れる人物だっている。


「うむ、皆どんどん飲みたまえ。明日に差し支えない程度に」


 店の中央でジョッキを掲げて声を張る、合同探索の主催である二等級シーカーチーム奇石のリーダー、『サー・プロスペクター』クロール・サヴィンだ。

 経験と采配、及び戦闘能力に秀でているのは当然として、それ以上に彼を王国随一の冒険者たらしめているのが、探索における天性の勘だ。

 彼は退き時を間違えない。

 自らの力量に挑む対象を加味した、危険な領域までの見極めが非常に優れており、彼は探索の中でそれを共にする仲間の死者を未だ一人も出していない。

 かといって、それで彼が慎重に過ぎるというわけでもないことは、燦然と輝く数々の実績が証明している。

 また、それに加えて。


「あれシンっち、もしかして酒苦手?」

「得意ではないですね。まあ、飲めないわけでもないんですけど」


 奇石の隻眼の男シジュークと会話を交わしているこの男――商都の竜騒動において、紫竜を退ける活躍をしたとされる『特異』シン・グラリットもいる。

 店に入ってくる彼の噂は随分と誇張されたものばかりで頭から信じられるものではないが、この合同探索においてはその未知数の力に期待せざるを得ない。

 彼の実力が噂の三割ほどでもあってくれれば、十二分に探索の助けとなってくれるはずだ。


「へーそうなんか、何かちっと安心したぜ」

「安心?」

「あんなやべー魔法の使い方するような奴でも、やっぱ苦手なもんはあるんだってな」

「いやいや、どんな認識されてんだ、俺」


 シンはニーナがこの宴会を提案した際の言葉に倣って、ここを皆と親睦を深める場として活用しているようだ。

 アルゴロイドの面々も今は別個に、フレシュは飛翼、デオはトリックスターズ、そしてフェアはアノニムのメンバーと、それぞれ飲み食いしながら語らっている。


「そうだ失礼だぞ、シジューク。すまんこいつ慎みってもんを知らないんだ、後できっちりシメとくんで」

「あ、いえ。別に気分を害されたとかではないんで、お構いなく」

「そーそー、グラっちはいつも堅てーんだよ。シンっちはこう言ってんだから、ぎゃーぎゃー文句ばっか言うなっての。……てかシンっちって何か言いづらいな」

「お前……あんま調子乗ってんなよ」


 眼鏡の男グラッチがシンに気を遣うが、シンは軽く手を振ってそれを制する。

 その言葉を都合よく解釈して乗っかるシジュークの言い草に、グラッチが青筋の浮き上がった顔をピクピクと痙攣させている。が、当人はその様子に気づいたそぶりもない。


「特異っちってのもピンと来ねーしな……ん~、あーもうグラリットの方を取ってグラっちでいいか」

「え」

「オイ」

「ん? どうした元グラっち。いやグラっち二号」

「舐めてんのか! 誰が二号だコラァ!」

「冗談、冗談だって。流石に二号はアレ過ぎだもんな。心配すんな、ちゃんと呼んでやっからよ」


 おちょくられ怒声を飛ばしてくるグラッチに、シジュークはからからと笑いながら二号呼びを撤回。そして含みのある決め顔を作って。


「グラっちMk-2ってな」

「やっぱ馬鹿にしてんだろお前!」


 やはり反省など全くしていなかったシジュークに、顔を赤くしたグラッチが勢いよく食ってかかる。

 少々仲の良すぎる二人のやり取りに、傍らのシンは苦笑いを漏らすことしか出来ない様子である。


「おー、あっちは何か盛り上がってんな」


 奇石のテーブルでの騒がしい掛け合いに、別のテーブルで飲んでいたアノニムのミロスが遠巻きに反応する。

 社交的で酒の席となれば率先して他人に絡んでいく気質のミロスだが、今は誰とも絡まず独りこうしてジョッキを傾けている。その理由は。


「それでそれで、わたしとシンはそのユカリって女の人を探してるの」

「へえ~、そうなんだね」


 アルゴロイドの『商都の守護妖精』フェアと楽しそうに会話を交わすミロスの相棒、グレゴリー。この二人の様子を、一歩離れた場所から眺めていたかったからだ。


「特異って、そんなふうに呼ばれる人でも、探し出せない人がいるんだ……」

「もうひと通り、やれることはやってみたらしいんだけどね~」


 シンが約束していた通り取り計らって、二人で話をする機会を作ってくれた。

 身内以外の誰かと直接言葉を交わすことが極端に苦手なグレゴリー。最初の方こそ固かったものの、無邪気で屈託のないフェアのうららかな雰囲気にあてられるうち、すっかり緊張もほぐされたようだ。


「それじゃあ、フェア達が合同探索に参加するって決めたのも、そのユカリって人が関係してるの?」

「そうだよ」


 フェアの返答にグレゴリーが成程と合点する。それなら目標は一つだろう。海底神殿に眠る数々の秘宝、その中にあるといわれる『導きの羅針盤』だ。

 使用者の目的達成や実現に必要なものの在処、その方角を示してくれるとされる極めて得難い古代の魔導具の一つである。

 そしてまた、それは。


「……僕達と、同じだ」

「え?」


 ぽつりと漏らしたグレゴリーの呟きに、フェアがきょとんとして聞き返す。言葉の意味がわからなかったか、あまりに小さな声で聞き取れなかったか。

 首を傾げる仕草で無意識に強調してくる、フェアの天賦の愛らしさ。普段ならその顔を直視出来ずにいたであろうが、それよりも今グレゴリーが触れようとする話題の感傷の方が勝った。


「僕達もね、探してる人がいるんだ」

「そうなの?」

「……うん」


 探し人を探し出す。その目的のため、グレゴリーとミロス――アノニムの二人は導きの羅針盤を求めて合同探索への参加を決めた。

 アルゴロイドも同じ目的での参加と知り、グレゴリーはフェアのみならず残る三人にも仄かにシンパシーのようなものを感じ始めていた。


「大事な人? どんな人?」

「……えっとね」


 フェアの問いかけにグレゴリーは視線を下に落とすと、組んだ手の親指を不規則に動かしつつ、静かに語り始める。


「僕を、冒険者の世界に連れて来てくれた人」


 多額の借金を抱えた両親は早々に勝手に逝き、古都のスラムに独り放り出された幼い日のグレゴリー。そこで出会ったミロスとその日暮らしの生活を続ける中、二人の素質を見出して手を差し伸べてくれた恩人だ。


「読み書きと算術、魔法の使い方とか装備の使い方、モンスターとの戦い方から冒険の心得まで、すごく色んなことを教えてくれたんだ」

「ふんふん」


 グレゴリーの顔を見つめるフェアが、表情豊かに話の先を優しく促す。

 そんな些細な仕草にも人懐っこい愛嬌がある彼女の接し方もあってか、出会って間もない妖精相手にグレゴリーはその心の内を吐露していく。


「でも、教えてもらったことが段々実践出来るようになってきて、僕とミロスがようやく冒険者としてやっていけるって、これから三人でたくさん冒険をするんだって、そう、思えるようになった、時に……」


 そこで、ぽつぽつと話していたグレゴリーの、組んでいた両の手にぎゅっと力がこもる。


「何も言わずに、僕とミロスの前から、いなくなった」


 発した声は、いつもおどおどしているグレゴリーのものとは思えないほどに、ただ重い。

 その重い声に乗っている感情は、悔しさなのか、困惑なのか、失望なのか、怒りなのか、或いはそれら全てをひっくるめた失意なのか。それは、グレゴリー自身にすらもわからない。

 己の感情だけじゃない。あの日手を差し伸べてくれた理由も、冒険者の下地を整えてくれた理由も、そして、突然姿を消した理由も、何一つとして。


「だから絶対に、探し出して、理由を聞くんだ」


 二人では不完全だ。

 グレゴリーとミロスの二人では、冒険者のチームとして不完全。三人揃って、はじめてシーカーチームとして名を成すことが出来るのだ。

 だから今、二人は匿名(アノニム)でしか活動することが出来ない。

 いつかその姿を探し出し、三人が揃う、その日まで。


「名前は?」

「え?」


 不意に、ここまで静かに話を聞いていたフェアが、口を開いて問いかけてきた。

 その声にグレゴリーが顔を上げると、彼女は変わらず純粋なオレンジの瞳を向けて。


「その人の名前、何ていうの?」

「……ああ、うん、名前は――」

「上等だテメエ!」


 話の最中、騒々しい店内に一際大きな怒号が響き渡る。


「どこまでも人のことをおちょくりやがって、いい加減キレたぜ俺は」


 見れば、奇石のテーブルで怒りに顔を引きつらせたグラッチが、右腕をバチバチと帯電させてシジュークへ詰め寄ろうとしていた。


「やべえ、サンダーグラっちだ」


 シジュークの顔が青ざめている。

 どうやら洒落では済まされない状況になってしまったようだが、それは調子に乗りすぎた彼の自業自得である。


「隊長!」

「うむ、店に迷惑をかけないよう、表に出るのだ」


 絶体絶命の窮地に陥ったシジュークはクロールへ助けを求めるが、期待外れの返答に焦りを増すばかり。


「セキっち!」

「出口なら、あちらです」


 次にセキンを頼るも、丁寧に店の出入り口を指し示されるだけ。


「ラ、ラヴィっち!」

「骨くらいなら、拾って差し上げましょう」


 そして最後に縋ったラヴィネラには、澄まし顔のまま慈悲のない回答で突き放される始末。これが教会のシスターの取る態度か。


「は、薄情者共~~!」


 結局シジュークに味方する者は誰一人としておらず、絶望の叫び声をあげながら怒り心頭のグラッチに店の外まで引きずられていった。

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