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Lv.グラハム数で手探る異世界原理  作者: 赤羽ひでお
3 生命、倫理、テセウスの船
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83 仕事前初顔合わせ

 ファーストマーケットの冒険者組合も、エプスノーム同様多くの冒険者で賑わっていた。

 一階の受付ロビーは広々としていた商都のそれと比べるとかなりコンパクトで手狭だが、その分隣接する食堂にスペースを与える造りとなっている。今もどこかのチームが依頼達成の打ち上げやらで、居合わせた連中を巻き込み盛り上がっている様子。

 二階は対照的に集中して話し合い等をするための空間となっていて、その用途に合わせていくつかの部屋も用意されている。部屋を利用するには予約が要るが、冒険者登録をしていれば誰でも無料で利用可能だ。


「レパード海底神殿の合同探索に参加予定の、アルゴロイドです」


 冒険者組合ファーストマーケット支部を訪れたシンは、受付で冒険者証を提示して身分を伝える。合同探索が重要な案件であるためか、受付嬢はやや表情を硬くして冒険者証を注意深く見定めた。


「はい、確かに。エプスノーム支部所属の優良シーカーチームアルゴロイドの皆様、ご到着の旨、参加チームの皆様にお伝えしておきます」


 確認が取れると受付嬢の表情は柔らかくなり、営業スマイルという名の微笑みと共に冒険者証をシンへと手渡して返した。

 レイの注文通り、二週間でアルゴロイドは階級を優良にまで届かせた。中々ハードな日程だったが、これで合同探索へ参加するに当たって最低限の面目は立つだろう。

 ちなみに優良昇級での特典である冒険者証の変更だが、所詮は武骨な職種の装飾具。可愛いのが無いと期待外れに肩を落としたフレシュは消去法でヘアクリップ型を選び、残る三人は変更無しでドッグタグのままとなっている。


「丁度今、当支部の参加チームが二階でミーティングを開いていますよ」

「え、本当ですか?」

「おおー、タイミングバッチリじゃん」


 一言挨拶して受付を離れようとしたところ、受付嬢からタイムリーな情報を貰って思わずシンは聞き返す。


「宜しければ、ご紹介いたしますが?」

「そいつは有難い、お願いします」


 シンが受付嬢の申し出に遠慮なく甘えると、彼女は裏に回って手すきの職員に席を外す間の代理を頼み「ではこちらへ」と四人を案内していく。


「ムーンアップじゃあ奇石と行き合わせたそうだし、随分と巡りがいいじゃないか」

「本当、シンにしてはね」

「そりゃどういう意味だ」


 雑談を交えつつ受付嬢の案内で二階へと向かう一行。

 都合のいい巡り合わせにデオが素直に気を良くする一方、シンが絡めば幸運すら一言擦ってくる素直じゃないフレシュ。素直ではないが、ジト目で睨むシンを雑にあしらう彼女は鼻歌交じりで機嫌は良さそうである。

 二階に上がっても下の騒ぎが聞こえてくる。集中して話し合いをするには今一つ向かない環境だ。専用の部屋が設えられた理由がよくわかる。

 それらの部屋のうちの一つの前で足を止めた受付嬢は、ドアをノックすると中へと入っていった。


「失礼します」


 案内された部屋は中央にテーブルを置いた殺風景な会議室で、合同探索の参加チームであろう面々がテーブルを囲んでいる。椅子はあるが腰を沈めている者はなく、立ったまま話し合いをしていたようだ。


「エプスノーム支部よりアルゴロイドの皆様が到着されたので、紹介いたします」

「お、来たね」

「……あれが噂の」

「商都の竜騒動で出てきた『特異』」

「本当に評判通りの実力があるのかね?」

「ま、それは後々わかってくるでしょう」


 受付嬢の紹介を受け、一旦話し合いを中断してこちらへ視線を向けてくるファーストマーケット支部の冒険者達。

 一行が集める視線は好意的なものもあれば懐疑的なものもあり、その中で共通しているのは好奇の色が濃いことだ。まだ情報量の少ない新進気鋭のチームに興味を抱く者が多いのは、冒険者という職業柄か。

 そんな中、一歩進み出てきた青髪の男性が一礼して。


「初めまして、合同探索の現場進行を統括している『ラルスカヌス』のヨハネス・バレンタインだ。アルゴロイドのメンバーを歓迎しよう。よろしく」

「アルゴロイドのシン・グラリットです。よろしく」


 差し出された手を握り返して挨拶を交わす。どうやらこの男がこの場におけるまとめ役らしい。

 ラルスカヌス――古都の三等級シーカーチームで、総勢十名の大所帯だ。とはいえこの場にメンバー全員がいるわけではなく、話し合いは主要な面子のみで行われていたようだが。


「『飛翼』のニーナ・ウィンブレスよ」


 続いて声をかけてきたのは、人好きのする快活そうな顔立ちの金髪の女性。飛翼――こちらも三等級のチームで、メンバー五人全員が女性という異色のチームだ。

 シンは彼女へ笑いかけながら「どうも、よろしく」と簡易的に挨拶を済ませると、残る一チームと思しき冒険者の方へと目を向けた。


「…………」


 冒険者というには華奢な体つきをした少年だ。ぼさぼさの黒髪が目元を覆い隠し、俯き加減で顔色もあまりよく窺えない。

 彼はその黒髪の隙間から覗かせる瞳がシンと合うと、小さく肩を弾ませてすぐに視線を逸らしてしまった。


「うぉい、縮こまってねーで挨拶くれーシャキッと行ってこい」

「わっ」


 気が小さいのか、首を竦めて及び腰になる少年。その背中をパァンと叩いて喝を入れたのは隣の男だ。赤い髪に黄色の瞳で体格的にはシンとそう大差ない中肉中背だが、隣の少年が矮躯な分相対的に大柄な印象を抱かせる。


「ちょ……ミロス!」

「悪いね。こいつ、かなりの人見知りなもんで」


 ミロスと呼ばれた男は抗議の声を上げて睨んでくる少年の頭をわしゃわしゃと撫でると、シン達へ気さくに笑いかけてきた。

 少年が引っ込み思案な分、意識的に初対面の相手にも親しみやすく振る舞っているようで、軽そうな態度の裏に思慮の深さと面倒見の良さが窺える。


「大丈夫だよー」

「ん……えっ?」


 ミロスに発破をかけられてもまだ少し躊躇いがちな様子の少年に、何の躊躇いもなく距離を詰めていったフェアが無邪気な笑顔でその顔を覗きこんだ。


「シンもデオもフレシュも、意地悪なことなんてしないから、ね」

「あ……『商都の守護妖精』?」

「えへへ、結構慣れてきたけど、初めて会う人にそう呼ばれると、やっぱりまだちょっとこそばゆいね」


 微かに頬を朱に染めてはにかむフェア。彼女のおかげで少年は多少なり緊張をほぐしてもらえたようで、初めて自分からシン達の方へ目を向けると、胸に手を当て息を整えてからおずおずと歩み寄った。


「ぼ……僕は『アノニム』のグレゴリー・ラオルトフ、です」


 勇気を奮ってそう名乗り「よろしくお願いします」と頭を垂れる少年――グレゴリー。その頭にポンと手を置いたミロスが一行に向き直り。


「同じくアノニムのミロス・ディミニクだ。ありがとな、妖精ちゃん。こんな感じの相棒だけど、一緒に冒険してると結構頼りになるんだぜ」


 アノニムもラルスカヌスや飛翼と同様三等級のシーカーチームだが、王国の等級持ちでも前例のない二人組であることから、特にそのポテンシャルを買われているチームだ。


「フェアだよ。シンがつけてくれた、わたしの名前」

「そかそか、ちゃんと名前があるんだからそっちで呼んでやんないとな、フェア」

「んふふー、よろしい」


 指摘を受けて早速呼び方を改めてくれるミロスに、フェアが満足そうに笑う。

 社交性に富んだ相手とはいえ、出会ってものの数分もしないうちにこの打ち解けようである。


「本当、フェアは誰が相手でも物怖じしないで対話しに行くねえ」

「ああ。もう初対面の相手は全部、最初にフェアを当てときゃ間違いないんじゃねーかって思うようになってきた」

「最初の挨拶をフェアに丸投げするリーダーって、どうなの?」


 勿論そうは思っても、冒険者の仕事の上で実際に対面の挨拶をフェアに肩代わりさせるような真似などするわけないが。

 リーダー同士の挨拶を見届けた受付嬢が丁寧にお辞儀して退出し、シン達は残る面々との挨拶を交わしていく。

 レパード海底神殿合同探索に参加する古都の三チーム。この場にいるのはラルスカヌスが三名、飛翼とアノニムが二名の計七名。残りの面子との顔合わせは明日か、明後日の合同探索当日になるかもしれない。


「このミーティングではどんな話を?」

「段取り及び作戦の確認と検討、吟味だ」


 挨拶を済ませ、ミーティングの流れを把握するため発したシンの質問。答えたのは場を仕切るヨハネスだ。

 本番を間近に控え、流石にもう諸々の準備は整え詰めの段階となっているのだろう。余所からの参加チームは、基本的には手配されたプランに乗っかるだけだ。


「丁度いい、アルゴロイドには一つ確認しておきたいことがあった」

「何でしょう?」


 ヨハネスはテーブルに散らばる資料を掻き分け、その一つに目を留めると。


「ブラスターのフレシュ・ベレスフォードだが、待機ではなく神殿探索へ同行でいいんだな?」


 合同探索に参加するに当たって色々とレイに聞かれたので答えておいたが、その中に神殿への探索に参加するメンバーと神殿の外で待機するメンバーというものがあった。

 総勢三十名にも及ぶ今回の合同探索。向かうはA難度の古代遺跡だ。その全員が神殿内部を探索するよりも、確実に起こるであろう不測の事態に備え待機する人員も必要だろう。

 そして、その振り分けの基準は今回に限り明確につけられる。


「……ええ、同行させます」


 戦闘スタイルが魔法主体か、否かだ。


「海底神殿の特性を踏まえた上で、だな?」

「ええ」


 重ねて問うヨハネスはシンから返答を得ると、すっと視線をフレシュへと向けた。彼に無言のまま瞳で問いかけられ、フレシュもまたこくりと無言で首肯する。

 海底神殿の特性上、探索における魔導士の貢献は見込めない。

 その上でアルゴロイドから魔法主体のフレシュを神殿探索に同行させると伝え聞けば、一度直接確認しておきたくもなるだろう。


「……まあ、そちらで決めたことだ。俺はそれで構いはしないが」


 シンの返答を受け、ヨハネスはそれ以上の深入りを避ける。こちらの意志は尊重するが、その選択をした責任は自ら負うべきだと。


「魔法が使えなくても、それなりにやれる自信があるってことね」

「え……と……」


 いいや、同行する理由は魔法抜きの実力に自信があるからではなく、神殿探索がデオによる訓練の一環だからだ。

 そう正直にここで言っていいものかと、ニーナの確認にフレシュが答えあぐねる中。


「ああ、心配は無用だ」

「…………」

「ヒュウ♪」


 デオが代わってきっぱりと言い切った。

 グレゴリーが息を呑み、ミロスが口笛を吹いて煽り囃す。

 ラルスカヌスや飛翼の面々、更にはアルゴロイドのシンとフェアにもその断言は意外だったようで、一拍、この場が静止した。


「じゃ、期待しておくわ。奇石も魔導士含め全員が神殿探索に同行する予定なんだけど、正直ヒーラーのプロディジー・ラヴィーは待機メンバーにいて欲しかったわ」


 探索中に負傷したメンバーは、その場で応急手当を施し探索から退かせ、待機メンバーから治癒魔法を受ける手筈となっている。

 二等級チームのヒーラーが待機してくれればその主力となり得ようが、当のラヴィネラ・エクリーは神殿探索に同行の予定だ。


「彼女は魔法に依らず負傷の処置を施せる数少ない人材だ。探索へは同行してもらわねば」

「それはわかってるわ。結局、待機メンバーは私達で賄うってことに変わりはないのね」


 ニーナが漏らしたぼやきにヨハネスから釘を刺され、ブロンドの髪をかき上げて小さく嘆息する。

 ここで彼女の言う私達とは飛翼とラルスカヌスの二チームを指し、それ以外の参加チームは全員が神殿探索へ乗り込む予定となっている。海底神殿の前情報が乏しく待機メンバーの人手がどの程度必要かはっきりしないので、彼女には少々思うところがあるようだ。


「何か、新参が探索に出しゃばってすいません……」

「んーん、不満があるわけじゃないの。ただ、場所が場所なだけにね」

「未踏の遺跡に挑むのだ、危険など皆承知だろう。飛翼のリーダーがその調子では、参加者へ無駄に不安を煽るだけだぞ」

「もう、あなたって昔から私には厳しいんだから」


 空気を読んで憚るシンにニーナが気を遣うが、その後に続けた言葉をヨハネスに咎められる。

 彼に文句を言うニーナからはどことなく幼さが感じられ、両者の関係性が少しだけ垣間見えた気がした。


「アルゴロイドの諸君は旅の疲れもあるだろう、顔合わせはこのくらいにして今日はゆっくり休むといい。探索については明日、改めて各チームのリーダーが集い最終ミーティングが行われる」

「ええ、そう聞いています」


 挨拶からの流れがひと段落し明日の予定を確認し合うと、ヨハネスはテーブルから一束の書類を手に取り差し出した。


「合同探索について纏めた資料だ。読んでおくといい」

「助かります」


 渡された資料を手にぺこりと頭を下げ、シンは「では、また」と挨拶してアルゴロイドのメンバーと共に退室した。



  ◇◆◇



「ん~、来た来た、来たよ。『特異』が来たー」


 冒険者組合支部を遠目に望む、とある建物の一室。

 普通なら見えるはずのない距離からその人物を捉え、目で追いかけるのはピンクの髪にエメラルドグリーンのカチューシャをした小柄な少女。


「トリックスターズ、奇石、それからアルゴロイドが到着して、海底神殿に向けた役者が勢揃いだね」


 この距離とはいえ、あまり長く追い続けると感づかれる危険がある。少女は早々に特異を目で追うのをやめ、身体を後ろに倒して足をばたつかせる。

 やっておくべきことを一通りやり終え、一緒だった仲間は西の大陸のアルメルウィーカにあるホームへ帰ってしまい、少女は寂しくて仕方ない。

 ただ、それも一時のこと。


「準備は万端。いつでも行けるよ、サイリ」


 間もなく合流予定の仲間の名前を声に出して、ナインクラック、エクスクルーダーのアリス・ウォレスは寂しさを紛らわせた。

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