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Lv.グラハム数で手探る異世界原理  作者: 赤羽ひでお
3 生命、倫理、テセウスの船
74/95

73 戦闘能力の指標

「やああっ!」


 凛と響く掛け声と共に手にした得物を袈裟懸けに振り下ろし、刃の軌道が標的の胴を打つ。


「ギャンッ!!」


 身体を打たれ衝撃と痛みに悲鳴を上げたのは、コボルトと呼ばれる狼型のモンスター。中から大型犬ほどの体格でさほど威圧感もなく、駆け出しの冒険者でも装備を整えれば脅威にはならない相手だ。しかし。


「あっ!」


 手応えを得て気を緩めた隙に、コボルトが素早く身を翻し飛びかかってきた。

 大口を開け噛みついてくる牙から、剣を盾にして辛くも逃れる。反撃をいなされた相手はこの攻防で自らの不利を悟ったようで、こちらがバランスを整えて攻撃に転じようとする間に全速力で逃げ出していく。


「〈衝撃波〉」


 すぐさま逃げる背を得意の魔法で撃とうとするが、咄嗟のことで甘くなった制御では出力が半端になる。放たれた衝撃波はコボルトを捉えるものの、貧弱な威力でその足を止めることが出来ず、そのまま逃走を許す結果となった。


「う~ん……」


 魔法を放った掌を見つめて眉を寄せる冒険者。セミロングの薄萌葱の髪に、薄紺のローブを纏った少女――フレシュ・ベレスフォード。


「どうだい? 思うより難しいもんだろう」


 そうフレシュに穏やかな声をかけたのは、近くの岩に腰を下ろしたくすんだ赤髪の男――デオ・ボレンテ。

 フレシュとしては彼本来のセト・クレタリアという名で呼びたいのだが、そうしていると不都合が増えるとシンから指摘された。納得いかずに口論となった結果言い負かされ、仕方なく呼び方を矯正している最中である。不本意ながら。悔しい。デオ当人は好きに呼べばいいと言ってくれてはいるが。


「つい、いつもの感覚で魔法撃っちゃうわね。慣れるまで少しかかりそう」


 現在、フレシュはデオからデバフと呼ばれる種々の能力低下魔法をかけられ、本来の力を制限された状況下にある。

 討伐難度Cの地竜すら一撃で屠る威力を誇るフレシュの魔法も、この抑制された魔導力では討伐難度最低位Gのコボルトも満足に仕留め切れない。


「近接戦の方は?」

「さっぱり。元々得意だったわけじゃないもの」


 ゆるゆると首を振って答え、手にした得物を見つめる。

 短めの刃渡りで軽量で取り回しがよく、非力な女性でも比較的扱いやすい部類の片手剣――ショートソード。デオから渡されたものだが、全体的に刃が傷んでいて切れ味など無いに等しい酷いなまくらだ。あえてそうした状態に保ったものだということが、フレシュでもわかるほどに。


「お姉ちゃんからは、魔法の扱い方しか教わってないしなあ……」


 言い訳とは違うが、昔のことを思い出してぼそっと呟く。

 悲劇の日までフレシュの生活は平穏そのものであり、姉による魔法の指導も戦闘より利便性向上を目的としたものが多かった。身に着けた魔法の実践に姉同伴でモンスターに相対したことは何度もあるものの、剣を握ったのはこの時代の侯爵家に拾われてからだ。


「剣って、私の適性に合ってるのかしら……?」


 今この場でフレシュが剣を握っているのは、他の得物を振るったことがないからという消極的な理由に過ぎない。

 冒険者にとって装備武具とは、自らの命を預ける大切な相棒だ。選択し装備したその武器を日々振るうことで練度を増し、扱いに磨きをかけていく。とはいえ、ベテランの冒険者も最初に手に取った武器は成り行きやフィーリングというのが大半で、己の素質に合った武器種を選び取れたとは限らない。


「まだ初日だ。今日のところは君の剣の素質がどんなものか、じっくり把握しておこう」


 その点、フレシュは恵まれている。デオが見極めてくれるからだ。

 相手の能力を見破る能力看破の魔法は、練度や魔導力に応じて看破する能力の幅と精度が増すもので、彼の力量になると対象の素質を見抜くまでに達する。

 ただ、振るった機会の少ない武器の適性までは見出せないとのことで、これから日数をかけてそれらを把握していく運びである。


「うん。私、なるべく早くチームの皆に迷惑をかけないレベルに――」


 そうしたやり取りを交わしている中、不意にフレシュのすぐ傍の茂みからガサッという音と共に何かが飛び出してきた。


「きゃっ!」


 大きなハリネズミのようなモンスターだ。こちらも討伐難度はGだが完全に気を抜いていたところを襲われ、フレシュは慌てて戦闘態勢を取り直す。


「なら、周囲の気配察知も少しは出来るようにならないとな」

「もうっ! 意地悪ね!」


 その様子にデオが笑って駄目を出してくる。事前にモンスターの気配に気づいていたのだろう彼に、冷や汗をかきながらフレシュは抗議に口を尖らせた。



  ◇◆◇



 交易都市エプスノーム西、森林地帯ウェルウッズ。

 低位のモンスターが多く生息する、駆け出し冒険者御用達のエリアだ。土と植物独特の匂いが立ち込めていて、奥へ向かうほどに樹木が密生し薄暗くなっていく。ただ、入口から多少歩いた程度では木々の密度もさほど高くなく、そこかしこで空を覆う枝葉の隙間から木漏れ日が差し込んでいて、モンスターさえいなければ森林浴に最適なロケーションかもしれない。


(近接戦の素質も、悪くないんだけどねえ……)


 森の中、油断を突かれてモンスターに先手を許したフレシュの戦いを見つめながら、セト・クレタリアは思考を巡らす。

 身体能力に比して、彼女の動きは良いものとは言い難い。デバフの効果を差し引いても。近接戦に関してフレシュは素人も同然だ。一応、護身用に侯爵家で剣術指南を受けたことはあるが、気乗りがせず数回で打ち切ってしまったとのこと。


(恐らくは……悲劇が、ちらついたんだろうねえ)


 真面目な気質のフレシュが、恩義を受ける侯爵家の指導に理由なく反発するとは思えない。心ならずもそれを拒んだ理由があるとすれば、彼女のトラウマ絡みだろう。

 神話の一節にある『聖王の悲劇』と呼ばれる、フレシュの家族にまつわる痛ましい事件。セトも不必要に詳細までは聞いていないが、その一件が彼女の心に深く影を落としていることは知っている。憶測だが、剣という殺人に繋がる凶器を握ることで、その場面を連想してしまったのかもしれない。

 ただ、それは当時の話。現在の彼女は多少なり精神的に成長出来たようで、剣を握ることに戸惑いは見せていない。続けていればそう遠くないうちに、魔臣達にも引けを取らない実力が身につくだろう。それに加え、魔法の方は破格の素質に恵まれ、既に人並み以上の腕を持っている。しかしながら。


(ナインクラックに対抗するには、まだまだ足りない)


 聖王シモンをはじめとした七暁神の四人を標的と定め、彼らを討つべく下準備を進めている特殊能力者集団――ナインクラック。

 その一人、マニピュレーターのサイリ・キトラスにフレシュは手札の一つとして目をつけられ、既に能力の仕込みを入れられている。

 彼らからフレシュを保護するため、セトが傍につき『特異』の異名を持つシン・グラリットとシーカーチームを組んで、その威を借りているのが現状だ。

 とはいえ、それでは牽制以上の効果は望めない。セトも四六時中傍にいてやれるわけでもないし、まだ能力が未知の者もいる彼らを相手にするには、フレシュ自身の成長が不可欠だ。


「んっ! ぇやあっ!」


 モンスターに拙く剣を振るうフレシュ。今彼女にかかっているデバフは、その成長促進に効果的な役割を果たす魔法でもある。

 楽に一蹴出来るモンスターを相手にしたところで、戦闘能力の向上はさして見込めない。この異世界識世はゲーム要素の強い世界だが、敵を倒せば自動的に経験値が手に入るということはなく、敵を倒す過程を経験に成長していくという構図は、現世と何一つ変わらない。

 レベルや能力値にしてもそうだ。

 そもそも識世におけるレベルや能力値は、絶対的な固定値などではなく常に流動的なものだ。その日の状態や調子にも左右され、現状発揮可能なパフォーマンスがどの程度のものかということを示す、一つの指標に過ぎない。

 具体的な例を挙げると、戦闘中に大きなダメージを受ければ動きが鈍る分能力値も低下しレベルは下がり、紫竜のように変身によって身体能力が向上すれば能力値も上昇しレベルは上がる。要するにレベルとは、単純な現在値を示すだけの目安でしかないのだ。


(今のところは、中位竜と同程度か)


 というのは、セトから見たフレシュの戦闘能力の総評である。

 中位竜――冒険者界隈ではこれを相手に出来るようなチームならば、等級持ちに認定される水準のモンスターだ。フレシュは既に個人でその域にあり、常人とは隔絶した力を有している。

 しかし、それでは足りない。相手方の戦闘能力は竜族の特殊個体とも渡り合え、中位竜などものともしないレベルにある。その上、件の特殊能力――アビリティを持っているのだ。今のフレシュでは相手にもならないだろう。

 素質の見極めや近接戦闘の上達も必要だが、それ以上に急務なのが。


(精神力の向上)


 サイリ・キトラスから仕込まれたアビリティ『精神簒奪』。対象の内に秘めた感情を意のままに操るその力には、精神力を鍛えることでしか対抗し得ない。

 ここで言う精神力とは気力や意志の強さといったメンタル面のことではなく、戦闘における精神属性攻撃に対する抵抗値の基となるパラメータの一つを意味する。鍛え上げるには精神属性攻撃を彼女に仕掛け、刺激を与える必要がある。

 よって現在、セトは幻覚という魔法を絶えずフレシュにかけ続けている。効果量が適度に調節され、彼女が幾らか気を抜けば。


「あっ!」


 あさっての方を振りぬいた剣が空を切り、得られるはずの手応えが無くバランスを崩したフレシュが手落ちに気づいて声を上げる。

 隙を見せたフレシュにモンスターが襲い掛かるも、その気配にすぐにフレシュは気合いを入れ直してセトの魔法を振り払い、迷いなく相手取る。驚きも狼狽も一瞬で収められるあたり、なかなか肝は据わっている。と。


『……シン、どうした?』


 シンから相識交信の魔法による念話がかかってきた。

 シンとフェアはシーカーチームでの初仕事となった依頼を終えた後、フレシュの鍛錬のためウェルウッズに残った二人より先に街へ戻っている。

 手続き等で何か不都合でもあったのだろうかと思ったがそうではなく、どうやら今後のチームとしての活動に関する話のようだ。


『謝る必要はないさ。活動方針はお宅に任せるって言った手前、ここで文句を言うのは筋違いだしねえ』


 シンによると、以前受けていた勧誘を保留したまま冒険者登録してしまったことが相手に発覚し、その埋め合わせに複数チーム合同での探索へ行くことになったとのこと。

 何とも間の抜けた話である。当人も体裁が悪いようで初めに謝罪してきたが、セトも特に咎める気はない。それより問題となるのは。


『海底神殿……?』


 探索対象となる目的地、レパード海底神殿。

 海底という環境、生息する凶悪なモンスター、それに加え厄介な特殊条件に支配され、特に魔導士諸氏にとって致命的な古代遺跡である。はっきり言って、今のフレシュが向かうには無謀な場所だ。


『ひと月半か……』


 日取りは既に決まっていて、一か月半後に参加チームは港湾都市ファーストマーケットに集合する予定だとシンは言う。

 シンもフレシュにとって厳しい探索になることはわかっているようで、無茶なようなら今回はフェアと二人で行ってくると気を回してくれたが。


『いや、フレシュも連れて行こう』


 大きな危険は伴うが、いい機会でもある。

 現状、セトはフレシュから大きな信頼を寄せられている。それだけならまだ良いが、その信頼は既に依存という形に片足を突っ込んでいる。

 侯爵家においても聖王の娘を預かることをあれほど光栄に思い、恐縮していたベレスフォード候だ、彼がフレシュの待遇に尽力していたであろうことは想像に難くない。彼女は今まで甘やかされて育ってきた。

 過保護は成長の大敵だ。

 今後フレシュが窮地に陥る場面に遭遇したとして、いざとなればセトが助けに来てくれるという意識でいられては駄目なのだ。ナインクラックの動きが読めない以上、早いうちに彼女の心から甘えを排除しておかなければならない。

 海底神殿というA難度の遺跡探索は、それに一役買ってくれる。フレシュの命を危険に晒す試みだが、そうでなければ性根に染み付いた意識の改善などそうそう望めるものではない。


(子供扱いは、嫌なんだろう?)


 荒療治は必要だ。

 制限された力で何とかモンスターを倒し一息つくフレシュを見つめ、セトは今、この場で一つ、腹を決めた。

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