72 閑却不義理の埋め合わせ
「冒険お疲れさまでした、依頼達成です。こちらの報酬をお受け取り下さい」
冒険者登録を行った直後に依頼を受注し、その足で事に当たったシーカーチームアルゴロイド。苦も無くあっさりと用件をこなし、その日のうちに受けた依頼は完遂された。
デオはそのまま都市外でやっておきたいことがあるとフレシュを連れて残り、依頼達成の手続きに支部へと戻ってきたのはシンとフェアの二人だ。
「これでシーカーチームアルゴロイドは初心から五回下へ昇級です。おめでとうございます」
報酬と祝いの言葉と共に、受付嬢から預けていた四人分の冒険者証を受け取る。
ドッグタグを見ると、今まで文字の打ち込まれていなかったスペースに一つ、小さな点が打刻されていた。
「これが五個たまると、次の十回下に昇級だね」
「そうだな」
フェアはドッグタグに刻まれた仲間との冒険の証を満足げに見つめると、自身が身に着けるには大きすぎるそれを収納空間へと仕舞い込んだ。
まだ日が暮れるまで時間がある。もう一つくらい依頼を受けておいてもいいかもしれない。いや、独断で勝手に物事を進めるとまたフレシュが文句をつけてきそうだ。今日のところは一旦宿に戻るか。
シンがそんなことをぼんやりと考えていると。
「……え、冒険者証? 何で?」
予想外の事態に思考が止まったような、そんな男の声が聞こえた。
「あ」
「あ」
振り向いて声の主を目にしたシンとフェアが硬直する。後ろめたい思いのある、あまり会いたくない男に会ってしまったと。
互いに表情を固めたまま視線が交わること数秒、すらっとしたモデル体型の黒髪の男は、黙っていれば異性を虜にするような端正な顔を思い切り残念に歪めて。
「俺のチームで一緒にやろうって言ったじゃあーーーん!!」
勧誘の返事もしないまま勝手にチームを組んでいた不誠実な男を指差して、その裏切りのショックに大声で喚き散らした。
「何でだよお! 俺、お前らと一緒に冒険するの、楽しみにしてたのにいー!」
「いや、その、えっと……悪い」
「……ご、ごめんね、レイ」
三等級シーカーチームトリックスターズのレイ・クルツ。会う度に軽口を交わしてきた、シンにとってぞんざいに扱っても構わない区分の男だが、流石に今回はばつが悪い。せめてきちんと断ってからチームを組むべきだった。
「返事は後でするって言うから待ってたんだぞ、何で知らない間に自分達でチーム作っちゃってんだよおー!」
「ちょ、悪かったって、とりあえず一旦落ち着け」
「レイ、レイ、皆こっち見てるよ~」
二人の声が聞こえているのかいないのか、聞こうとしているのかいないのか、不遇の失意に嘆くレイの喚き声が支部のロビーに響き渡る。
自然、何だ何事かと周囲には次々に野次馬が集まってくる。うざったい勘弁してくれ。見世物にされてはたまらない。
「こないだはお前が何か大変そうだったから気い遣ってやったってのに、そりゃないだろーよおー!」
「いや、おい、だからな……」
「うーん、ちょっと今は何言ってもダメっぽいね」
喚き続けるレイの声につられて人だかりが膨れあがっていく。騒ぎの中心が認知度の高い三人ということもあって、その注目度は増していくばかりだ。
「チームの仲間にだってもうそのつもりで話してあるってのに、どうしてくれんだよおー!」
「…………」
「……どうしよっか、シン」
そんな状況などお構いなしに、感情に任せて子供のように大声で不満を垂れ流し続けるレイ。フェアはもう宥めることを諦め、彼女から判断を投げられたシンは。
「てい」
「不料簡!」
げし、とチョップをレイの脳天に炸裂させ、喧しく回る口を悲鳴を最後に力尽くで閉じさせた。
「とっととこっから離れるぞ、フェア」
「うん、わかった」
すぐさまシンはそうフェアに合図すると、目を回しているレイの襟首をむんずと雑に掴み軽々と野次馬の群れを飛び越えて、瞬く間に組合支部から脱兎のごとく走り去っていった。
◇◆◇
「……で、言い分は?」
冒険者組合から退散しコフラーの宿に戻ったシンは、客室で目を覚ましたレイからやや詰問寄りの質問にあっていた。
「……悪かったよ」
「俺は、理由を聞いてるんだけどなあ?」
丸椅子に腰かけ、小さな机を抱え込むように上半身を突っ伏したゆるい格好で、しかしながらレイの瞳と声にはダレた気配が見られない。むしろ圧迫感があるようにすら思える。
そのギャップに気圧されたというわけではないが、シンは謝罪だけを口にして何も弁解出来ずにいた。この件に関してはこちらに非がある。何より「お前が怪しくて怖いから」という理由など、当人に直接言えるものではない。
そう居心地悪そうにするシンに、レイは大きく息を吐いて。
「まあ、チーム組んじゃったもんはもうしょうがないか。ここでまさか、解散しろだなんて言えないし」
「ごめんねー、レイ」
「…………」
非難されてもフェアのように謝るほかない状況だが、穏便に済まされるとそれはそれで極まりが悪いものである。
シンの中で「何か裏がある」と決めつけていたこのレイというプレイヤーだが、先程の組合支部での振る舞いを思うと純粋に誘ってくれただけなのかもしれない。そうだとしたら余計に悪いことをした気分になってくる。
「埋め合わせはするよ、何らかの形で」
「お、今何でもって――」
「言ってねえ」
反省を形に出来るもので示して贖罪をしようと考えるシンに、レイが普段の調子で戯れる。こちらに気を遣わせないよう慮ってか、それとも単なる天然か。後者な気がする。
「冗談は置いといて、埋め合わせしてくれるってんなら、丁度いい案件があるな」
「丁度いい案件?」
「なになに? どんなの?」
その案件の詳細を聞いてくるシンとフェアの二人に、レイは机から「んしょ」と身体を起こして。
「近々、複数チーム合同で大規模な探索が計画されてるんだけどさ、それ、シンのチームも一緒に行こうぜ」
「合同探索? まあ、それで埋め合わせになるってんなら」
この借りを返せる機会があるというのなら、相手の都合には合わせたい。喫緊の用事があるわけでもないし、早めにフラットな心情の関係に戻れれば落ち着くし気も楽になる。
「その探索って、どこへ行くのー?」
「お、乗り気だね。いいじゃんいいじゃん」
多チーム混合の大型探索と聞いて、フェアが興奮気味にレイに尋ねる。不義理を働いたことへの埋め合わせのはずが、彼女にとっては心を弾ませる楽しみなイベントと化しているようだ。
二人の反応に気を良くしたレイは、前のめりになるフェアにニンマリと笑い返して。
「目標はここブライトリスの西、竜の島イーリッシュ沖の海底に鎮座する浪漫、遥か古の時代に息づいた文明の遺産、数々の伝説級の秘宝が眠る古代遺跡が一つ――」
芝居がかった仕草と口調と言葉選びで大仰に自らの説明を飾り付けて、最後に決め顔と共に告げる。
「レパード海底神殿だ」
「わあ~」
「……マジかよ」
その名前にフェアは目を輝かせて歓声を上げ、一方のシンは顔をひきつらせた。
等級持ちも参加する合同探索だ。対象はそれなりの難度だろうとは思ったが、ここで先日エリックに提示され少なからず興味を抱いたその場所が、レイの口から出てこようとは。
「文句なしのA難度じゃねえか。それ、俺達みたいな新参チームが関わっていいもんなのか?」
冒険者組合の公表する依頼の難度。その最上位であるA難度は、組合からの認定に必要な水準という下限はあっても、上限については青天井となっている。
一つ例として、地竜族の上位竜に過ぎない焔竜と、神話の怪物である八彩竜の紫竜。両者の討伐難度は同じAなのである。不条理なことに。
そんなことが慣例となっている理由としては、A難度の依頼を達成可能なシーカーチームなど、極々僅かで限られた存在だということが挙げられる。大多数にとって手の届かない領域を、更に細分化したところで意味は薄かろうというわけだ。ついでにいうと、組合自体にそこまで正確な高位の難度を把握する能力が不足している。
「そりゃまあ普通は門前払いだろうけど、特異と守護妖精のチームならそうそう文句も出ないだろ。何つっても、紫竜撃退の実績はインパクトやばいからな」
「どうだか。その実績は登録前のもんだし、駆け出しの身だってことに変わりゃしねえだろ」
楽観的なレイとは対照的に、シンは懐疑的な眼差しを送る。
竜騒動の一件で名前を売って、鳴り物入りで冒険者の世界に足を踏み入れてきた新星。シーカーチームアルゴロイドの世間での認識はこうであろう。
これを歓迎する者もいれば、当然快く思わない者も出てくるはずだ。シン自身、そんな経緯で登録されたチームなんぞ関わり合いになりたくない。いかがわしくてかなわない。
そんなチームが早々に上位チームによる大型企画へ参加するとなれば、大きな反感を買うことは避けられない。出る杭は打たれるものだ。
「杞憂じゃね? そんじゃま一応、参加チームとしてお前らを推薦する前に、階級を優良まで上げといてくれ」
「優良か……」
「じゃあじゃあ、たくさん依頼こなさないとね」
落としどころとしては現実的であり無難なところだ。短期間で等級持ち予備軍である優良にまで至る実力と実績を示せば、周囲の不満や疑問の声も多少は薄れるだろう。問題は。
「期限は? いつまでになっときゃいい?」
「二週間だな」
「短けえ!」
案件の日程を聞いていなかったので、嫌な予感はしていた。近々とは言っていたが、その計画はもう詰めの段階なのだろうか。
優良への昇級に必要な三度のD難度依頼は、階級が標準に上がってからこなす必要がある。なのでシン達はこれからこの二週間で、計十二の依頼を片付けなければならない。とんだハードワークを課せられたものだ、使い詰めにもほどがある。
「その頃までには面子を把握しときたいって、主催が言ってたらしいからな。参加チームが決まってからの手配も色々と必要だろうし」
「頑張ろう、シン」
「楽しそうだな、フェア……」
瞳を輝かせて鼻息を立てるフェアに、シンが苦笑いで返す。
聞くだにその期限は目安だろうが、だからといって当然遅れていいわけがない。
「ま、俺としちゃ別に今のままでも構わないんだ。間に合わなくても捻じ込むからそのつもりでな」
「この野郎、容赦がねえ」
手心加える素振りゼロのレイを、恨みがましくジト目で睨むシン。遅れて生じるデメリットは自己責任と、他人事なので軽いものである。
とはいえ、この案件自体はシンにとって埋め合わせ以上の価値がある。元々エリックの情報の真偽を確かめに、遠からず探索に行くつもりだった場所だ。長寿の霊薬ソーマについては半信半疑だが、上位のシーカーチームと組めばそれらの話も聞けるかもしれない。
「それにまあ、一日一個依頼をこなしゃあ間に合うんだ。無茶苦茶な話ってわけでもねえか」
そう言い聞かせると共に、目的の一つに早めに手をつけられると前向きに捉え、腹を据える。と。
『じゃあ、その方向で話進めていくけど、いいな?』
『……いいけど、何でここで相識交信なんだよ』
レイが口頭での会話から、魔法での念話にやり取りをシフト。周辺で聞き耳を立てている者がいるような気配など感じられないが、魔法連携で情報遮断まで施す徹底ぶりだ。
『ふっ。何を隠そうここからの話は秘中の秘。他言無用で頼むぜ』
『へーそう』
ニヤリと訳知り顔で微笑むレイを適当にあしらう。いつかの肩透かしを思えば真面目に付き合うのも馬鹿らしい。どうせ今回も自己満足のくだらない理由じゃないのか。
『大きな案件だ。突っ込んだ話をする前に改めて、俺はトリックスターズのレイ』
そんなシンの心境を余所に、いつになく神妙な雰囲気を醸し出したレイがジッと鋭くシンを見据え、続く思念を送ってきた。
『レイノルド・クルツヴェイルだ』