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Lv.グラハム数で手探る異世界原理  作者: 赤羽ひでお
3 生命、倫理、テセウスの船
72/95

71 冒険者の階級

「ではこちら、お預かりします。手続きの間に規約への同意のサインをお願いします」


 登録用紙を手渡したシンが受付嬢から受け取ったのは、一枚の文書。冒険者となる上で必要な注意事項や規定が記された規約書だ。


「いやこれ、このタイミングで渡してくんのかよ……」

「別に、規約自体は登録前にいつでも確認出来ただろう?」

「そうだけどさあ」


 実際掲示板の初見向け案内に、同様の内容を書き起こした文書がしっかり貼られている。とはいえ目に入らない者も多いはずで、シンにはどうにも腑に落ちない。

 規約なんぞ登録用紙に併記しておくべきで、別々に用意する必要などない。少なくとも冒険者側には。なのでこれは組合側の都合であろう。

 それを登録用紙への記入を済ませた後に出されたのでは、規約の内容に多少不満があっても「でも、もう申請した後だしな」で目を瞑らせようとしているのではと勘ぐりたくもなる。


「何よ、また? 本当に面倒臭いのね、シンって」

「しょうがねえだろ。釈然としねえもんはしねえんだから」


 呆れたような目をしてくさしてくるフレシュに、不満顔でねちねちと愚痴をこぼすシン。

 実際のところの組合側の狙いとしては、手続き間の申請者が手持ち無沙汰になる時間を利用して、今一度規約に目を通してもらおうというものだ。なにぶん命のやり取りの多い職だ、その側面には注意喚起という意味合いも多分に含まれている。


「仮に、組合に悪意があったとして、どうするんだい?」

「……ちっ」


 組合が競合相手を見下した殿様商売気質で、登録冒険者に対して悪意ある待遇を強いているのだとすれば、彼らの不満は募り、いずれ爆発する。

 しかしながらそうした冒険者は一握りで、多くは組合に信頼を寄せのびのびと依頼をこなしている。そこから組合側の登録冒険者に対する姿勢も測れようというのが、デオの問いの裏に窺える。

 どの道その程度のことで声を上げても、時間と労力に見合ったリターンが得られるとは思えず、シンは言葉を返せずに舌打ちし規約書にサインした。


「結局サインするんじゃない」

「うるせ」


 仏頂面のシンから規約書を受け取ったフレシュがその内容に目を通そうとして、眉間に皺を寄せた。


「これ、全部読むのに結構時間がかかりそうね」


 読み飛ばしたくなるような長々とした文面を前に、しかし根が真面目な少女はしっかり頭に入れて理解しようと努めている。そこへ。


「要約すると、向こうが言いたいことは大きく三つだな」


 後ろからデオが声をかけ、規約の内容を簡単にまとめて教えた。

 一つ、冒険者とは後遺症の残る負傷や生命の危険を伴う活動であることを理解すること。

 一つ、受注した依頼は特に明記されてなければ、一週間以内に達成出来なければ失敗扱いとなること。

 一つ、受注した依頼の情報を元に入手した戦利品の配分は基本として、冒険者七割、組合三割とする。


「これに異存がなければサインをお願いします。ってことだな」

「ありがとう、よくわかったわ」


 そうしたやり取りを交わしながら規約書に全員分のサインがされ、ほどなく登録手続きが整ったのだろう「お待たせいたしました」とシン達に声がかかった。

 サインした規約書を渡すと受付嬢はそれを素早く確認し、手元に用意したものをカウンターに置いてスッとこちらへ差し出した。


「こちらが冒険者証です。組合一同、シーカーチーム『アルゴロイド』の活躍を期待しております」


 丁寧にお辞儀する受付嬢に「どうも」と挨拶をしてシン達の冒険者登録は完了。これからルーキーのシーカーチームとしてアルゴロイドの活動が始まる。


「この冒険者証、ペンダントと被っちゃうわね」


 冒険者証を手に取って、既に青と緑の宝石の首飾りを身に着けているフレシュが困ったように独りごちる。

 冒険者証は親指大の金属板にチェーンがついていて、首から提げる仕様のドッグタグと呼ばれる認識票だ。エンボス加工で登録日とチーム名、個人名、それとブライトリス王国冒険者組合を意味する略語が刻まれている。


「別に首飾りを二つしてたっていいだろ、誰も文句なんて言わねえよ」

「コーデが悪いのよ、オシャレじゃないわ」

「うーん、確かに取り合わせは良くないかなー」


 シンの意見にフレシュとフェアから異論の声が上がる。年頃の少女であるフレシュにとって身だしなみには拘りたいところなのだが、シンにとっては。


「どうでもいいだろそんなもん」

「あー、そんな意識でいるからそういう格好して平気でいられるのね」

「ダメだよシン、もうちょっと服装には気を使わないと」

「えっ」


 フレシュに加えフェアにまでダメ出しをされ、愕然と言葉を失うシン。

 現世での板山晋一の私服は大衆を真似た無難なものだった。ところがファンタジー色の強い異世界識世のファッションは個々の特色が強く出ていて、当人のセンスが大きく問われる。女の子二人から露骨に「ダサい」と揶揄されたシンは、己の自信が大きく揺らいでいた――「俺って、ダサいのか……?」。


「首から提げなきゃならないってわけじゃないんだ。手首に巻くなりベルトに通すなり、着け方を工夫してみたらどうだい?」

「あ、それいいかも」


 打ちひしがれて虚ろな表情でぶつぶつと独り言を呟くシンを余所に、デオからの案を受けたフレシュがその場で早速試しに移る。

 器用な手つきでショートパンツのベルトにするっと通してドッグタグを腰にぶら下げると、擦れたチェーンがチャリッと金属音を鳴らした。


「ん、これなら悪くないかな」

「ワンポイントのいいアクセントになってるね」


 フレシュがくるりと回って確認。ふわっと捲れたローブの内側に揺れる装飾品に、フェアと二人きゃいきゃいはしゃぐ姿が姦しい。その様子を横目にデオが。


「階級が『優良(スペリオール)』まで上がると、専用の冒険者証が発行されるらしい」

「そうなの? どんな?」

「聞いたところだと確か幾つか種類があって、そこから選べるって話だったな」


 身なり、装いには殊更敏感な年頃ということもあって、アクセサリーの話に興味を惹かれ食いつくフレシュ。

 複数から選択出来るということは、ある程度は自分の好みに合わせられるだろうと心持ち声を弾ませる。


「楽しみね。その階級って、どのくらいの位置づけなのかしら?」

「お前、そんなことも知らないで冒険者になったのかよ?」

「悪かったわね、興味がなかったんだから仕方ないでしょ」

「それじゃあ、簡単に冒険者の階級を説明しておこうか」


 不勉強をあげつらうシンに口を尖らせるフレシュ。またも言い合いが始まりそうなところを、上手く逸らして二人から毒気を抜いたデオが続ける。


「まずは『初心(ルーキー)』。今、登録を済ませたばかりの俺達の階級だな。最初の依頼を達成すると一つ上の『五回下(アンダーファイブ)』に昇級する」

「一回だけで? 随分簡単なのね」

「あー、登録の手軽さといいこのハードルの低さも、新規にとっつきやすくするためか」

「そういうことだろうねえ」


 つい先ほどやりとりした話とも繋がって、シンは察しがつくと同時に納得する。

 シンに同意しつつ緩やかに歩を進めるデオの行き先は掲示板。初心向け案内の欄には、説明をよりわかり易く補える階級表も貼られている。

 デオは階級表の五回下から一つ上の項目を指して。


「依頼を五回達成すると『十回下(アンダーテン)』だ。こう聞けば、次の昇級条件もわかるんじゃないかい?」

「え、と、十回、依頼を達成すればいいのかしら?」

「ああ、その通りだ」


 急に問題を振られたフレシュだが、あまり戸惑いを見せることもなくすんなりと答えてみせる。

 昇級の条件が階級の名称に直結しているのでさほど難しいことでもなく、一度聞けば簡単に理解出来るところであろう。


「しっかし、受ける依頼の難度が全部最低位のもんでも、回数さえこなせば昇級出来る仕組みってのはどうなんだ?」

「まずは質より量をこなして、依頼に慣れろってことなんだろう。実際、ここまでは『条件下冒険者』って言われていて半人前扱いだしねえ」


 昇級条件に疑問符をつけるシンだが、デオの見解に「ほーん」とある程度納得して意見を引っ込める。


「逆を言うと、依頼を十回こなして『標準(スタンダード)』に昇級すればいっぱしだと見做される。ちなみに、世の冒険者の大半はこの階級だそうだ」

「それで『標準』の上が『優良』なのね。ここの昇級条件はどうなるのかしら?」


 ここで話の起点となった階級にまでデオの説明が辿り着く。

 その辺りの知識は事前に身に着けてあるシンが退屈そうに大きく欠伸する姿に、フェアがきゃははと可愛らしく笑って戯れている。

 そんな二人の傍ら、デオは一時的な興味でちょっとばかり勉強熱心になったフレシュの質問に答えてやる。


「『優良』への昇級条件は、D以上の難度の依頼に相当する成果を三回挙げることだな」

「? 相当する成果って、どういうこと?」


 その不自然な言い回しに、違和感を抱いたフレシュが疑問符を浮かべる。

 D難度の依頼を三回達成する、と説明してくれた方がわかり易い上に簡潔だ。そうしないということは、何か理由があるのだろう。


「『標準』以上の冒険者になると、組合が仲介する依頼に加えて自発的な討伐や採取、探索等も評価の対象になってくる。そうした活動には、事前に難度なんて公表されないだろう?」

「あ、そういえば規約にそんなこと書いてあったわね」


 規約書の内容を思い返して疑問を胃の腑に収めるフレシュに、シンが「ちゃんと読んだのかよ?」と言いたげなジトっとした視線を送る。ちゃんと読んではいない。デオが要約したので。


「D難度の依頼って、どういうものがあるのかしら?」


 幸いシンの視線には気づかないまま、フレシュは掲示板の依頼案件の欄へと目を移した。

 大きな掲示板の半分以上を占めるその欄に、所狭しと貼り付けられた大量の依頼書。その大半はE難度以下で、パッと見ただけでは目当ての依頼は見つからない。


「モンスター討伐依頼だと、ハイオークなんかがD難度だったねえ」

「ハイオーク? 会ったことがないから、ちょっと強さがわからないわね……」


 ハイオークは豚鬼族の中位種に分類されるモンスターだ。下位種のオークが熊ほどの肉体を武器に襲いかかってくるのに対し、こちらはそれよりも更に一回り大きく体力に富み、加えて人間から奪った武器を手に取る知能も備える。多くの冒険者に苦戦を強いてきた難敵である。


「確か通常時のレベルが平均して三十程度だったかな。強さのものさしで言うと、地竜がC、火竜がB難度相当だ」

「良かった、それなら私でもなんとかなりそう」


 地竜ならばフレシュは一人でも相手に出来る。D難度のモンスターがそれ以下の強さなら『優良』までの視界は明るい。

 勿論、アルゴロイドの面子はその程度全く問題にしないだろう。しかしながら、自身もその階級に足る実力を備えているという事実は大きい。持てる心の余裕も違うというものだ。

 欲しかった知識を補えたフレシュは、再び階級表の方へ目を戻すと。


「『優良』の上は『三等級(サードグレード)』……ここから『等級持ち』になってくるのね」

「お、流石に等級持ちのことは知ってたか」

「知ってるって言っても言葉だけよ。詳しいことは何もわからないわ」


 等級持ちのチームは冒険者の顔とも呼べる位置づけにあり、相応に高い水準の実力を求められる。

 エプスノームのような大きな街でも片手に収まる程度しかおらず、街道沿いの宿場町にはそれぞれに一組あるかどうか、地方の田舎町になると英雄扱いされるような存在だ。


「まあ、別に構わないさ。『三等級』への昇級に、明確な条件は無いしねえ」

「そうなの?」

「ああ。等級持ちになるには優れた実績を積み重ねて、組合から認められて指名される必要があるんだ」

「ふうん、何だか大変そうね」


 他には例外的に、既存の等級持ちから推薦されることで認定されたチームもあったりする。

 これらの実情から、一般的に等級持ちには『昇級』よりも『認定』と表現されることの方が多い。

 シンがまた面倒な反応を起こしそうな仕組みだが、当人はもうこちらの話を聞いておらずフェアと二人で適当な依頼案件を物色していた。


「じゃあ、それより上の『二等級(セカンドグレード)』や『一等級(ファーストグレード)』に昇級するのも、同じような感じになるのかしら?」

「ん? まあ、そうだねえ。間違っちゃいないけど……」

「けど?」


 質問の返答に言葉を詰まらせ困ったように頭をかくデオに、小首を傾げたフレシュが続きを促す。


「『二等級』はともかく『一等級』はもう、ハードルが上がりすぎて余程のことがないと認定されないって状態になってるからねえ」


 以前は同時期に何組もの一等級シーカーチームがあったものだが、とあるチームの台頭によって冒険者の構図は一変する。

 現下唯一の一等級シーカーチーム『絵画の旋律』。彼らの挙げてきた成果は人間種族百年分の探索に値すると言われ、過去に類を見ない圧倒的なものだ。


「あいつらに匹敵するようなポテンシャルがないと、もう一等級には認定されないんじゃないかって言われてる」

「それって要するに、誰も無理ってことよね」

「まあ、乱暴に言うとそうだな」


 冒険者を満喫している自由人の知人を思い、デオが肩を竦める。一方フレシュは、例外中の例外である身内を引き合いに出して。


「シンでも無理そう?」

「いいや、シンの力があれば造作もないことだろうさ。けれど――」


 デオは一旦言葉を区切って振り返り、受付で依頼を受注するシンを見ながら。


「あいつに、その気は無いだろうよ」


 そう言って微笑むデオの視線に気づいたシンが「おうお前ら、最初の依頼やりに行くぞー」と軽い調子で声をかけてきた。

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