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Lv.グラハム数で手探る異世界原理  作者: 赤羽ひでお
3 生命、倫理、テセウスの船
71/95

70 解を目指す者

 未知と危険。

 それは至る所に顔を出し、人々の好奇心を刺激しては引き寄せる魅惑の果実。

 例えば未踏の地。例えば歴史の途絶えた文明。例えば未確認生物。例えば新種の素材。例えば神秘的な現象。

 現世においては深海や宇宙探査、極地や熱帯雨林の動植物、人体の脳や遺伝子、素粒子など微小世界の実験観測等々、例を挙げればきりがない。

 それは異世界である識世においても変わらず、凶悪なモンスターや難解なダンジョンを乗り越え、新たな発見と共に素材や宝、情報といった価値あるものを持ち帰ることを生業にした者共がいる。

 未知の魔性に魅了され、危険を冒しながらもそれらを追い求めようとする彼らは俗に、冒険者と呼ばれている。


「登録をお願いしたいのですが」


 ブライトリス王国冒険者組合エプスノーム支部一階受付。

 新たに冒険者の登録を申し込もうとしているのは、黒髪黒目中肉中背の男。一見凡庸に見えるが先日の竜騒動で紫竜撃退に貢献したとされ、内に秘める力は底が知れないと噂される男だ。


「おい、あれってもしかして『特異』か?」

「一緒に『守護妖精』も連れてるし、間違いないだろ」

「冒険者志望なのか? 今までの仕事は?」

「そりゃやっぱり兵士とか傭兵なんかじゃねえの?」

「噂通りの力がありゃ名前も通ってそうなもんだけど、それにしちゃ聞いたことないぜ。不自然なほどに」

「何か得体が知れなくてやばそうだな。何者なんだ」


 シン・グラリット。今話題である旬の男が姿を見せ、にわかにざわつきだす組合支部のロビー。

 事前に予想していた通り注目の的となったシンは、それらの声や視線を出来るだけ意識しないよう努めていた。


「では、こちらに必要事項を記入の上、提出して下さい」


 受付嬢からペンと登録用紙を受け取って、早速目を通す。

 彼女もシンの噂は耳にしているだろうが、多少の緊張はあっても表面上は特別なこともなく普通に応対してくれた。職務なので当然という考えは現代日本の社会常識にすぎないが、中近世欧風の世界でもそこは国内向けである元となったゲームの名残か。


「何だか、凄い注目されてるわね」


 周囲の様子にそう声を漏らしたのは、薄紺のローブに身を包んだ薄萌葱の髪の少女。神話の英雄である七暁神聖王シモンの実の娘であり、大貴族ベレスフォード家に養子として引き取られた侯爵令嬢、フレシュ・ベレスフォード。


「シンとフェアは今、時の人だからねえ」


 フレシュの言葉に反応を返したのは、長身で眠たげな目をしたくすんだ赤髪の男。現在はデオ・ボレンテと名を変えて活動している七暁神の一人、破壊神セト・クレタリア。


「えへへ、もう、しょうがないなぁ~」


 面映ゆそうに照れながらも頬の緩みを止められずにやけているのは、手のひらに乗る矮躯の少女。竜騒動の際に作り出した巨大な障壁で、一躍その名が知れ渡った商都の守護妖精、フェア。


「お前は何で名前が売れてねえんだ、おかしいだろ」


 解せない思いに羨みも込めて、デオに顰め面を向けるシン。

 行く先々で耳にする竜騒動の噂。そこで挙がる名前はシン、フェア、ソブリン、グレイ、トリックスターズで八割方占められていた。その際にはデオだって多くの召喚竜を討伐していたはずなのに。


「俺が行った地域は照明がほとんど壊されていたからねえ。暗くて誰だかわからなかったんだろうさ」

「クッソ、納得出来ねえ……」


 紫竜が召喚した竜には中位竜である火竜もいた。奴らの炎なら照明の代わりになりそうなものだが、まさか炎を吐く前に全て仕留め切ったわけではあるまい。

 そうした考えもあってシンはデオの弁が腑に落ちない。しかしながら実際のところ、彼が対処に当たった東居住区では火竜はベレスフォード邸前に四匹全てまとめて召喚されたので、炎もその周辺にしか影響しなかったというのが解答になる。


「そんなのどうでもいいから――」

「よくねえ」

「――さっさと登録済ませちゃってよ」

「おいスルーすんな」


 二人の話に興味が持てないのであろうフレシュが急かしてくる。彼女には知ったことでなかろうとも、シンにとっては死活問題の分水嶺となったかもしれない話だ。一言で流されたまらず文句を飛ばすが、フレシュは取り合う素振りすら見せない。

 仕方なしにシンは登録用紙に向き直ると、改めてその内容に目を通した。

 記入が必須なのはメンバーの名前と性別、それとチーム名のみ。経歴と住所、年齢、戦闘スタイルが任意だ。


「しっかし必須項目がこれだけとか、手軽なのはいいけどちょっと簡易すぎやしねえか?」


 受付カウンター横の記載台に頬杖をついて、くるくるとペンを回しながらシンがぼやく。

 経歴やらも必須だったらそれはそれで面倒なのでシンにとっては好都合なのだが、こうまで簡略化されていると勝手の良さよりも胡散臭さが先に来てしまう。


「恐らく、気軽に登録出来ることを売りに新規の敷居を下げているんだろう」

「詐欺師の常套手段じゃねーか」


 怪しさが増してシンは胡乱げに口をひん曲げる。これが国からの支援も受ける巨大組織のやり口か。

 とはいえ、現世でも大手一流企業が同様の手法を用いることは少なくない。消費者に気軽な登録を促す企業努力の結果の一つだ。そこを邪推してしまうのは、登録だけ簡単にさせておきながら解約時には意図的に手間を取らせるあくどい業者が多かったせいである。


「冒険者組合相手にそんなに疑ってかかるなんて、慎重通りこして臆病なだけよ」

「んー、臆病ってより面倒臭い奴なんだ、シンは」

「シンって、そういうとこあるよねー」

「好き放題言いやがって。お前ら、覚えとけよ」


 三人の理解を得られず総スカンを食うシン。しかし長年にわたって実績を積み重ね、多くの人々から信頼を獲得している組合相手では当然の結果というもの。

 ぶつくさと文句をたれながらシンは備え付けのインク壺にペン先を浸すと、自分とフェアの分の記入を済ませて登録用紙を次に回す。デオはさっさと記入を終えフレシュもさらさらと書いていくが、その手が途中で止まった。


「この戦闘スタイルって、私はどうなるのかしら?」


 必須ではないが、三人全員の欄で記入されている項目だ。

 わからないなら空欄でも構わないところだが、律儀な少女は埋められるところは全て埋めようとしているようだ――経歴だけは除かれるが。


「この前竜を相手にしたとき、どんなふうに戦った?」

「ん、と、魔法で。衝撃波の魔法」

「魔法アタッカーなら『ブラスター』だな」


 デオが誘導しシンが出した結論に、フレシュは「ふうん」と相槌を打つと「ブ、ラ、ス、ター」と声に出しながらペンを走らせていく。

 冒険者の戦闘スタイルは、個々の役割によってそれぞれ名称が存在する。

 何でもこなせるシンは『オールラウンダー』。支援特化のフェアは『サポーター』。武器による近接攻撃主体のデオは『アタッカー』といった具合に。

 他にも『タンク』や『ヒーラー』など、様々な役割に応じて区別される戦闘スタイルは、現世のRPGで言うところのロールに該当する。


「これ、チーム名が未記入じゃない。まだ決まってないの?」


 記入を終えたフレシュがシンに登録用紙を渡す際に、空欄のままになっているチーム名の項目を指して小首を傾げてくる。


「考えてはきたけど、一応皆の意見も聞いとこうと思ってな。勝手に決めると煩いだろ、特にお前が」

「否定はしないけど、言い方が嫌な感じ」

「否定はしないのか」

「否定はしないんだ」


 少しばかりむくれながらも正直なフレシュに、デオとフェアからトーンの低いツッコミが入る。

 気恥ずかしさに多少頬を上気させ「う、うるさいわね」と顔を背けるフレシュは放っておいて、シンは話の流れを継いで皆に尋ねた。


「で、どうなんだ? お前ら、何か案あるか?」

「いいや。シンのチームだ、シンの案に乗るさ」

「わたしもー」

「おかしな名前にしないでよね」

「そか。んじゃあ……」


 三人から命名権を委ねられ、シンはチーム名の欄にペンを滑らせると。


「これでいいか?」


 見やすいようデオとフレシュの顔の高さの中間に、登録用紙をぴらりと呈示した。


「……『アルゴロイド』?」

「あ、何かいい感じの響きじゃん」

「え、ごめん、ちょっと私には意味がわからないんだけど」


 登録用紙を覗きこんだ三者が三様の反応を見せる。

 デオは名前の由来やその意図を読み解こうとしているようで、フェアは感性に合ったのか好感を示している。一方フレシュは聞き覚えのないフレーズに戸惑い、三人の表情を窺おうと右へ左へ瞳を動かしていた。


「造語だろう。アルゴリズムとアンドロイドの組み合わせじゃないか?」

「どっちも聞いたことないんだけど」


 どうにもピンとこない様子のフレシュにデオが自分の推測を伝えてみるが、それを聞いたところで彼女には無意味だったようだ。

 コンピュータプログラムなど存在しない識世だ。ましてその関連用語となると、耳にする機会などあるわけないので当然であろう。


「あー惜しい。前半はその通りだ」

「へえー、じゃあじゃあ後半は?」

「英語の接尾辞で、そのようなものって意味だな」


 無垢な好奇心に任せて聞いてくるフェアに、シンが解説を付ける。アンドロイドも人を意味するandroに接尾辞oidを組み合わせた単語だ。そういう意味では、デオの答えも間違ってはいないと言っていいのかもしれない。


「ならこのチーム名は、アルゴリズムのようなものって意味でいいのかい?」

「だから、そのアルなんとかって何なのよ」


 もらった説明が不十分で、一人まだ話に加わるに必要な知識を持てずにいるフレシュ。もどかしそうに話を遮ってシンに説明を求めるが。


「あー、んー、えーと……どう説明したらいいんだこれ……」

「え? 何よ、碌に説明も出来ないような言葉を選んだの? それってどうなの?」

「うるっせえな。感覚的にはわかってんだけど、お前にわかるよう言語化するのがちょっと難しいんだよ」


 アルゴリズムとはシンの認識では、コンピュータを動作させるプログラムを構築する命令書といったところだ。

 しかし、それをフレシュの知らない単語を使わずにどう説明したものか、畑の違うシンには上手い表現が見つからない。縁だったら要領良く説明出来るんだろうなと、思っても仕方のないことが頭に浮かんで渋い顔をしつつ言葉を探すシンに。


「アルゴリズムっていうのは、特定の問題を解くための手順とか計算方法のことだね」


 簡潔で的確でわかり易い、模範的な言葉選びで助け舟を出したのは、普段と変わらない明るく軽い口調のフェアだった。


「ああー、そうかそういう表現に置き換えられるのか」

「あら、フェアの方がよっぽど詳しいじゃない」

「いやそりゃまあ、知識比べで俺がフェアに勝てるわけねえし」

「へえ、ゲームの知識だけじゃないのか」


 皆から豊かに備わる知識を持ち上げられ「ふふーん」と得意顔のフェア。

 彼女の有する知識は元のゲームの解説に加え、辞典のような役割もこなせる。それをシンが知ったのは割と最近のことで、もしかしたら聞かれないから披露する機会がないだけで、他にも色々と有用な知識を隠し持っているのかもしれない。


「それじゃあチーム名の意味って、問題の解き方のようなものってこと? 何かぼんやりしてるわね。そもそもどんな問題を解くっていうのよ」

「そいつは決まってる」


 フレシュがシン相手のいつもの調子で言いがかりをつけてくるが、返ってきた反応の雰囲気の変化に思わず挙動を止める。

 そんなフレシュの様子などシンは全く目に入っていない。固い意志を宿した黒い瞳は前だけを見据え、重く強い声を発し、言い切る。


「世界の根幹、転移の謎だ」


 この識世に転移させられたシンが現世へ戻るために必要な、本来の目的。


「おおー」

「…………!」


 フェアの反応はいつものようなお気楽さは控えられ、かといって特に緊張感を帯びているわけでもない。元からシンの目的を知っていたので驚きはないのだろう。

 対してまだそれを知らないフレシュは、呆気に取られた様子で目を丸くしていた。

 フレシュはプレイヤーの存在も、自身がプレイヤーとNPCの混血であることも知っている。しかしながら彼女にとってプレイヤーの出身地である現世とは文字通り遠い異世界であって、行き来する方法など考えたためしもなかった。


「……シン、俺が前にした話、覚えてるよな?」

「ああ、忘れるわけがねえよ」

「そうかい」


 デオが確認するように尋ねてきたことに、シンは即答する。現世では異世界への転移問題、それ自体が起きていないという話だ。

 その時のデオは明言こそしなかったが、帰還方法はないというスタンスにあった。それは今も同じだろう。元は仲間であったプレイヤーの七暁神が、現状誰一人として帰還を果たせていないらしいので、そう考えるのも当然か。


「けど、俺はまだ何も試せてねえ。諦めんのは、まずやれることをやってからだ」

「まあ、せいぜい、とは言わないさ。俺も協力することだし、お宅の気の済むまで付き合うとしよう」

「それって……」


 シンの方針に一応の理解は示すデオだが、見込みは薄いといった口ぶりだ。チーム結成の経緯が経緯なので、異論があったとしても表立って声に出すことはないだろうが。

 そんな両者のやり取りに、フレシュが小さく声を漏らす。寂しげな表情と、共に。


「もし、その謎を解くことが出来たら、故郷に帰っちゃうってこと……?」

「それが、俺の本懐だからな」


 縁を探し出して、現世へ帰る。その目的は転移当初から変わりない。

 そう即答するシンから、隣の赤毛の青年へと少女は恐る恐る視線を移す。そのブラウンの瞳に、自分だけが独り置き去りにされる憂いを帯びて。


「……デオ、も?」


 不安げに揺れるフレシュの瞳に、デオは仕方なさそうに笑いかけながら。


「どうかねえ。俺はもうこっちに長く居すぎてるから、今更戻ったところで向こうの生活には馴染めそうにないな」

「……そう」


 冗談交じりに伝えられた返答に、フレシュはほっと胸を撫で下ろす。

 シンとデオでは目的も境遇も違う。帰還方法が見つかったとして、帰る意味を見出せなければその必要もないということだ。


「んでお前ら、チーム名はこれで構わねえか?」

「うん、わたしはそれでいいよー」

「俺も、異存はないさ」

「まあ、いいんじゃない?」

「よし、そんじゃあ――」


 皆からの同意を得、それぞれの顔を一通り見渡してから、シンは改めて宣言する。


「今日から俺たち四人は、シーカーチーム『アルゴロイド』だ」


 こうして、この識世へと転移した原因、その問題の解を目指すアルゴリズムのような活動を旨としたチーム『アルゴロイド』は結成された。

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