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Lv.グラハム数で手探る異世界原理  作者: 赤羽ひでお
2 意識、感覚、哲学的ゾンビ
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66 葬儀後の一幕

「亡きオーム・グローヴナー・ベルグレイヴの魂に、安らかな眠りが与えられんことを」


 弔辞、献花、典礼の後、故人の亡骸を収めた棺が墓下に葬られ、ルーパス伯爵家の葬儀が締めくくられる。

 式の進行を務めた神父は聖王教会の司祭だ。

 王国民の葬儀は大多数が教会に委託して行われる。生前、教会に対して不満を募らせていたオームもその例に漏れないのは、皮肉ではあるが。


「お悔やみ申し上げます」

「此度の不幸は伯爵派にとって大きな損失です」

「こうなってしまっては、侯爵派との関係を見直す必要があるのでは」

「短絡的に考えすぎでしょう。もう少し長期的な視野を持たれては」

「伯爵家の跡継ぎはアークル様となるのでしょうね」


 葬儀が終わり粛然とした空気は解かれ、参列した人々はそれぞれの行動へ移っていく。

 遺族へ挨拶に向かう者、参列者同士で会話をする者、今一度故人へ祈りを捧げる者、帰りの支度を始める者、等々。

 フレシュも参列者の一人ではあるが、彼らとは少し距離を置いてその様子を遠巻きに眺めていた。

 オームの葬儀に参列したフレシュが彼らから向けられた目の多くは、異物を見るそれだ。とはいえ、孤児の身から侯爵家の養子に引き取られたフレシュにとって、貴族社会で白い目で見られることなど慣れたものである。派閥の対立というものを知りもしなかった以前までなら、そんな視線など気にせずに彼らと同じ場所にいたのかもしれない。


「オーム……」


 火竜の炎に呑みこまれる直前、必死の形相で身を挺してフレシュの命を救ってくれたオーム。彼が最期の最後に見せた表情は、微笑みだった。

 セトから聞いた話で、あの時のオームの行動にも一応の解釈は得られた。感覚的に落とし込むことは出来ずとも、理性の上では。

 ただ、ルーパス伯私兵団によるベレスフォード邸襲撃事件は、それを理由に挙げて説明したところでとても納得を得られる話ではない。また、襲撃中に竜騒動が発生したとはいえ、それで有耶無耶になってしまうような小事でもない。

 それでも――いや、だからこそ、フレシュは訴えた。家族と使用人と私兵団の皆に。襲撃に関しては、目を瞑ってほしいと。

 当然皆は訝しみ、多くの疑問の声が上がった。フレシュには彼らの満足する答えを返すことは出来なかったが、意外にも伯爵家への責任追及は大事に発展することなくこの件は収束した。

 理由は主に四つある。

 一つ、狙われたフレシュ自身がそれを望んでいないこと。

 二つ、襲撃の首謀者であるオームが亡くなったこと。

 三つ、地竜との戦いで共闘した両私兵団の間で――水面下で――情が芽生えていたこと。

 そして四つ、これが大きな要因になったと思われるが、大方の予想に反して本邸がフレシュの説明に理解を示したことである。


「しかし、ご遺体は何故あのような形で……」


 とりとめのない会話が雑多に飛び交う中、フレシュの耳が一つの話題を敏感に捉える。

 奇妙なことに、オームの遺体は騒動の起こったその日のうちには見つからなかったというのだ。その最期を目にしたフレシュからの情報がありながら、である。

 初めは火竜のブレスとは骨も残らないほど恐ろしいものなのかと慄き、彼の亡骸が帰ってこないことに気落ちした。しかし、ほどなくブレスによる犠牲者と思しき遺体も出てきていることを知って、今度は困惑し、様々な可能性が頭をよぎった。

 もしかしたら、フレシュが提供した情報が捜索担当者へ正確に伝えられていないのかもしれない。だがそれに関してはフレシュも何度も確認されたことだし、伯爵家がそこまで杜撰であるはずがない。

 ならば、遺体が何者かの手によって場所を移されたのでは。しかしこちらはそうする理由が全くわからない。殺人犯が遺体を隠す必要のある事件でもあるまいし。そうすることに何の意味が、どんな利得があるというのか。

 では、オームがまだ生きていて自分の足でその場から動いたとは考えられないか。しかしながらそうであれば彼がその足で向かう先は自宅であるはずで、発見されないことと矛盾する。

 思い浮かんだどの説にも筋が通らず、決め手に欠ける。そうして時間が過ぎていく中、フレシュは生存説が有力なのではと思い始めた。動けはするが傷が酷く、自力で自宅まで帰ることが出来ず近隣の住民に保護されているのかもしれない。他には強いショックで記憶をなくしてしまった可能性だってある。

 そうであったなら、オームがまだ生きてくれていたのなら、どれほど喜ばしいことだろう。どれほど救われたであろう。

 だがしかし、それらはやはりフレシュの願望が先走った憶測でしかなかったということを、無情にも突きつけられることとなる。

 二日後の朝、ベルグレイヴ邸の正門脇でオームの遺体は見つかった。

 結局、解答は第三者による仕業だったと思われるのだが、いつ、誰が、どうやって運んできたのか、何の目的で遺体を盗んだのか、誰も知る者はいない。


「では私はこの辺りで、失礼します」

「本日はご足労いただき、ありがとうございました」


 考え事と並行してフレシュが目でぼんやりと追いかける姿は、墓標を前に黙祷を終えて遺族関係者と挨拶を交わし、踵を返す一人の女性だ。

 貸衣装の礼服に身を包み、どことなく他者を寄せ付けない雰囲気を醸し出している。背丈は同世代の中でも標準的なフレシュより頭半分ほど高く、ふんわりとした栗色の髪は傷んだ箇所を切り落としたのだろう、以前の髪型よりも短いショートボブに変わっていた。

 王国軍の大尉、サイリ・キトラス。

 用を済ませ足取り早くこの場を後にしようとする彼女へ、フレシュは寄って声をかけた。


「来て、いたんですね」

「……ええ」


 フレシュの呼びかけにサイリは足を止めると、一瞥を投げて視線を落とし、一言だけを返して口を結んだ。

 横で飛び交う葬儀の参列者達による会話の声はこの場から拒絶されたかのように遠ざかり、墓地を吹き抜ける初夏の風が木々のざわめきだけを運んでくる。


「…………」


 互いに次の言葉を発することはせず、両者の不和に重く空気が沈み込んで、空間が濁り淀んだような暗色で覆われていく。

 騒動が収まって、フレシュはセトから事の顛末を聞いた。

 異変のこと。セトのこと。シンのこと。紫竜のこと。オームのこと。そして、サイリのことも。

 あの時オームの様子がおかしくなったのは、精神簒奪という彼女固有の特殊能力によるものであると知った時は、あれが彼本来の姿でなかったことに安堵すると同時に、彼を信じてあげられなかったことがいたく悔しくなった。

 今一度、自分を、強く責めた。

 そしてまた、その時に一つ心に決めたことがある。

 俯き押し黙るサイリの顔をブラウンの瞳で鋭く見据え、フレシュは静かに告げる。


「私は、あなたを許しません」


 声量は小さくとも、凛とした強さと重さが込められた短い言葉。

 その言い渡しにサイリは瞼を閉じると、一呼吸おいて顔を上げ虚空を見つめた。


「……それでいいわ」


 返答は呟くようにぼそりと。しかしか細いものではなく、しっかりと芯の通った声で。

 見つめるサイリの横顔には憂色が浮かび、風になびく髪を手櫛で梳いては整える端からすぐまた乱されていく。


「あなたからどんな罰を与えられようと、私にそれを拒む権利は無いもの」


 言葉の終わりでぐっと奥歯を噛みしめ、サイリがその心の内を、悔しさを覗かせる。


「だけど」


 表情から憂色を消し去って、栗色の髪の女が振り向く。


「私の目的が果たされるまで、待ってもらうわ」


 決意の込められた黄緑の双眸でフレシュを見据え、ナインクラック、マニピュレーターのサイリ・キトラスが毅然と告げる。

 あの時彼女が謝罪した理由。それをセトに無意味だと指摘された理由。その両方を知って瞳に映す今のサイリは、苛む自責の念を振り切って極限まで細く研がれた、ひどく脆い刃物のように思えた。


「その後でならこの身、あなたの好きになさい」


 最後にそう伝えると、もう話すことはないと言うかのように、サイリはフレシュから目を切って足早に墓地を去っていった。



  ◇◆◇



 墓地を後にし、サイリは再び悔恨に拳を握りしめる。


(何なのかしらね、私は)


 オーム・ベルグレイヴを亡き者にした直接の原因は、紫竜が召喚した火竜による炎のブレスだ。しかしその結果に至る過程を作り出したのは、紛れもなくサイリの手によるものである。

 彼が命を落とした責任は、サイリにある。

 それ故、この葬儀に足を運んだ次第だ。そんなことが罪滅ぼしになるなど微塵も思いはしないが、それでもサイリには葬儀の場で彼の魂に祈りを捧げる義務がある。たとえその魂に望まれていなくとも、拒絶されていようとも。

 あの時ナインクラックの仲間であるエクスクルーダー、アリス・ウォレスの力を借りていれば、彼の命は救えたであろう。しかし、その判断を取らなかったことをサイリは後悔していない。

 あれはサイリ自身の力でどうにかしなければならなかった場面だ。故に嘆くのは誤った選択にではなく、己の力量不足に対してだ。如何に不向きな局面であったとしても、火竜の四匹程度も引きつけておくことの出来なかった、厭わしい非力さに対してだ。

 そしてそれ以上に悔しくてたまらないのが、今の自分が忌み嫌い憎悪するあの四人と同じことをしているという、エゴと矛盾と恥に塗れた事実である。

 謝罪をしたところで、目的の障害として今回と同じような場面に遭遇したのなら、サイリの選択と行動は変わらない。同じことを繰り返す。それは先の出来事に対する己の行動が、誤りだと認めていないことの証左に他ならない。


(反省もないところなんて特に、連中とそっくりじゃない)


 これ以上ないほどの痛烈な皮肉に、どうしようもなく笑いがこみ上げてくる。苦い、苦い、砂利と泥水に毒を混ぜ込んだ、苦味以外に一切何もない笑みだ。

 あの時のことを思い返す度、サイリは悔恨と苦味に苛まれる。心は嘆きで溢れかえり、ただ無益に時間を浪費した。

 だから、もう振り返らない。

 無駄に出来る時間は無い。目的を遂げるべく、仲間達は次の布石を打つための準備に取り掛かってくれている。

 自分勝手な我儘を言い出しておいて、それに付き合ってくれている皆に後れを取るようでは、不義理も甚だしい。道義にもとるというものだ。


(次は、レパード海底神殿)


 その古代遺跡で狙うは今回のような予定外の拾い物ではなく、サイリ達のメインとなる手札だ。手中にしておかなければ話にならない。


(日程が判明次第、スケジュールを調整)


 港湾都市ファーストマーケットではアファーマーのユージン・グスマンが彼のアビリティ『不全猜疑』を駆使して暗躍し、こちらの都合に合わせるよう状況を整えている。補佐するアリスはもう戻った頃だろうか。


(あとは、トリックスターズを上手くコントロール出来れば)


 海底神殿の攻略難易度を考えると、サイリ達だけでは目標達成の困難が予想される。なのでサイリのアビリティで手駒を動かし支援させる手筈となっている。王都と古都――港湾都市の別称――での仕込みは済ませてある。二等級シーカーチームにも手駒を作っておいた。

 だが、トリックスターズのメンバーにサイリのアビリティは恐らく通用しない。

 サイリのアビリティ精神簒奪は、基礎能力の一つであるステータス上の精神力が一定の値に達する相手には、得られる効果が著しく低下する。トリックスターズはメンバー全員がその域に達する強者の集まりで、三等級で収まる面子ではない。

 だから。


「頼むわよ……」


 トリックスターズの一員でもある、仲間の一人に期待をかける。

 海底神殿での成果は七割方その仲間の腕にかかっている。サイリ達はサポート役に過ぎない。

 トリックスターズのメンバーに敵方の人員が混ざっているのは知っているが、こちら側の人員も混ざっていることを向こうはまだ知らないはず。その優位性を保つため、サイリも接触を控えている。

 海底神殿攻略で仲間の素性は判明してしまう可能性が高いが、得られる手札にはそれ以上の価値がある。

 そしてその手札が手に入れば、ほぼ整う。

 七暁神に仕掛ける、準備が。


(奴らに必ず、目にもの見せてやる)


 目的達成に向けた正念場を見据え、サイリは心静かに憎悪を滾らせた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 サイリが素直に事情を話して謝ったのが意外だった。その理由が仇と同じになりたくないからか。サイリにとって仇の四人は、一般人にとっての八彩竜みたいなものなのかな。強いから責…
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