65 少女を取り巻く事情
紫竜の襲撃を退けて数日。その凶禍によって大きな爪痕を残された交易都市エプスノーム。
都市の政を執る情報管理区の被害は甚大で、人手が足りず事態の収拾は遅れていた。そんな中、都市民一人一人が立ち上がり、声をかけ、互いに手を取り合って、彼らは復興へ向けて着実に歩み始めていた。
シンとフェアの二人も街の助けとなるべく力を貸していた。
初日は主に人命救助。倒壊した建物の瓦礫に埋もれた人々の救出に街中を飛び回った。
二日目以降は怪我人の治癒に奔走。特に生命に関わる重傷者を優先し治癒魔法を施して回った。
ただ、残念ながらシンとフェアでも万人を救えるわけではなく、致命の深手を負ってしまった者はどうすることも出来ない。また、壊死した細胞に再び活力を与えることも叶わず、失われた身体の部位を再生させるまでには至らなかった。
とはいうものの、救えたものには満足している。瓦礫の下で助けを待つ人を救助した時、死に瀕する人の傷を癒した時、彼らとその家族の笑顔と感謝の声は、二人の胸に深く響くものであった。
「シーカーチーム、組むんだろ?」
北商業区コフラーの宿一階食堂。
昼時を迎え、午後の活動へ向け英気を養っていたところ、シンに問いかけた声は長身でくすんだ赤髪の男のものだ。
シンと同じくこの世界――識世の外部、現世出身のプレイヤー、デオ・ボレンテ。彼の問いにシンは手元のフォークでパスタを巻き取りながら。
「ああ、あと何日かすりゃ街も多少は落ち着いてくるだろうから、そろそろいいかもな」
「監視も無くなったしね」
一段落着いたらしようと思っていた冒険者登録。かねてから熱望していたフェアには大分待たせてしまったが、ようやくその目途がついてきた。
一つだけ、気がかりというか、後ろめたさのようなものはあるが。
「でもやっぱり、レイの勧誘は……」
「流石にちょっとな。そんな顔すんなって」
残念そうに表情を少しだけ曇らせるフェア。
得体の知れないプレイヤーであるレイの勧誘に乗るのは、どうしても気が引けてしまう。正直に言うと、怖い。
「勧誘? レイってもしかして、トリックスターズのレイ・クルツかい?」
「知ってるのか。まあ、等級持ちだしな」
「知名度以前に、知り合いが所属してるチームだからねえ」
「マジか――」
「本当ですか!?」
デオの発言にシンが驚きの声を上げる。それに被せて会話に入ってきたのは食堂で給仕に勤しんでいた少年だ。
三人とはもう顔馴染みとなった、この宿を営む夫婦の息子、ジャン。さっきからこちらの会話に聞き耳を立てていたのは知っていたが、興味をそそる話題の誘惑にとうとう我慢出来なくなったらしい。
「デオさん、トリックスターズに知り合いがいるんですか!?」
「おいおい、ジャンお前仕事中だろ? サボってるとまた女将さんに叱られるぞ」
「シンさんも勧誘受けてたなんて。それで何で断っちゃうんですか!」
軽く飛ばした忠告が耳に入った様子もないジャンの勢いに気圧され、シンは言葉を返せずに顔を引きつらせる。
食事の手を止められ及び腰になるシンに構わず、ジャンが更にまくしたててくる。
「竜騒動の英雄トリックスターズに、紫竜撃退に貢献した新鋭『特異』シン・グラリットと『守護妖精』フェアまで加わったら、それってもうエプスノームのドリームチームじゃないですか!!」
「ジャン、ジャン、落ち着け。声、声がでかい」
大きな声に何事かと周囲の注目を浴びる一行。しかし興奮するジャンには周りが見えていない。身振りが大きくなるにつれ回収した食器の踊りが激しくなって、そろそろ危ない。
「そうなったら二等級は確実……それどころか、あの『絵画の旋律』に並ぶ一等級にだって――」
「こらジャン! 騒いでないで仕事しなさい!」
語りの熱が収まらないジャンに女将さんの雷が落ちる。ビクッと身を竦ませて我に返ったジャンは、ばつが悪そうに周りにぺこぺこと頭を下げてそそくさと仕事へ戻って行った。
いつもならもう少し猶予を与えてくれる女将さんだが、今回は流石に騒ぎすぎだったようだ。
「特異に、守護妖精、ねえ」
「えへへ、何かそう呼ばれてるみたいだね」
頬杖をついて流し目でこちらを見やるデオ。含みを持たせた言い方にもフェアの反応は素直なもので、はにかみながらもまんざらでない様子。
「噂広まるの早すぎんだろ。勘弁しろよ」
噂の発信源は中央地区よりも南西居住区が主だ。中には軍に直接問い合わせた者もいたようで、返答に明確な否定がなかったことが拡散の勢いを助長させた。
治癒活動の最中にも声をかけられることが増え、対応に困りこの先どうしたものかと思っていたところである。
「冷めた反応だねえ。お宅、承認欲求とか無いのかい?」
「そりゃ無いこたないけどよ。こんな力で認められても意味なんてねえだろ」
スポーツなりゲームなりどんな競技でも、誰も気づいてないからと不正を働いて好成績を収めたところで、残るのは虚しさと後味の悪さだけだ。
シンの持つこの力さえあれば、誰であろうと今回の件を収めることくらい簡単だ。別にシンである必要などない。凄いのはシンではなく、元から与えられていただけの、この力だ。
「人の命を救うことに、不正も何もないさ」
「うんうん、そうだよ、シン」
「そいつは、まあ、そうなんだろうけど……」
確かに、不正に厳罰が科されるのは他者と能力を競う勝負の場での話だ。命の瀬戸際にあった街の住民からすれば、不正だろうが何だろうが使える力があるなら何でもいいからその力で助けてくれと思うだろう。しかし、そうはいっても。
「俺が、納得出来ねえんだよ」
「そうかい」
シンの個人的な気持ちの問題だ。それを理解しているのだろう、デオは深掘りせずに引き下がってくれた。代わりに「まあ、それはいいとして」と言葉を継いで話を転換する。
「話を戻すけど、シーカーチーム、組むんだよな」
「? そのつもりだけど、念を押して確認するようなことか?」
「そりゃまあ、俺も入るチームだからねえ」
「……マジかよ、お前あん時のやり取りって冗談じゃなかったのか」
以前に軽い調子で「シーカーチームでも組んで一緒に冒険に行くか」みたいなことを言っていたが、その場のノリでしかないものと思っていた。まさかあれを本気とは思うまい。今回のこれもまだ冗談かもしれないし。
「えー、何で冗談なの? 違うよね、デオ」
「ん、まあ、あの時とは事情が違うのは確かだ」
「事情?」
前とは違いただの思い付きで言っているわけではなく、その必要に駆られているということか。
レイに比べればデオは数段与しやすいが、それでもまだ信を置くには素性が知れていない。その事情とやらはしっかり聞いておく必要がある。
「ああ、お宅のチームに俺ともう一人、フレシュ・ベレスフォードを加えてやってほしい」
「フレシュ?」
「フレシュも? ほんとに?」
気の合う仲間が一人増えることを純粋に喜ぶフェア。一方のシンはその少女が絡む特殊な背景に思い当たった。
「じゃあその事情ってのは、彼女の出自に関係したもんか」
「え? 出自って?」
「何だい、知ってたのか」
「紫焔竜のエリックって奴を相手にしてな。そいつが色々と喋ってった」
「ああ、そういえば見なかったな。お宅が相手してたのか」
エリックと対峙した記憶はあまり思い出したくないものだが、自分の欠点と課題が浮き彫りになっていい経験にはなった。
同時に、強大すぎるこの力を利用しようと企む輩には気をつけなければならないと肝に銘じ、その心構えをつけさせる一助にも。
「デュークの奴、力じゃどうにもならない相手だから弁が立つエリックをぶつけたわけだ。成程効果は、それなりにあったんじゃないかい?」
「うるせ」
それとなく揶揄してくるデオに、シンは口をひん曲げて一言でその話題を突っぱねる。と、話に置いて行かれていたフェアが不満顔で口を尖らせ文句をつけてきた。
「もー! 二人だけで話してないで、わたしにも教えてよ! フレシュの出自って、なんなの?」
「悪い悪い。デオ、お前の口から同じ名前が出りゃ俺も裏が取れる」
むくれるフェアを適当に宥めつつ、シンは確認の為デオに話を振る。了承したと彼は一つ頷いて、周囲を意識し声を潜め。
「ああ。ベレスフォード家の養子フレシュ・アンリ・ベレスフォード。血縁にある彼女の実の父親は、七暁神の聖王シモン・アンリだ」
「ええっ!? それってほんとなの!?」
「間違いないみたいだな」
驚きに目をぱちくりと瞬かせるフェアに、シンは自分が聞かされた時も似たような反応をしたなと共感を覚える。いや、自分の方がもっと泡食っていたような……忘れよう。
ともあれ、シンは口の中へ放り込んだパスタの最後のひと塊を咀嚼し飲み下して。
「それで、その出自がどう絡んで俺のチームへの加入が必要な事情になる?」
横道に逸れて多少迂回した形になったが、ここから今回の話の肝へと踏み込んでいく。
デオが「そうだねえ」と視線を中空へ移す。状況を整理して言語化しているのだろう、数拍の時間をおいてから。
「一番の理由は、彼女を庇護するのに都合がいいから、だな」
「いやお前、それじゃ事情の説明になってねえじゃねえか」
「ベレスフォードって凄い力のあるお家でしょ? そこの人達でもダメなの? 護りきれないの?」
厳選されたはずの言葉が微妙に的を外していて物言いをつけるシンとフェア。しかしデオはその反応を織り込んでいたようで、落ち着いた物腰で二人に頷きかけた。
「順を追って話そう」
長くなりそうな前置きだ。察するに、その事情というのは入り組んだものになっているのだろう。先に結論と理由を話したのは、二人を焦らさないようデオなりの配慮か。
「今から約六年前、ナインクラックと呼ばれる集団に属する一人の男が、聖王、女神、魔王、幻神の四人の七暁神の手によって命を奪われる事件があった」
「!」
初っ端からの衝撃的な語りに反射的に口を挟みたくなるが、ここは堪えて聞きに徹する。いきなり話の腰を折ってしまっては、終わるまでに日が暮れてしまう。
「当然彼らは怒った。七暁神許すまじってな。けれどその後、一度両者は話し合いをして折り合いをつけたらしい」
「……ふうん」
相槌を打つシンと同じように、フェアも話を止めず大人しく聞いている。彼女はシンが重要だと判断した話を乱すような真似は決してしない、意外な気配りが出来る。
「しかしだ。ここでめでたしと話が終わるなら件の事情なんて初めから無くなってる。要は話し合いの結果に納得のいかないナインクラックのメンバーがいて、後日彼らは合意を翻し四人に敵対することを通告したんだ」
「……それで?」
一度決着のついた話を後になって蒸し返すような行為はいただけないが、両者の間でどんな形の話し合いがなされたのかはわからない。話の上っ面だけで軽々しく一方を非難するのは浅慮というものだ。
何より所詮他人事でしかないシンは、特にリアクションすることもなくデオに続きを促した。
「敵対したと言っても、七暁神相手に正面から仕掛けても返り討ちにされるだけだ。だからナインクラックは、勝算を見出すため様々な布石や策を巡らせている。今もその最中だ」
「……成程。それで聖王の娘が関わってくるわけか」
まだ話は途中だが、そこまで聞けばフレシュの関わる事情にも繋がってくる。同時にデオが彼女の監視を依頼してきた理由も。
あの時彼女を狙った襲撃者達がナインクラックか。拉致して人質にでもするつもりだったのだろう。と、考えたところで二つの疑問が生じる。
「でもあの程度の手合いなら、ベレスフォード家で何とでも出来るだろ」
一つは最初にフェアが呈した疑問だ。侯爵家の私兵団があれば別にシンに頼る必要もない。長期にわたって警戒し続けるのは骨が折れるだろうが、良家にとって子息令嬢の身の安全の確保というのは常時ついて回る問題でもある。つまるところ、通常営業で事足りる。
「襲撃の実行犯を指して言ってるなら、そいつらはナインクラックじゃないぞ」
「ああ、連中は依頼されただけか」
「依頼、というのも違うねえ」
「違う? それじゃどういう繋がりだ?」
一つずつピースが嵌っていって順調にパズルが完成へと向かっていたところ、ピタリと合ったと思っていたピースが間違っていると指摘され、シンは眉根を寄せる。
シンの反応を待っていたように、デオはスッと目を細めた。僅かに緊張感を湛えた朱の瞳で場の空気を引き締めてから、答える。
「そこに彼らが侯爵家ですら手に負えない脅威になる理由がある。襲撃犯はナインクラックの一人にそう仕向けられたんだ。彼ら固有の特殊能力――アビリティで」
「はあ!?」
想定していなかった返答に理解が及ばず、シンはただ困惑し声を上げる。
「何だそりゃ? スキルじゃなくてか? そんなもんがあるなんて知らねえぞ」
識世に来て見たことも聞いたこともない概念だ。スキルと同じような代物に思えるが、名前が違うだけで仕様の被る機能を二つ実装したところで、ゲームとしての旨みなんてあるのか。
加えて、それが元々のゲームに存在する機能だとしたら。
「フェア!」
この世界の解説役を担った妖精が、知らないはずがない。
「……知らない」
しかし、シンの疑問と困惑と期待がないまぜにされた瞳を向けられた彼女は、自身も困惑したようにふるふると首を振って力なく声を漏らした。
「そんなの、わたしの知識に無いよ……」
「マジか……どういうこった……」
冷静になって考えれば、フェアの返答は別に意外なものというわけでもない。彼女がアビリティという概念を元から知っていたのなら、スキルについて質問した時に聞かされているはずだ。
となると、考えられるケースは絞られる。その中に、今この場で確認が取れるものが一つ。
「デオ、そのアビリティって、元からゲームにあったもんか?」
アビリティが識世という世界で後付けされた、ゲームとは無関係の概念である可能性だ。
初プレイ時に即識世に飛ばされたシンと違い、長くゲームに触れてきたであろうプレイヤーのデオなら、それを知っているはず。
「いいや。〈SEEKERS' FANTASY〉にあった設定はスキルだけだ。アビリティなんていう項目は存在しない」
「……そうか。でもそれはそれでまたわからないことが増えんだよな……」
予想出来た答えが返ってきてひとまずは安心するが、それが事実だとすると今までの考え方だけでは足りなくなってくる。
何しろゲームとは無関係の概念なのだ。他に何があってもおかしくない。それらを全て把握するのは困難を極めるだろうが、一見無秩序に思える要素でもそこには必ず何かしらの法則性があるはずだ。
「アビリティについて突っ込んだ話が聞きたいなら、ナインクラックの頭と会ってみたらいい」
「頭?」
「ああ」
今後、識世を調べるに当たって必要な項目が――それも弩級にややこしい――増え、眉間に皺を寄せるシンにデオが提案兼助言を送ってくる。
「クラッカー、アラン・ハサビス。この識世においてスキルに代わる能力、アビリティという機構を創り出したとされる男だ」
「――創り出した!?」
告げられた言葉に衝撃を受け、シンは目を剥いたまま表情を硬直させる。
それが意味するのは、一人の人間の手によって世界の原理が改変されたということだ。馬鹿げていると感情的に一蹴したくなるが、スキル消失や属性変質等、実際に起きた事例も何を原因としているのかはわからない。
それらが人の手によるものというケースも、可能性の一つとして排除すべきではないだろう。
「機会を待つか、自発的に会いに行くかはお宅次第。それとして、だ」
考え込もうとするシンにデオが強弱をつけた声で意識を引いてきた。彼は考察は後で頼むと言外に示して話を続ける。
「フレシュのことだ。彼女はそのナインクラックに、対七暁神の手札の一つとして狙われている」
「……ああ、事情はわかった」
スキルの代替となるような特殊能力を持った集団。成程確かに侯爵家といえど普通の人間には荷が重そうな相手だ。シンであっても一筋縄ではいかないだろう。
ただ、ここで引っかかるのが先程生じた疑問の二つ目。
「けど、それなら七暁神が彼女を保護すりゃいい話だろ。特に父親の聖王。娘ほったらかしてどこで何してんだ」
「……まあ、当然の指摘だねえ」
ついでに言えば、フレシュをシンに保護してもらいたいのなら、デオを介さず聖王が直接頼みに来るのが筋というものだろう。
ただそこに関しては、聖王の意思にはなくデオの独断であるかもしれないので口には出さないが。デオが聖王と繋がっていない可能性もあるにはあるが、今までの話を鑑みるにその線は大分薄いと思われる。
「彼らにも事情がある。とは言っても、お宅にそれを理解しろっていうのも筋違いか」
不服を申し立てるシンにデオは困ったように眉尻を下げると、椅子を引いておもむろに立ち上がった。
「…………?」
その行動の意図がわからず疑問符を浮かべるシンに、赤毛の青年デオ・ボレンテは。
「頼む」
折り目正しく腰を折り、頭を垂れて申し入れた。
「彼女を、フレシュ・ベレスフォードを、どうか一緒のチームに入れてやってくれ」
「どうして、お前がそこまで……」
「デオ……」
知人の娘というだけにしては過ぎる肩入れ具合に戸惑うシン。何がデオをそこまで突き動かすのだろうか。
彼の慇懃な態度にフェアも表情の憂色を濃くしている。
「…………」
らしくもなく畏まる低姿勢のデオに二の句が継げず、無言の空間は時間だけが流れていく。その間もずっと彼は頭を下げたままだ。
その状態が続くことにいたたまれなくなったシンは「だー」と苦渋の唸り声を上げて。
「取りあえず頭上げろ。誰も入れてやらないなんて言ってねえだろ」
「本当かい?」
「但し、だ」
顔を上げ、緊張の解けた表情を見せるデオに、シンは凄みを孕んだ声で強めに圧をかけて釘を刺す。
「あまり俺の力を当てにするな。基本、あの子の面倒はお前が見ろよ」
「ああ、それはわかっているさ。留意する」
元々二人をチームに加えることへの抵抗は微々たるものだったし、デオに何かしらの悪意を孕んだ思惑があるのなら、判断に迷うような余計なことを聞かせはしないだろう。
ここであえて冷たく突き放すような態度を取ったのは、自分の力を悪用されないようにと戒めた直後ということもあって、多少神経質になっていたからだ。
デオはその条件に不平を唱えることもなく、聞き分けよく頷いて従うと再び席に着いた。
「それじゃあ改めて。俺は今はデオ・ボレンテを名乗っている。それ以前の名前はセト・クレタリアだ。破壊神、なんて呼ばれ方もするな」
「そうなの!?」
「ああ……そうか」
「あんまり、驚いてはいないみたいだねえ」
七暁神の一人であることをカミングアウトされた割には反応の薄いシンだが、デオの方もそれに肩透かしを食った様子はない。両者ともある程度察しはついていた、ということだろう。
「まあ、今までの話を聞いてればな。余程鈍い奴でもなけりゃお前が七暁神の一人かもしれないことくらい、予想は出来るだろ」
かくもあれ、当初目的としていた七暁神の一人とのコンタクトを達成した次第である。互いに持ちつ持たれつ、有益な関係を築けていければ上々だと、シンは友好を結ぶ儀式のために手を差し出す。
「シン・グラリットだ。宜しく」
「わたしはフェアだよ。これから宜しくね、デオ」
「ああ、宜しく頼む」
改まる二人にデオは僅かに息を呑んだような素振りを見せると、それが気のせいだったのかもしれないと思わせるくらいに一拍も置かずすぐに微笑んで、差し出された手を力強く握り返してきた。
デオ・ボレンテ――破壊神セト・クレタリアが、シンとフェアの仲間に加わった一幕である。
「それで、肝心のそのフレシュは今、どうしてるんだ?」
この場に同席してはいない、話題の中心になっていた少女。諸々の確認の為、一度早めに顔合わせしておきたいところである。
「ん? ああ……」
シンの問いにデオは視線を外すと、何かを思うような感慨の込められた声音で、答えを返した。
「葬儀だ」
◇◆◇
交易都市エプスノームから東へ馬車に揺られることおよそ二時間強、小高い丘の上。そこに、近隣に領地を持つ貴族専用の墓地がある。
歴史を感じさせる古めいた墓が多くを占める中で、先日の騒動で犠牲になった者であろう、弔いの花が手向けられた真新しい墓標がちらほらと目につく。
その墓地の一角で、喪服の集団が今まさに葬儀を行い故人を悼み、祈りを送っている。
「オーム……」
故人の名を呟いたのは薄萌葱の髪の少女。七暁神、聖王シモンの実子フレシュ・ベレスフォード。
彼女の姿は、そこにあった。