5 妖精
「あなたがわたしの創造主? わー、すっごい強いんだね! わたしの能力もたかーい! でも攻撃能力が全然ないのは何か理由があるの? あとここすっごい暗いね? あー、ここドビル大空洞じゃない! 何でここにいるの? 何でここでわたしを創ったの? 最下層まで行くの? これから何をするの? ねえねえ!」
生まれてすぐにシンの周りを忙しなく飛び回りながら質問のコンボを浴びせてくる妖精。テンションたけーな、おい。
ていうかこの妖精、世界の解説役も兼ねてるんじゃなかったのか? これじゃ立場が逆じゃねーか。
「あー、えっと……質問は一つずつにしような?」
「そうだね、一気にたくさん答えられないよね。ごめんね創造主サマ」
「シンだ」
「創造主サマの名前? シンっていうんだ。よろしく、シン」
「ああよろしく。君の名前は?」
「名前? ないよー」
デフォルトで設定とかされてないのか。名前がないのはちょっと不便だな。
「そうか、じゃあフェアってのは、どうだ?」
その場の閃きで名前をつける。妖精だからフェアとか、流石に安直すぎるかと思ったが。
「え……? わたしの……名前?」
ぱあああ、と瞳をキラキラ輝かせ妖精の表情が一気に明るくなる。
「えっへへー、わったしーのなっまえー♪」
「気に入ってくれたか?」
「うん、ありがとう、シン!」
満面の笑顔で答えるフェア。適当に名付けてしまったことに少し負い目を感じるが、喜んでくれているならいいかな。
「それでそれで、わたしを創った理由は?」
「ああ、ちょっと訳あってチュートリアルを受けてないんだ。この世界のこと教えてくれるか?」
「ふふーん、そういうことなら任せなさい! 何でも聞いてよ!」
両手を腰に当て、小さな胸を反らして自信満々の表情を見せるフェア。頼りになりそうだ。
何から質問しようか? 色々と疑問はあるが、まずはさっきも試して失敗したスキルのことだ。
「スキルの使い方がわからないんだが、どうすれば使えるんだ?」
思えばケチのつき始めはスキルが使用出来ないことだった気がする。これでやっとこのゲームの仕様もしっかりと把握出来るかもしれない。
そんなシンの期待は無残に砕かれる。
「スキル? 何それ?」
時間が凍りつく。
いや、相変わらずフェアは飛び回りながら洞窟の淀んだ空気をかき混ぜていく。凍りついたのはシンの時間だけだ。
質問した状態のまま挙動の一切を止めているシンを見て、フェアは小首を傾げ、頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら旋回している。
……聞き間違いだろうか。
この世界の解説役という肩書のついた存在が、今、何と言った?
「……知らないのか?」
何とか停止した時間を再度動かし、喉から声を絞り出して尋ねる。
「そんなの知らないよ」
「マジで?」
「うん」
おいおいどういうことだ。このゲームにスキルというものが存在しないということか? いやいや、そんなはずはない。絵里さんは間違いなくスキルの存在を示していた。
やはり先程も考えた通り、このゲームに何らかの異常が発生しているのか。
あまりにもリアリティに欠けるのでなるべく考えたくはないが、この世界がゲームではなく現実の異世界である、という可能性も排除するべきではないか。
それともフェアの世界の解説役という肩書がただのネタで、フェイクだったというオチか。
(どれにしろ、ここへはそれを確認しに来たんだ)
そうだ、何を戸惑っている。冷静に考えれば想像出来たことじゃないか。
「ねえねえスキルって何なの? 何でチュートリアル受けてないの? 何でそんなに強いのにチュートリアル受けたいの? どうやってそんなに強くなったの? どうしてさっきから動かないのシン?」
思案している間に再び質問攻めに転じているフェアに向き直り、真剣な面持ちで語りかける。
「フェア」
「なあに?」
「魔法の属性って物理と精神の二つだけなのか?」
フェアの性能を見極めるために、概念の存在を確認済みで尚且つ疑問に思った点を質問する。この解説が出来るのならば、肩書に間違いはないだろう。
「そうだよ」
「さっき炎撃っていう魔法を使ったんだが、これって炎属性じゃないのか?」
「何で?」
……何で、と来たか。
RPGにおいて炎、氷、雷、風、土のエレメント属性は鉄板だろう。
「普通、そういうもんじゃないか?」
「普通? よくわからないけど」
「違うのか?」
「だって燃焼って物理現象じゃない」
目を見開く。
その答えは衝撃だった。
それが事実なら、魔法を無理に現実に合わせようとしている――無駄に現実感のある設定。
「それに、魔法に限ったことじゃないよ」
フェアが言葉を続ける。
またも思案に入ろうとしていたが、しっかり聞いておいた方がよさそうだ。
「どういうことだ?」
「えっとね、それじゃあ属性について説明するね。属性は物理と精神の二つに大きく分けられるけど、それは魔法でも、武器を使った攻撃でも、道具を使った効果でも、どれでもそうなの。それで、二つの属性の中でさらに色んな属性に分けられるんだ。シンがさっき言ってた炎撃は物理、化学反応・酸化、高熱属性だね」
「ふむふむ」
炎ではなく化学反応で高熱ね。まあ無理矢理現実に合わせるならそんなところか。
しかしそんな設定に意味があるのだろうか? まるで揚げ足を取って喜んでいるひねくれ者の発想じゃないか。
「武器での攻撃も属性が分かれるのか? 付与された魔法の効果とかか?」
「斬撃とか、刺突とか、打撃とか属性があるよ」
「成程。そういう属性か」
剣、槍、槌で属性が変わるってことか。まあ剣で刺突も出来るし、槍で薙ぐことも出来る。そう単純に装備武器だけで攻撃属性が決まるというわけでもないのだろう。
「ありがとう。次の質問いいか?」
「うん、どーんと来てよ」
このやり取りでフェアの肩書に偽りがないことが判明した。
ならば次にする質問は……。
正直この質問をするのは怖い。だが、知っておく必要がある。
一度大きく深呼吸をして意を決し、シンはフェアに問いかけた。
「この世界は、BMIVRMMORPG〈SEEKERS' FANTASY〉の仮想空間で間違いないよな?」
メタい発言だ。およそゲーム内のキャラクターにする質問じゃない。
自分の質問の滑稽さに苦笑を堪え、フェアを見つめ答えを待つ。
「……ごめんね、よくわからない」
「そうか」
その答えに失望はなかった。メタ要素の強い事柄ならば、回避されるのはゲームとして当然だからだ。
それ故に、続けてフェアが口にした言葉は思いがけないものだった。
「ただ、わたしに与えられている情報には、この世界はゲームでもあるし、現実でもあるってなってる」
「……ゲームで…………現実?」
フェアの発言の意味を理解しかねて言葉に詰まり、内容を反芻する。この世界はゲームで現実。
暫定的にシンが導き出した結論は――
「――ゲームの世界が現実と融合してるってことか?」
現実的にそんなことが起こり得るのかという問題はとりあえず置いておくとして、この仮定から今までの出来事を照らし合わせると、納得出来る点がいくつもある。
勿論まだ断定は出来ないが、これまでの状況から判断すると今はその仮説が最有力なのではないか。
「はっきりとはわからないの。ごめんね、わたし世界のこと全部わかってるつもりだったのに」
申し訳なさそうにしょんぼりと肩を落とすフェア。さっきまでの明るい表情が一転陰ってしまっている。どうやらはっきりと答えられない自分に落胆しているようだ。
スキルを認識していなかったことに対しては全く気に留めた様子はなかったが、この違いは何だろうか。
恐らくは、自分の知識として与えられている情報と、元々与えられていない情報という認識に対する差なのではないか。
つまり、スキルという情報は最初からフェアに与えられていない――この世界に存在しない事柄で、フェアにとって別世界の概念であり、知らないことは当然だということなのだろう。
どの道あまりその様子を見ていたくなかったシンは、フェアをフォローすべく声をかける。
「謝る必要はないぞ。むしろフェアが知らないことで逆にわかってくることもあるかもしれない」
「逆にわかってくること?」
その場を繕うための嘘ではない。
この世界の解説役とゲーム内で設定されたフェアが把握出来ていない事象が存在しているという事実が、もう既に大きな情報なのだ。
「これは俺の推測だけど、フェアにあるゲーム内の知識は、融合した世界で新しく築かれたルールなんかに書き換えられてるんじゃないか?」
この仮説ならば、絵里さんがはっきりと示したスキルの存在が、跡形もなく消え去っていることにも矛盾はない。
先の仮説を前提とした上で話を進めるのは少し危険だが、現状そうやっていかないことには前進出来ない。
間違っていた時はまたその時に考えればいい。
「……うーん、言ってることがよくわからないけど?」
「さっきフェアは世界のこと全部わかってるはずだったって言ったよな?」
「うん、そのはずだったんだけど……」
「それはたぶん間違ってないと思う。ただ、その世界の括りが変わってしまったんじゃないかな」
「何が変わったの?」
「ゲームと現実が融合したことで、世界から弾かれてしまった概念とか。例えばさっき聞いたスキルとかな」
今まで皆目見当もつかなかったスキルに対する疑問について、多少強引とはいえ仮説を立てられる程度には情報を補えた。これは大きな進歩だ。
「ゲームと現実が一緒になったから、それまでゲームにあったはずのスキルっていう概念がなくなっちゃったってこと? だからわたしの知識になかったの?」
「そうそう、そういうこと。まだ憶測の段階でそうだと言い切るには早いけどな」
「んー、それじゃ何でスキルはなくなっちゃったのかな?」
「さあ、そこまではわからないな」
あえて仮説を立てるならば、世界に拒絶されたとか? ならば何故? 何らかの意思が介入しているのか?
……やめとこう。このまま考え続けるとドツボに嵌ってしまいそうだ。
いずれ解明すべき問題ではあるが、まだフェアにするべき質問も残っているし、何より情報が足りていない。
「何にせよ、フェアは自分が持っている知識を教えてくれればそれで充分だ。知らないことは知らないで構わない。フェアが知らないっていうこと自体が情報になるからな」
「……そうなの?」
「ああ、だから次の質問もよろしく頼むぞ」
「うん! えへへ、シン、ありがとね!」
元気な返事と共にフェアに笑顔が戻る。さっきまでの調子を取り戻した様子に安堵し、シンは頬を緩めた。