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Lv.グラハム数で手探る異世界原理  作者: 赤羽ひでお
2 意識、感覚、哲学的ゾンビ
46/95

45 人類積年の宿願

 真夜中の色が世界を染め上げていく。

 元々灯りに乏しかった南西居住区の通りは召喚竜の跳梁によって更にその量を減らし、視界の確保が困難なものになってきていた。

 暗闇の中では暴れ回る地竜の居場所をそう易々と目で捉えられない。視覚に頼ることが出来ず音で判断するしかない住民達の恐怖はいかほどであろう。


「ああああああああ!!」


 遠くから叫び声が聞こえてくる。次いで何かを破壊する音。それらは徐々にこちらへ近づき、大きくなってくる。


「死、ん、で、たぁまぁるぅかぁああああああ!」


 二人の男が背後に迫る脅威を引き剥がさんと全身全霊で走ってきていた。周りに注意を向ける余裕などあるはずもない彼らは路地の奥に佇む人影にもやはり気づかず、ただこの瞬間を生き延びるために懸命に足を動かし続ける。

 路地の人影――シンは必死の形相で逃げくる彼らの後方、土煙を上げて男達を追い回す地竜へと意識を向けると。


〈炎撃〉


 発した魔法による炎の光が瞬間的に周囲の暗闇を照らし、狙いを呑みこんで瞬く間に消えた。地竜の姿は跡形もなく、残ったのは炎の余熱と暗くて今は認識出来ない円状の焦げ跡。


「な、何だ? どうした? 竜は?」

「……いない? もしかして、助かったのか?」


 何が起きたのかわからずにキョロキョロと辺りを見回して混乱する男達。だがそれよりも、すぐそこにまで迫っていた死の脅威が消え失せた事実に、大きく息をついて緊張を解く。

 あまり目立たずに事を済ませたいシンは彼らからは死角となる位置に移動し、この騒ぎが夜中に引き起こされたという点については都合が良かったなと現状を顧みる。

 と、落ち着いている暇もなく。


「うひいいいいいい!!」


 新たな悲鳴と破壊音。至近というほど近くではないが、余裕を保っていられるほど遠くでもない。


「またかよっ!」

「くっそ、冗談じゃねえ!」


 座り込んでいた男達は慌てて立ち上がり、聞こえてきた音から逆方向へと一目散に逃げだしていった。

 彼らとは反対にシンは音のした方へと向かっていく。地竜が通った直後で人気のなくなった路地を一つ左に折れた先に。


「どぅあーーるぅえーーくぅあーーーー!!」


 目から涙を、鼻から鼻水を、口から涎を垂らして、大声で助けを求めながら地竜を引き連れて走り回る一人の男。

 無様という形容がこれ以上ないほどに相応する姿を目に、シンは能力値操作をしてなければ自分もこうなっていたのだろうかと想像して気を萎えさせる。流石にちょっとここまで残念な姿は晒したくないものである。

 ともあれ、シンは男の後ろの標的へ先刻と同様炎撃の魔法を放ち、彼を極限状態から解放する。


「お、おお? おおおお?」


 一瞬の出来事につい先程の男達の行動をリプレイするように視線を巡らせる男。そして先程との違いは。


(げ)


 シンと男の目が合ったことである。


「あ、あんたが助けてくれたんですかい?」


 全力ダッシュで逃げ回っていた疲れはないのか俊敏な動作でこちらへ駆け寄り、発した言葉は疑問形ながらも確信に満ちた眼差しで見つめてくる男。


「え、えーと……まあ、はい」


 少しばかりの躊躇いはあるもののシンはあっさりと頷く。ここでの否定はより怪しい。不審に繋がる。ある程度人目に触れるのは仕方ないと割り切っていたこともある。

 だからシンが後ずさって男から離れようとしているのは、面倒を避けたいからという理由とは全くの別である。

 生理的嫌悪感だ。男の体液に塗れた顔を近づけられ、勘弁してくれと顔を引きつらせる。

 そんなシンの心の声を察したわけではないだろうが、男は腕で顔を拭いつつ。


「ありがとう、ありがとう! あんた命の恩人だ」

「ああ、うん、よかった。じゃ、俺はこれで」


 都市内にはまだまだ竜が残っている。おざなりに手を振ってそそくさとその場を立ち去ろうとするシンだったが、男がそれを引き留める。


「待って下さいよ! 是非是非、お礼をさせてほしい」

「あー、いやいいですよ礼なんて」

「それじゃ僕の気が済まないですって!」


 遠慮するシンの正面に回り込み、気勢を上げて訴えてくる男。義理堅いのは結構なことだが、押し付けられると困ることもある。とはいえ空気を読んでくれというのも無茶な話かと頭を掻き、シンは男に言葉の先を促した。


「違ってたら悪いですけど、兄さん、恐らくあんたプレイヤーでしょう?」

「!」


 予想だにしていなかった単語が男の口から飛び出し、挙動を止める。


「……あんたは?」

「やっぱりそうかぁ。いやね、僕も一応、プレイヤーの端くれなもんで」

「……本当か? いや、疑うつもりはないんだが、それにしたって……」

「僕が残念すぎますって? 仕方ないでしょう! レベル一桁で飛ばされたんですよ! あんたらみたく高レベルだったらもっとこう……そう、なんやかんや上手く出来ましたってきっと!」


 全身を使って両腕を上下に振り、自身の境遇を激しくアピールする男。確かに識世送りがランダムで起こっているのなら、低レベルのプレイヤーも存在するはずではあるが。


「こっち来てからレベル上げ頑張ったりとかしなかったのか?」

「いやだってそれ死ぬかもしれないでしょう! 実際に死の危険を冒してまでするようなことじゃないですよね!? 元のゲームと違って死んだら終わりなんですよ!?」


 尤もではある。普通に生活を送るだけならレベルを上げる必要などないと納得も出来る。とはいっても、情けねーなこいつという心証は覆せない。何より、目の前の憐れみさえ覚えるこの男の姿が別の世界線での自分であったかもしれないという思いに気力を削がれ、シンは大きなため息を吐いて肩を落とした。


「わかったわかった。それで? さっさと話を続けてくれるか?」


 召喚竜討伐の続きもあるので手短に頼むと表情に出して。それについては男も理解しているはずなのでわざわざ口にはしないが。


「あーそうでした、お礼、お礼です」


 必死になって言い訳をしていたことに気恥ずかしさを感じたか、男は照れ隠しに自分の頭をぺし、と叩いて。


「実を言うと僕自身は兄さんの役に立つような物なんて持ってないし、入手も出来ませんがね」

「おい冷やかしかよ、時間を無駄にしたな」

「ちょちょちょ、待って下さいって! 僕には絶対無理ですけど、兄さんくらい腕が立つならきっといけますから!」

「何が」


 時間を浪費したくないところでもったいぶった話し方をする男に、シンはわかってないのかとあからさまに不機嫌を口調で示す。

 だが男は動じることなくシンの返しに待ってましたとばかりに表情を変える。それまでの惰弱さは失せ、思わせぶりな笑みを浮かべながらピッと人差し指を立てて。


「不老不死。なりたくはないですか?」


 胡散臭いことこの上ないワードが出てきた。

 紀元前の時代から望まれては決して叶うことのなかった人類が探求する宿願。中国の歴史上有数の権力者、秦の始皇帝が錬丹術を試みたことは有名な話だ。


 現世では。


「……なれるのか?」


 不老不死。この話が現世でされたならば馬鹿馬鹿しいと一蹴する以外にないところだが、ここ識世では話が違ってくる。

 実例があるからだ。

 魔王シガーをはじめとしたプレイヤー集団、七暁神の存在。不老不死とまではいかないが、少なくとも千年という歳月を生き永らえることが可能であると、彼らがその身で証明している。


「いやー不死ってのは無理です。更に言うと、厳密には不老でもないんですけどね」

「…………」


 自分から切り出した話を気楽にパタパタと手を左右に振って否定する男。傍から見たら人をおちょくっているようにしか思えない。

 眉間に皺を寄せ、口をひん曲げてシンは抗議を示すが、文句が口から飛び出さなかったのは、その発言によって信憑性が高まったからだ。

 まずインパクトの大きな単語で興味を引き、話に食いつかせてから徐々に実際のところへと落とし込んでいく。話術の一つだ。


「口にすれば老化を妨げ、疑似的な不老を得られるとされます七暁神の秘宝」


 シンの表情をスルーして、勿体つけるようにゆっくりとした語り口で怪しげな気配を漂わせる男。一旦言葉を区切って間を作り、片目を瞑って。


「ソーマと呼ばれる長寿の霊薬です」


 ――それは、遅かれ早かれ探すつもりではいた。

 識世に縁の存在が確認出来ないのは、彼女がこの時代までにはまだ、現世から飛ばされてきていないからという可能性も考えられる。

 縁が識世にやって来るのは未来なのかもしれない。それも、もしかしたら遥か先の。そうであれば、それまで朽ちることのない肉体が必要となってくる。

 彼女に、縁に会うまでは、死ぬわけにはいかない。


「本当に、あるんだな?」


 僅かに目に力を入れ、圧力をかけるように念を押して確認を求める。

 雰囲気を変えたシンの反応に男は怯むことなくニイ、と口元を歪めて。


「ええまぁ、信頼出来る筋の情報ですからね」

「情報元は? 誰から聞いた?」

「いやいやそいつは勘弁して下さい。僕にも一応体裁ってものがありますんで」

「……あ、そう」


 地竜に追われていた時の残念極まりない姿を思い出し、あれでもまだ気にする体面が残っていたのかとジト目になるシン。

 それでもまあ、ああいうのとはまた話が違ってくるかと思い直して脇道に逸れた考えを適当に締める。割とどうでもいい。


「それで、どこにある? 在処はわかってるんだろ?」


 それは男の口ぶりから窺えることでもあるし、何より礼として差し出しておきながら「場所は知らん自分で探せ」では冗談が過ぎる――探知系のアイテムは潤沢にあるのでそう言われても問題無いだろうこととは関係なく。


「イーリッシュは、わかりますよね?」

「ああ、西の海峡を越えた先の島だな」


 ブライトリス半島の西の海に浮かぶイーリッシュ島。王国の三分の一ほどの面積を持つ大きな島で、人々には竜族の住処として知られている。

 ソーマの所在がその島ならば一般には入手は不可能であろう。シンであっても細心の注意を払う必要がある。その理由はシンにとって脅威になるものがあるからではなく。


「てことは、『女神の盟約』に抵触することになるな……」


 神話の一節『女神の盟約』――女神レプティと白竜ファフニールの間で盟約が結ばれるまでの経緯が綴られた話である。尚、白竜はこの一節に関して中心的な立場にはあるが、実際に女神と盟約の内容について論じ合ったのは緑竜リントブルムとされている。

 盟約の内容は大まかに、イーリッシュ島を竜族に明け渡し、以後人間種族は一切その地を侵さないと約束すると引き換えに、島に住む全ての竜族は人間種族を襲わないことを誓ったものだ。

 ソーマを求めて島に踏み入ることは、盟約を反故にすることを意味する。見つかれば個人の問題では済まされず、人間種族全てを巻き込むことになる。

 前例が二度ある。契約と違い盟約には強制力が無い。それをいいことに、傲慢かつ愚かにも背約する人間というのはいるものだ。

 侵犯の代償として、一度目はタリアノイ王国より南、ロディーナ大陸の南端に位置するエスパルト連合王国が、二度目はイーリッシュから遥か北西の島フリーズランドに住む人々が、いずれも白竜によって一人残らず鏖殺される結果となった。

 この盟約は、現在も有効である。


「おっと、早とちりしないで下さい。島にあるってわけじゃないですから」

「ん? 何だそうなのか、そりゃ幸いだ」


 中々に難易度の高い課題だと憂えていたところ、それを払拭されて気を緩めるシンだが、男は緊張を解くのはまだ早いと瞳で訴えながら。


「いやいや、そうも言ってられないですよ。こちらも負けず劣らずの難所ですからね」

「イーリッシュと同等の? おい、それってもしかして……」

「ええ、島から西の沖の海深くに沈む古代遺跡――」


 イーリッシュ島クラスの危険度となれば、フレンテの樹海にも匹敵する。シンが今までに得た知識の中で心当たりのある場所は、この近辺では一つだけ。

 それは神話の時代より以前に栄えたと伝えられている古代文明の数少ない遺産。


「――レパード海底神殿です」

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