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Lv.グラハム数で手探る異世界原理  作者: 赤羽ひでお
2 意識、感覚、哲学的ゾンビ
45/95

44 都市の現有戦力

「るあああああ!!」


 荒々しくも勇壮な雄たけびをあげ、フェルボートは構えた大盾で迫りくる巨体を正面から受け止める。

 衝撃の余波で周囲を吹き飛ばしかねない勢いの激突は、両者の足元にひび割れを生じさせ、石畳に亀裂を走らせた。

 例えるならば赤子と象。そんな体格差をものともせずにフェルボートは四肢にこめた力で踏ん張りを利かせ、文字通り一歩も引かずに特大質量の体当たりを押しとどめる。


「〈衝撃波〉」

「そりゃ!」


 フェルボートが身体を張って動きを止めた竜の後ろ脚にアシュトンの魔法が、前脚にレイの斬撃が入り、バランスを崩させたところで頭部に黒い影が被さる。上半身を反らせたネリーが手にした大斧――黒鷹斧を、重力と遠心力を最大限利用して大きく弧を描くように振り下ろした。


 ――ズドシュッ!


 超重量の鉄塊による打撃と切れ味鋭い刃物による斬撃を兼ねた一撃が竜の頭蓋を縦に割る。

 慣れた体捌きで難なく着地を決めたネリーが軽々と片手で斧を振って血糊を飛ばすのと、地鳴りのような音を立てて倒れた竜が塵と化すのはほぼ同時であった。


「おおおおお! 火竜を仕留めたあっ!」

「マジかよ! 人間が勝てるんだな!」

「三等級って皆こんなに物凄い人達なの? やばくない?」

「でも向こうで火竜と戦ってた『ノベルティハンター』は結構危ない感じだったよ。応援が来てから何とか持ち直したみたいだけど」

「こいつはエプスノーム初のニ等級(セカンド)認定も時間の問題だな」


 大通りに立ち並ぶ見上げる高さの建物の数々に引けを取らない巨体の火竜。それを討ち取ったトリックスターズに住民達が熱狂する。

 エプスノームには現在シーカーチームの等級持ちが四組あるが、そのいずれもが三等級で二等級のチームは存在しない。というのも、二等級ともなるとそれは国を代表する格を持つに至るもので、ブライトリス王国の冒険者組合に所属する二等級チームは王都ロイスコットに一組、城塞都市ユークに一組の計二チームのみとなる。一等級は言わずもがな『絵画の旋律』唯一つ。


「ふう、火竜が相手となると流石に手応えが出て来るな」

「来たるビッグイベントに向けて、いい演習になったんじゃないか?」

「この騒ぎも充分すぎるほど大きな案件だと思うけど」


 ネリーの尤もな指摘はさておいて、近々優れたシーカーチームを集めて合同でとある遺跡の探索に挑もうという話があがっている。

 数々の実力派シーカーチームが足を踏み入れるも、その多くが命を落とし、帰還した僅かな冒険者の収穫はその場所がいかに危険であるかという情報のみという難所。


「レパード海底神殿の合同探索か。本格的に話も纏まってきてるらしいね」

「あと一月二月くらいで準備も整うだろうしな。面白そうだ」

「海底神殿のことはまた後でいいだろ。今は竜の討伐に意識向けとけ」


 この非常時に無関係の話題へ逸れていく二人にフェルボートがタガを締める。まあ余裕があるのは好ましいことだが。


「他のとこ、大丈夫かな」

「まあ大丈夫だろうよ。異変があってから軍もこういった事態には備えているはずだしね」

「何も手を打っていないとなるとそれこそ無能だからな。指揮官の責任が問われるんじゃないか?」

「問題無いだろ」


 心配そうに呟くネリーに前向きな考えを示して安心させようとするアシュトンとフェルボート。最後に得物を肩に担いだレイが軍用区の方角に顔を向けて。


「王都から『銀妖』を呼んできてるみたいだしな」



  ◇◆◇



 軍用区庁舎の司令室。壁には歴代の基地司令の肖像画が飾られ、彼らの功績を表彰した賞状やメダルなどが額に収められ良く目立つように並べられている。議論を行うための机はコの字に並べられていて、当代の王国軍エプスノーム基地上層部の面々が向かい合う。

 顔に深く皺を刻み込んだ初老の男と彼に近しいと思われる眼鏡をかけた男、険しい目つきで書類に目を通している壮年の男、静かに心を落ち着けている青年と長髪の女。そして彼ら五人とは別に、専用のデスクに着き室内全体を見渡す男。


「まずは、この軍用区内の地竜を殲滅することだ」


 エプスノーム基地の司令、タットン・ハーシュ・ベレスフォード中将が固めた方針を言い渡す。

 司令はベレスフォード侯爵の実弟にあたり、とうに本家を出て独立しているのだが、本家で当主を務めた人物の実子に限り独立後もハーシュを名乗ることが認められている。


「となると、火竜は地竜殲滅後に部隊の合流を待って対応するという形ですか? 区画内に三匹確認されていますが」

「そうなる。それまでの被害は覚悟してもらうほかない」


 壮年の男の眉間に皺を寄せての確認を首肯する。財務責任者である彼にとって頭の痛い決定であることには内心で詫びながら。

 渋面する彼も異を唱えるようなことはしない。この事態、被害をゼロに抑えることなど到底現実的でない。後の被害拡大を防ぐための取捨選択が避けられないことは彼も理解している。


「軍用区内の召喚竜掃討後、東居住区と南商業区へ四対六で部隊を送る。何か質問は?」

「東居住区へ先行して部隊を送っておかなければ、貴族連中が騒ぎ出しそうですが」

「東居住区には既に一騎当千の『武傑特務』サイリ・キトラス大尉がいる。それに彼らの抱える私兵団もそうやわではない」

「そういう問題ではなかろう」


 青年の指摘に対し理屈を説く司令に待ったをかけたのは初老の男。彼は顎に蓄えた白い髭を触りつつ。


「軍が自己の区画を優先し、東居住区を後回しにしたという事実を、彼らはどう受け止めるかね?」

「ですが閣下、被害を最小限に抑えるにはこれが最善と私も推察いたしますが。ベレスフォード候、ルーパス伯をはじめとした私兵団は勿論、この事態となればあの女も出てくるでしょう。ローダー卿夫人の懐刀――」

「ビュテラ・マーカムか……。確かに頼りになる、戦力的にはのう」


 ビュテラ・マーカム。ローダー卿夫人ピアレスの専属側仕えにして護衛。その実力は耳にする限り王国軍の精鋭キトラス大尉にすら迫るものであり、以前ローダー卿夫妻が武装した複数の盗賊団による襲撃にあった際、単独でその三桁に及ぶ凶賊共を返り討ちにしたという眉唾物の噂がまことしやかに囁かれている。


「しかし今一度言うが、そういう問題ではないのじゃよ」

「ならばどうしろと――」

「わからないのですか?」


 反論もなく自分の主張を否定された長髪の女が、目つきを険しくして初老の男に食ってかかるところを眼鏡の男が遮る。


「口実を与えることになるのですよ、彼らに」

「被害は出る。それは致し方ない。しかし何が最善かは立場によって変わる。都市への被害を最小限に抑えようという王国軍の最善は、貴族達にとって最善ではない。さて、この件で借りを作った我々に、彼らは何を要求してくるかね?」

「…………」


 初動で東居住区へ部隊を送れば貴族達の被害は減るだろう。が、その分早い段階でより多くの兵を失うことになり、結果都市全体の最終的な被害は拡大する。

 貴族達が東居住区内の召喚竜掃討後に他地区へ私兵団を回してくれるのであればその限りではないのだが、それはまず期待出来ない。都市の防衛は軍の仕事であり、本来貴族の私兵団が出張る案件ではない。それは当然東居住区も同様であり、むしろこの件では早期の一区画の防衛を彼らに任せ、借りを作る形となるだろう。

 先の司令の指示通りに部隊を動かせば、優先順位に納得出来ない貴族達からの追及は免れない。そしてそれを口実に、無茶な要求を吹っかけてくるだろうことも。


「心配はいらない」


 微妙に論点が食い違い、反論が出て来ずに押し黙る長髪の女。そこへ司令が泰然と落ち着いた声を上げ、この場の全員から注目を集めた。


「責任は私が取る。それでよろしいか? ベルグレイヴ少将」


 その言葉を耳にし、初老の男――ベンド・カステル・ベルグレイヴ少将が微かに、周囲に気取られないほど微かに口角を上げる。言質は取った、と。


「そうじゃの。司令殿がそう言われるのであれば、儂から申し上げることは何もない」


 元より結論をそこへもっていくための誘導であり、それは司令も察している。要するに、茶番である。この状況で司令が駆け引きに費やす時間など無駄だと割り切ることを見越した少将の思惑通りというところだ。

 一つの結論を得たところで話は次へと進行する。青年が視線を少将から司令へと移して。


「東と南については承知しましたが、その他の区画についてはいかがお考えに? 特に中央ですが」

「他地区については東と南を片付けた後、部隊の様子を見て順次という形になる。それまでは冒険者組合を頼る。等級持ち四組に優良(スペリオール)も加われば北方面の区画は持ちこたえられるだろう。皆知っての通り組合には初回の異変発生後に前もって話をつけてある。情報管理区への部隊の動員は不要だ。その区画は『ゴースト』に一任する」

「ゴースト?」


 司令の発した単語が何を示しているのかわからずに青年が眉を寄せると、少将が捕捉に口を開いた。


「おぬしらも銀妖という二つ名で知っておろう王都の妖よ。グレイ・『ザ・ゴースト』・バンダービルト。特務に引き抜かれる以前に呼ばれておった異名じゃな」

「初耳です」

「広く知られたものでもないしの。知ったところで大した意味があるわけでもない。忘れて構わんさ」


 異名が変わるという不可解な事例に青年は首を捻るが、この場においては些事である。棚上げして必要な話へと転換する。


「しかし如何に銀妖と言えど、中央区画を単身で任せるというのは――」

「紫竜がいるそうだ」

「……は?」

「……今、何と仰いました?」


 場の空気が固まる。

 何の冗談かと司令の発言を受け入れることを躊躇い、まず自らの耳を疑う面々。そんな彼らに司令は現実を突きつけるように。


「八彩竜マゼンタドラゴン――ニーズヘッグが、情報管理区においてその姿を確認された」

「そんな……」

「確かなのですか?」


 紫竜による数々の惨劇を知らない者など、この世界に暮らす人間にはいないだろう。デューロイツ帝国より東のハンガストリア帝国が蹂躙されたのはもう数十年前になるが、未だ人々の記憶にその恐怖は強く焼き付いている。およそ二百年前にはリヴァイアサンと共に北方のウェノルデン王国を滅亡寸前にまで追い込み、更には広大な領土を持つラシエト連邦国を半世紀にわたって荒らし続けたという記録も残っている。

 そんな災厄の化身とも呼べる神話の怪物、紅紫の凶竜がこの街を標的にしたことを知って、顔面を蒼白にする面々。

 その中で、司令を除き唯一人落ち着いた様子で腕を組んだ少将が。


「今更何を慌てておる。異変の術者の力量がその水準にあったことなど既知であろう」

「それは……確かに仰る通りですが……」


 むしろ納得がいったという素振りの少将とは大きく異なり、返事が上の空でショックを引きずっている様子の眼鏡の男。

 交易都市エプスノームは平和な時代が長く続いていた。彼らの反応は、脅威にさらされることなく安寧を享受してきた代償とでもいうべきだろうか。

 つまるところ、平和ボケというものである。


「バンダービルト少佐が排除にあたる。部隊の動員は足手纏いとなり逆効果だ」

「そんな無茶な!!」


 司令の決定に取り乱した青年が両手でバン! と机を叩いて立ち上がり声を荒らげる。


「八彩竜を一人で相手になんて!」

「王国軍の切り札をみすみす失うことになるのですよ!」

「落ち着き給え。勝算あってのことだ」

「勝算ですって? 神話の怪物相手に一対一で勝利を収められると?」

「そうだ」


 青年に続き、壮年の男、長髪の女も不安から口早に意見を被せていく。

 落ち着きを取り戻せずに浮足立つ彼らに、司令は揺るぎない威を両の瞳にこめて毅然と。


「王国一世之雄を、舐めるな」


 司令室にズシリと響くような重圧を放つと共に、現在魔法で通信している相手に念を押して今一度の確認を求めた。


『問題無いのだな?』

『は。情報管理区の紫竜及び召喚竜の掃討にあたり、差し支えることは何も』


 返ってきた念話による声は淀みなく、機械的で感情は薄く人間味に欠けている。

 紫竜が相手と知りつつも語気を強めることも闘志を燃やすこともなく。


『滞りなく任務を遂行いたします』


 グレイ・バンダービルト少佐は平時と全く変わらない調子で淡々とそう答えた。

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