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Lv.グラハム数で手探る異世界原理  作者: 赤羽ひでお
2 意識、感覚、哲学的ゾンビ
38/95

37 見下げた失態

(何という失態……! 迂闊というにも限度がある)


 勝手口から外へ飛び出し、リチャードはフレシュが向かったであろう方向に目星を付ける。

 最短最速で彼女を追うには窓から出た方が早かったのだが、この過失を報告する必要もあった。そのため事前に襲撃があった際の連絡場所として取り決められていた一階大広間へ向かい、手短にマーシュに事を伝えた過程を経て現在に至る。


(怠慢と非難されても仕方がない!)


 昼間の襲撃を受けて、夕方からフレシュの部屋には魔導士対策として外部から魔力の干渉を感知した際に警報を発する魔導具――魔導警報具が備えつけてある。それが作動しなかったということは、この事態は魔法によって引き起こされたものではない。

 では敵側の人間に主の部屋へ侵入され、みすみす拉致を許したというのか。断言する。そんなことは不可能だ。

 館の外でフレシュの部屋の真下に当たる地点の警備に就いていたのは、私兵団の副団長を務める女丈夫サジッタ・バロネス。彼女が侵入者を見逃すことなど考えられない。そして何より、扉一枚先の主の危機にすら気付けない愚物に、専属の従者を任される資格などあっていいはずがない。

 己に根付く確固たる信念を基に、消去法からこの事態はフレシュ自身の意思によるものと結論を導き出す。

 異変のあった翌日に邸宅を抜け出された時と同様の手口だ。まさか彼女が外出を試みるとは思いもしなかったとはいえ、二度も同じ遣り口で出し抜かれた事実に、リチャードは恥ずべき痛恨の失策と顔面に大きく皺を作ってしきりに悔いる。

 だが、今はそれに気を割いている場合ではない。叱責も反省も全て後だ。フレシュを追わなければ。

 彼女が何故、何があって部屋を抜け出したのかという疑問も頭を掠めるが、それも今考えるべき問題ではない。


(向かった先は恐らく裏門)


 敷地外へ出ようとするのであれば、正門か裏門を通る必要がある。正門方面は現在私兵団が襲撃者達と戦闘の真っ只中。無いとは言えないが外囲いを越えようとでもしていない限り、フレシュは裏門へ向かったと考えるべきだろう。

 急ぎ裏門へ向けて駆けていくと前方、同様の方向へ走る人影を確認。サジッタで間違いない。

 フレシュの姿は暗闇に溶けて目視出来ないが、彼女を視認して追っているであろうサジッタが裏門へ向かっているということは、リチャードの考えは間違っていなかったらしい。

 フレシュの身柄確保への好材料に張り詰めていた気が僅かばかり緩んだその時。


「うあっ!」


 苦鳴を漏らした彼女の影が地面を転がった。

 敵の別動部隊による奇襲――恐らくは衝撃波の魔法。外囲いを一足飛びに越えて来たのか、こちらの予備隊は何をしている。

 敵影は二つ。リチャードにはサジッタが攻撃を受けるまでその気配が掴めなかった。意識を凝らし、集中することでようやく知覚し得る。

 夜闇と認識阻害の魔法を利用した隠密奇襲。フレシュを追うことに意識を割かれていたとはいえ、サジッタが回避を損なうほどの効果をもたらすとは、よほどの手練れか。

 とはいえ彼女もまともに魔法を浴びたわけではない。被弾直前に奇襲を察知し、身体を捩って何とか急所を穿たれることだけは免れていた。


「クソがっ!」


 紙一重の防御が功を奏し、しっかり受け身を取っていたサジッタは、苛立たしげに癇声を上げつつ機敏に立ち上がって身構える。ダメージのほどは動作に大きく影響を及ぼすものではなさそうだ。

 奇襲に魔法が一つということは、もう一人は魔法を扱えないと見て良いだろう。


「〈氷撃〉」


 暗がりに浮かぶ影から伝播してきた追撃を意味する詠唱は女の声。奇襲の魔法を放ってから間は僅か。速射技量も厄介な魔導士だ。

 間を置かず唱えられた魔法が効果を発動させる。魔導士の操る魔力が力場との干渉によってエネルギー変換され幾つもの拳大の氷の礫を作り出し、次々にサジッタ目掛けて射出されていった。


「うぜえ! なっ!」


 軽やかに跳躍して飛来する礫を躱し、避けきれない軌道の氷塊を腕に装備したガントレットで豪快に打ち払う。

 だが派手な魔法はサジッタの意識を引き付ける牽制だ。腕を大振りして作らせた彼女の隙に、死角へ回り込んだもう一人が袈裟斬りに得物を振り下ろす。


 ――ガギィン!


 荒く重い金属の衝突音。二人の間に身を滑り込ませたリチャードが、両手で握った剣で振るわれた剣撃をしかと受け止めていた。

 好機を失した相手は仕切り直しを図るべく、一旦大きく飛び退って二人と距離を取り様子を窺う。


「リチャードォ! てめえ何やらかしてんだコラァ!」

「……返す言葉も無い」


 援護に入ったリチャードへかけられた言葉は、感謝でも労いでもなく怒気を帯びた罵倒だった。

 無理もない。襲撃に際し互いをフォローし合うというごく当然の働きなど、犯した失態に比べられるものではない。


「こいつらは俺が受けもってやるから、てめえはさっさとお嬢を追え! 裏門だ!」

「済まない、頼む」


 前に進み出て相手二人を威嚇するようにねめつけながら、サジッタは荒っぽく腕を振ってリチャードを為すべき仕事へ急き立てる。

 不始末のしわ寄せを受け気を荒くするサジッタに一言詫びて、リチャードはこの場を彼女に任せ主を保護すべく裏門へと再び駆け出した。

 と、それに合わせ敵の前衛も動き出す。目の前で対峙するサジッタを無視して、リチャードの行く手を阻むように。


「邪魔すんじゃねえよ!」


 無論サジッタがそれを許すはずもない。反射的にリチャードを追うという軽挙でがら空きとなった相手の背中目掛け、鋼鉄の右ストレートが唸りを上げる。


「〈衝撃波〉」

「うおっ!」


 しかし仲間の行動をアシストすべく放たれた魔導士の魔法によってサジッタは体勢を崩され、拳は目標から大きく外れブオンという空を切る音だけを残した。

 背後の脅威が消え去った襲撃者が距離を詰めてくる。振り切るには進行方向を変えるしかないが、裏門へ向かうことが出来なければ意味が無い。

 やむを得ずリチャードは走る速度を落としつつ体の向きを変えて戦闘態勢に入る。一気に攻撃の間合いにまで入って来た襲撃者の顔を見据えて――


「――――!」


 二つの意味で衝撃が走る。

 一つは物理的に。鋭く閃く横薙ぎの斬撃を正面から受け止め、剣を握った手に浅い痺れが伝っていく。

 もう一つは精神的に。剣を交え至近距離で眼に捉えた襲撃者の顔。見知ったものであった。かてて加えて、最も望みに反する、リチャードの心を挫く人物。その男の名を、苦渋に満ちた表情で絞り出すように声にする。


「……ユーゴ……ブリッジマン!」


 ワッツが昼間の襲撃者から尋問して引き出した人物――ルーパス伯お抱えの剣士。


(事実だったか……!)


 そうであって欲しくはなかった。

 目下提示されている状況からも、それは予め用意された釣り餌だろうと推測されていた。

 然るに今、リチャードは目の前で相対する現実という名の無情に侵され、言葉にならない遣る瀬なさがこみ上げる。


「おらぁっ!」


 進路の邪魔立てをする相手へサジッタが牽制となる拳を振るい、二人を引き離すとリチャードを一瞥して心中を窺う。鬱屈し心を重くしたリチャードは、視線を受け今は負の感情に囚われている暇などないと即座に切り替える。


「マジでユーゴだったか……。お嬢は……まあ、気の毒だな。ってことは、あっちの魔導士は……」

「スミュー・ブロードか。面倒な相手だ」


 サジッタの目の動きにつられてリチャードも魔導士の方へ視線を送る。

 こちらも同じくルーパス伯お抱えの女魔導士、スミュー・ブロード。この二人が相手となると、楽に裏門へ向かわせてはもらえない。

 このままもたついていてはフレシュの行方を見失ってしまう。どうしたものかと考えあぐねていると、不意に精神属性の魔法が接続される独特の圧力を感知した。


『フレシュ嬢の保護は私にお任せ下さい。皆さんは襲撃者の排除に集中を』


 王国軍からフレシュの警護に派遣されたサイリ・キトラス大尉による相識交信だ。伝達内容からして魔法を重複使用して複数人に宛てている。良い腕だ、成程自信に満ちた態度を取るだけのことはある。


「どしたぁ? リチャード」

「キトラス大尉からの交信だ。フレシュ様は任せろと。我々は襲撃者に集中せよとのことだ」

「あー、あっちはあの女の担当か。本当に信用出来んのか?」


 反感を隠すことなく疑わしげに鼻を鳴らすサジッタ。顔合わせの時の彼女の態度が鼻についたようで、二人の仲は険悪だ。

 私兵団副団長であるサジッタに交信が繋がれていなかったことも、それと無関係ではないだろう。


「王国軍の大尉だ。仕事を疑うのは礼儀にもとる」

「おいおい、そりゃ思考放棄にならねえか?」

「彼女の気質はともかく、少なくとも魔法の腕は確かだ。私が保証する」


 私情を挟んでいるつもりはないのだろうが、感情が先に立ち、過度にサイリを煙たがるサジッタを強く見据えて折り合いをつけさせる。


「そうかよ、だったらとっとと奴らをぶちのめすぞ」

「言われるまでもない」


 気を入れ直して眼前の相手に集中する。

 剣士ユーゴは何を思ってか、こちらの会話が終わるまで斬りかかって来ることもなく、ただ悠長に構えていた。



  ◇◆◇



(どうして……?)


 夜更けの邸宅敷地内、自室を飛び出し庭園を駆け抜けるフレシュの頭の中は困惑に満たされていた。


 ――それを目にしたのは偶然ではない。

 窓の外から魔法の灯りで視線を誘導され、部屋から外を覗いたところを見計らったとしか思えないタイミングで数秒、ぼんやりと光が照らす場所があった。そこに居る存在を示すように。

 それを目にした瞬間、フレシュは衝動的に動く身体を制御出来なくなっていた。

 肌身離さず身につけているペンダントを引っ掴み、ネグリジェの上から愛用のローブを羽織っただけの淑女の嗜みに欠ける装いで、姉、兄、そしてリチャードはじめ使用人達にかかる迷惑を顧みる余裕もなく、気がついた時にはもう窓から部屋を抜け出していた。


(関係、してるの……?)


 わからない。整理がつかない。冷静でいられない。

 何故、どうしてと、答えの返ってくるはずもない問いを繰り返す。頭の隅で意味など無いと理解は出来ても、同じ問いかけを繰り返さずにいられない。

 ただ、目にしたものが信じられなくて。

 ただ、目にしたものを信じたくなくて。


(わからない、わからないよ……!)


 腕を振り、肩を揺らし、呼吸を乱して足を動かす。一秒でも早く答えにありつくために。後方で戦端が開かれたことに気がつくこともなく。

 裏門から邸宅の敷地外へ飛び出し、落ち着きなく首を巡らせた先に――


(――見つけた!)


 深い夜の闇の中、ブラウンの双眸で確かに捉えた姿。

 親しみを捨てきることの出来ない金色の絹糸が揺れるその元へと、フレシュは脇目も振らずに駆けていった。

 あの時絶たれた絆に縋りつくように。

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