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Lv.グラハム数で手探る異世界原理  作者: 赤羽ひでお
2 意識、感覚、哲学的ゾンビ
26/95

25 調査協力

「王国軍の少佐殿か……例の異変には国家規模で調査に乗り出している、と」

「前例のない事態だ。調査しないという選択肢は存在しない」


 コフラーの宿一階食堂。

 シンとテーブルを挟んで向かい合う相手はブライトリス王国の軍少佐、グレイ・バンダービルト。黒緑の軍服をきっちりと着こなし、端然とした居住まいで堅い印象を与える男だ。

 話を始めてからシンを見据える瞳の色に一切変化を見せず、瞬き以外に動きの無い仮面のような表情からは、その心中を探ることなど敵わない。


「協力、と言われると?」


 シンは答えの予測出来る質問を投げ、僅かに動揺した心を落ち着かせるための時間を作る。


「まずはこちらの質問にいくつか答えてもらいたい。その後、現場へ同行し異変への見解を聞かせてほしい」


 銀髪の軍人グレイは起伏の少ない口調で返答する。


(協力を渋るのは……悪手か)

「……わかりました、その程度のことなら手伝いましょう」

「感謝する」


 ここで協力に難色を示せば不審に思われるだけだろう。ただでさえこの軍人が自分に対して疑念を抱いている可能性は高いのだ。彼の持つ疑念を確信に変えるような態度は避けたい……質問を全ていなせるかどうかは別として。


「では最初の質問をさせてもらおう。先日の異変を起こした人物を見てはいないか? 背格好や特徴だけでも構わない」

「……いえ、見ていませんね」


 グレイの最初の質問でシンは情報を得る。相手にとっては隠すつもりもその必要も無いことだろうが。


(俺が現場付近にいたことは掴まれているか……)


 別段驚くようなことではない。北正門の衛兵にはシン達が異変が発生した方角からやって来るところを目撃されている。

 異変の起きたその場所から離れようとする同様の人間は少なくはなく、都市内へ逃げ込もうとする人とその逆に都市外へ逃げ出そうとする人とで当時の北正門は混雑し始めていた。

 だが混雑のピークはまだ後にあったことと、何よりフェアという記憶に残りやすい存在のおかげで、当番をしていた衛兵に確認を行えばすぐにシンのことは伝えられただろう。


「そうか、なら異変を起こした人物に心当たりはないか?」

「ありませんね。期待に沿えず申し訳ない」

「ふむ……」


 収穫なしの返答を受け、グレイはそれまでの淡々とした会話のペースを初めて変化させ、間を置く。


「……では、貴方は異変が起きた当時、何をしていた?」


 初めの二つのものより一歩踏み込んだ質問。異変を起こした人物に関するものから、シン自身に関するものへとその毛色を変える。


「この付近に生息するモンスターの確認を。あまり凶暴なモンスターは出現しないと聞いてたので」


 こんな事態に陥った場合、間違いなく受けるであろう質問。それに対しシンは予め準備しておいた答えをさらりと述べる。


「失礼だが、職を伺っても?」

「この街に辿り着いて日も浅いのでここでの職というものにはまだ就いてませんが、近いうちに冒険者登録を行ってシーカーとして活動することを視野に入れてます」


 この答えも用意していたもの。ただこちらは虚偽ではなく実際に活動するつもりではいるが。


「成程。質問への回答感謝する。引き続き現場へ同行し調査への協力を宜しく頼む」

「わかりました」


 想定外の質問は飛んで来ず無難に答えられたことでシンは表情には出さずに安堵し、ピンと張った緊張の糸が緩んでいくのを感じた。


(第一関門はクリア、と)



  ◇◆◇



 エプスノーム北正門から西へ程近く、ウェルウッズと呼ばれる密生した樹木の入り組んだ森林地帯が広がっている。

 範囲はそれほど広くはなく、生息するモンスターも危険度の低いものばかりなので、駆け出しの冒険者の経験稼ぎや新兵の実戦訓練などに利用されることも多い。

 異変の発生地点でもあるそのウェルウッズの入口付近へ、シンはグレイに連れられる形で二度目となる来訪を果たしていた。

 現場ではエプスノームの兵士達が調査にあたっていた。王都からの調査隊はまだ到着していない。

 王都ロイスコットから交易都市エプスノームまでは、最上級の魔導具を装備した馬を駆っても二日はかかる道のりであり、王都で命を受けたその日のうちに現場まで辿り着いたグレイの異常さが際立つ。


「これはバンダービルト少佐、何用で」


 現場で調査を行っていた兵士達の責任者と思しき人物がグレイの姿を確認し、機敏な動作で駆け寄り応対する。


「協力者を伴った調査だ。君達はこちらのことは気にせずとも構わない。調査を続けてくれ」

「はっ」


 兵士は引き締まった表情で敬礼し、駆け寄ってきた時と同様機敏に立ち去っていく。


「さて、ここが異変の起きた現場なのだが……」


 兵士が調査に戻ったのを確認し、シンに向け話を始めたグレイは一度言葉を区切って歩き出し、その先を示す。


「あの地点が恐らく術者がいた場所だと思われる」


 グレイが示した場所は直径三メートル程の円状に広がった焼け跡。まるで周囲に茂る青草との境界線であるかのように綺麗に隔てられた黒の領域。


(ソブリンが魔法を使った所か)


 ゴブリン共を片付けるのに使用した炎撃の魔法の痕跡である。

 グレイは焼け跡のすぐ傍までやってきたところで足を止め、真っ黒に焼け焦げたサークルを見下ろす。


「凄まじい魔法の使い手だ」


 顔色は相変わらず変化を見せない無表情。口調もやはり淡々としたもの。喉を鳴らしたり拳を握りしめたりするような顕著な感情の揺らぎを見せることはない。が、その言葉に込められた響きはこの銀髪の軍人が驚嘆している気配を確実に感じさせるものであった。


「この焼け跡から何が見て取れるのですか?」

「境目が整いすぎている。燃焼は一瞬の出来事だ。焼け跡にはムラが全く見られず範囲内全て均一に燃やし尽くされている」


 背後のシンの質問に対し独りごちるように起伏のない口調で答え、グレイは焼け跡から視線を外し振り返る。


「魔力、魔法技術共に極めて優れた魔導士でなければ不可能な芸当だ」

「そうですか。しかしそれは展開された魔法陣の規模からして、既に判明していた事柄でしょう」


 シンはグレイの返答に対し、何も知らない一般人が抱くであろう感想をシミュレートする。


「そうだ。要点はそこではない。問題は異変の痕跡となるものがこの焼け跡以外に存在しないということだ」

「……というのは?」

「あれ程までに巨大な魔法陣を展開したのだ。術者は己の力量を隠すつもりなど微塵もない。だが現場に残されたのは規模としては小さな焼け跡一つのみ。術者の目的も意図もまるで不明だ」

(そりゃそうだろう。ソブリンの奴の気まぐれだし)


 術者の意図を把握しようと懸命に調査を続ける兵士達に申し訳なくなってくる。

 げんなりとした心持ちを表情に出さないよう注意を払い、シンは一般感想シミュレートを続行する。


「魔法陣を展開したこと自体が何らかのアクシデントだったという可能性は?」


 実際そうだし。


「ありえない。術者は使用した魔法を秘匿するため魔法陣の情報を書き換えている。改竄された魔法陣の展開が手違いであるはずがない」

(ああ、そういやそうだった)


 遊び心というのは厄介なものだ。そのおかげで特に何の意味も無く取った行為が、知らないところで知らない人間の混乱を加速させる事態をもたらしているのだから。……いや、ソブリンはむしろこういう流れを狙ってたか。余計タチが悪い。

 ソブリンの掌の上で踊らされている目の前の銀髪の軍人に同情すら湧いてくる。


「それなら、己の力を誇示することが目的だった、というのは?」

「その説は王宮でも上がっていた。だが力の誇示だけが目的ということはないだろう。通常なら最終的な目的を達成するための手段と考える――デモンストレーションだ。だが今のところ王宮にはその後術者からのメッセージの類は届いていない」

「だとすると……術者の目的となる対象が王国ではないという線は考えられませんか?」

「そうかもしれない。だが仮にそうだとしても術者が王国の潜在的な脅威であることに変わりはない。意図を掴み足跡を追っていくことは必須だ」

「下手に刺激することは逆効果になるのでは?」


 それまで淀みなく対話を続けていたグレイが口を閉ざす。


(……失敗した!)


 一拍遅れてシンは不用意な発言をしたことに気がつく。

 異変を起こした術者を特定しようとする調査に対し、結果を求めることこそ王国民の心情として真っ当だ。ここに異を唱えることは、暗に術者の詮索はするなと言っていると捉えられてもおかしくない。

 特定されては困るという考えが無意識に働き、シンは一般の感情とは真逆となることを口走ってしまっていた。

 グレイの表情からは何も読み取れない。何の変化もないからだ。

 だが失策を犯したという事実に根差した心理のせいで、その瞳の色が猜疑心に塗れたものであるかのような錯覚に陥りそうになる。


「……その可能性は否定出来ないが、調査を打ち切るという選択は取りえない。元より私にその権限があるわけでもない」


 グレイの受け答えは今までと同様に淡々としたもの。内容も想定通り。

 だがシンは狩人に追い詰められる獲物にも似た窮地に立たされた気分になっていた。完全に独り相撲なのはわかってはいるが。


「貴方は異変発生時この付近にいたらしいな。ここに来て何か思い出したことはないか?」

「いえ、特に……」

「些細なことでも構わない。結果的に的外れなことであっても……む?」


 話の途中で何事かを察知したグレイが、周辺で調査にあたっている兵士の一人へと視線を動かす。


「――調査内容の一般への開示はこれからその内容が議論され、要約され、検閲が入った後になる。私の一存で君に渡すことは出来ない。わかったら調査の邪魔にならないようこの場を離れてはくれないか」

「そうかてえこと言うなよ。減るもんでもねえだろ、ケチくせえ」


 要求を断られ、兵士に身勝手な文句を垂れる男。明るく派手な紅紫の髪と瞳がよく目につく。


「どうしました?」

「……ああ済まない。調査への協力厚く感謝する。本日のところはこれで解散とさせてもらう。では私は失礼する」


 軽く頭を下げ謝意を示し、シンに口を開かせる間もなく一方的に終了を告げ、グレイは押し問答を続ける二人の方へ足を向ける。


(助かった……のか?)


 グレイの行動に呆気にとられ、遅れた理解が追いついたところでシンは安堵の息を吐く。

 と、調査協力の間は押し黙っていたフェアがそっと口を開いた。


「シン、あれ……」

「何だ?」


 フェアの視線の先には紅紫の髪の男が捉えられている。

 不遜なにやけ面と煽るような口調で相手の気分を害してくるのは、故意ではなく天性のものであるようだ。兵士はよく耐えている。


「君ねえ……」

「いいから知ってること全部とっとと話せ。それとも――」


 いい加減問答に煩わしさを抱いた男が気配を変える。

 攻撃的な悪意を紅紫の瞳に宿して。

 暗く、酷悪で、傲慢。

 その凶夢の双眸が鮮烈に語る。


 人の命など取るに足らないものでしかないと。


「――その男の相手は私がしよう」


 男の悪意が外へ発散される前に声が割って入る。淡々としていながら威圧感も兼ね備えた重厚なもの。


「……少佐!」


 声の主、銀髪の軍人グレイが兵士の後ろから男の紅紫の瞳を見据えていた。


「君は調査の続きを」

「あ……は、はっ!」


 危険だと判断したのだろう、男の気配に圧倒され青ざめていた兵士を遠ざける。

 男の方は兵士を追うことはしない。というよりもまるで関心が無いのか、そちらを一瞥もせずにいる。

 男の関心は完全にグレイの方へ移っていた。

 攻撃的な気配は一先ず引っ込め、他人を見下すようなにやけ面を再度伴ってグレイを煽りにかかる。


「これはこれは、銀妖少佐殿」


 フェアが見知らぬ人物を示したことは今までなかったことだ。――いや、一度だけあったか。その時の対象は人間ではなかったが。

 そんなことを思い出しシンはあの紅紫の髪の男が何者なのか、なんとなく察しがつく。

 そしてその考えが正しかったことは、続いて発されたフェアの一言で証明されることとなった。


「八彩竜、マゼンタドラゴン」

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