20 収得素材の活用
「そう焦ることもないだろ、肩の力抜いて行こうぜ。急いては事を仕損じるってな。もっとこの世界を楽しんだらどうだ?」
一夜明け、シンとフェアはデオと共にエプスノーム北正門前大通りを歩いていた。
通りを行く人々の多くは不安を色濃く湛えた表情で、昨日の異変の余韻を否応にも感じさせる剣呑な気配を漂わせていた。
故意でないとはいえ――いや、むしろ故意でないがために、その原因を作ったシンは胸中を申し訳ない気持ちで埋められることとなっていた。
「そうだよシン。もっと楽しいこともやって行こうよ。冒険者になって探索するとかさ」
「お、いいねえ。三人でシーカーチームでも組んで遺跡探索とか行ってみるかい?」
「行こう行こう♪」
相変わらずのコミュ力を発揮したフェアが早くもデオと打ち解けている。
「フェア、まだそいつに気を許せる段階じゃないんだが」
「気を許さないことと冒険を一緒に楽しむことって両立出来ないかな?」
「無理だとは言わないけど結構難しいぞ、それ」
「無理じゃないなら大丈夫だね」
「おう、頑張れ」
「お前らな……」
他人事だと思って軽く言ってくれる。そもそもデオには……って、いやこいつ絶対ツッコミ待ちだろ。
そんなふうに雑談しながら三人は大通りを外れ、いくつか角を曲がり、徐々に細くなっていく路地を進んで行く。
しばらく歩き続けた後、やがてデオが正面に見える建物を指し示した。
「あそこだ」
レンガ造りの、外観はお世辞にも立派とは言えない建物だ。入口の脇に剣と盾の絵を描いた看板が置かれている。
入口は小さなスイングドアで仕切られているだけで、気兼ねなく立ち入れるようにとの主人の配慮が窺えた。
「雰囲気のあるお店だね」
「前向きな捉え方するなフェアは。見習いたい」
路地裏の武具店の見てくれに対するシンの感想は、一言でいえば残念だ。
ボロいとまでは言わないが、手入れや掃除をして小綺麗にすれば大分変わるのにという思いが感想に拍車をかける。
「うーす」
デオにとって馴染みの店であるようで、軽い挨拶と共にスイングドアを押し開け店内に入っていった。
「ああデオさん、お久しぶりです」
「おう、親父は?」
「今工房の方に。呼んできますね」
店番をしていた若い男はそう言うと、足早に店の奥へと姿を消した。
「趣があると言えなくもない……かな」
デオに続いて店に入ってきたシンは、店員が店主を呼びに行く時間を利用して店内を観察する。
樽に突き刺さった剣の束や重ねて一纏めにされた盾の山、適当に立てかけられた薄手の鎧等々、店内にはあちこちに商品が置かれ整然と呼ぶには程遠く、手狭な空間をより窮屈なものにしていた。掃除も滞っているようで床にはやや埃が溜まっており、壁の隅には少しばかり黒ずみが目立つ始末だ。
「素直に小汚いって言ったらどうだ?」
どことなく皮肉めいた笑みを浮かべたデオに声をかけられ、シンは店内観察を中断する。
「いや初見の店でそんな失礼なこと言えるか」
「そんなもん気にする必要ねえよ。ここの主人の親父だって自覚してんだから」
「そういう問題じゃねえだろ」
「真面目だねえ。いやこの場合は誠実って言った方がいいのか?」
「普通だ」
おどけるデオにシンはぞんざいに切り返す。
「新規のお客に風評被害をまき散らすのはやめてもらえるか?」
店の奥――工房らしい――から姿を現したのは、白髪の混じり始めた茶髪の壮年の男性。今のやり取りが聞こえていたようで、デオに非難の目を向けている。
「風評……被害……?」
苦言を呈されたデオは、何を言っているのかという表情で一度辺りをゆっくりと見回し、首を傾げ店主の顔を覗き込む。
「う……ほら……マイナスのイメージが植えつけられるだろ」
「イメージ?」
デオは表情をそのままに耳に引っかかった単語を繰り返し、瞬きすらせずにじっと店主の双眸をその視線で射抜き続ける。
顔を引きつらせた店主は身じろぎしてデオから目を逸らし、一つ大きな咳払いをした。
「そ、そんなことより今日はどうした? また新しい素材でも手に入ったか?」
(誤魔化したな)
(誤魔化したな)
(あ、誤魔化した)
店主の突然の話題転換に三人の心の声がシンクロする。
「今日は仲介役だ。あいつは多少小汚い店でも問題無いって言うからよ。良かったな親父」
「そいつはありがとよ」
朗らかに笑うデオの執拗な追い打ちに対し、店主は可能な限りの皮肉を表情に込め対抗する。
(そんな前情報は貰ってないけどな)
シンはジト目でデオに念を送ってから、おもむろに店主へ歩み寄った。
「シン・グラリットといいます。今日はよろしくお願いします」
昨日のデオの指摘を受け、適当に考えてきた家名を名乗り挨拶する。
「おお、デオの紹介にしちゃあ礼儀がなってるじゃねえか」
店主はシンを一瞥すると同時に傍で羽ばたき宙に浮く妖精を目にし、一瞬だけ瞠目した。やはり珍しいのだろう。
表情はすぐに戻り、フェアについて何かを尋ねてくることもない。客相手には失礼に当たるということか。
「凄いな。さっきのやり取りを見物した後でもこの親父に丁寧な態度が取れるのか」
「普通だ」
尚も店主を弄ろうとするデオのことは適当にあしらう。
「デオの紹介ってことはただの買い物じゃあないんだろ? 素材の製錬の依頼か?」
「ええ、それが目的の一つです」
昨日デオとの話の中で情報提供の交渉材料として入手した素材を提示した際、逆に素材加工の職人を紹介してやるという話になった。
シンとしては願ってもない話だが、紹介料を要求してこないデオには不審が募った。タダほど怖いものはない。
曰く「後でしっかり頂くから気にしなさんな」――いや余計気にするわ!
そういったやり取りを思い出しつつ、シンは収納空間からドビル大空洞で採掘した鉱石を一部取り出し、カウンターに並べていった。
「うへえ、デオの紹介ってだけあって兄ちゃんも当たり前のように道具出入の魔法使うのな。どれ……」
道具出入の魔法は少しばかり特殊であるらしく、識世においてプレイヤーにとっては簡便なものだが、NPCにとっては高難度の魔法で、自在に使いこなすには高い素質と相応の鍛錬が必要になってくるというのがデオの弁だ。
そんな不条理な世界の仕組みなど知る由もない店主は、感心というよりは呆れたといった様子でデオとシンへ順に視線を投げた後、懐からモノクルを取り出し鉱石の鑑定を始めた。
「こりゃすげえ。成分もそうだが何より含有魔力がとんでもねえな。間違いなくオリハルコンだ」
識世の鉱石には魔力を含んだものが存在する。周囲の生物が行使した魔法の残留魔力が長い年月をかけて徐々に浸透していったものだ。それらは総じて魔鉱石と称され、魔力の含有率が一定値を越えたものはミスリルと呼ばれる。そしてミスリルよりもさらに膨大な魔力を含んだ魔鉱石がオリハルコンである。
一般には魔法が行使されない場所では魔鉱石は存在し得ないものであり、魔法を行使するモンスターの蔓延る鉱床でしか採掘されないものとされ、その希少性は傑出したものであると認識されている。
「ちょっと見ただけでわかるんですか」
「ああそりゃ魔導具の効果だ」
店主への語りかけだったが、隣のデオがモノクルを指して答える。
「重宝してるよ」
「そいつは良かった」
「ん? 元はデオの物なのか?」
「ああ。親父はこう見えて腕が立つからな。他のことに時間を割くのは勿体ねえと思ってよ」
「あんま褒められてる気はしねえが、ありがとよ。……それにしてもどれもが良い素材だ。鉄鉱石のこいつらは玉鋼に、こっちのはダマスカス鋼にうってつけだな。そんで……おいおい、オリハルコンのヒヒイロカネなんてもん持ち込んで来たのはデオ以来だぞ」
店主は並べられた鉱石の鑑定を進め、その一つ一つに感嘆し唸り声を上げる。
「だって。良かったね、シン」
「フェアのおかげだな」
「へえ、フェアの手柄なのかい」
「ああ、これらの鉱石が貴重なものだって教えてくれたのがフェアだ」
「ほーう、この妖精が。そいつぁ良い相棒を持ったな、兄ちゃん」
「物知りなんだねえ」
「ああ、頼りにしてる」
「えへへ……」
今までシンに褒められた時は得意気な態度を取っていたフェアだが、出会って間もない人達に持て囃されるのは流石に照れるようで、頬を赤く染め恥じらう姿を見せた。
「それと、こいつらの加工もお願いします」
店主が鑑定を終えそうなところで、シンは鉱石とは別の素材を取り出す。こちらが本命だ。
新たにカウンターに並べられたのは四種の素材。モンスターの、それも世界でも最強クラスである八彩竜が一、青竜の鱗、角、牙、そして爪だ。色彩の名を冠されるだけあって、素材はどれも深く呑み込まれそうな青一色に染め上げられていた。
「へえ、まだあるのかい」
鉱石と同様にモノクルをかざし鑑定を始めた店主は、たちどころにその顔色を変える。
「こいつぁ……マジか。兄ちゃん、あんた一体何者だ……?」
「親父……」
「えーと……」
予想しておくべきだった店主の問いに対し、何の準備もしていなかったシンがどう答えたら良いものかと逡巡しているうちに、我を取り戻した様子で店主が口を開く。
「あぁいや、お客に対し素性を探ろうなんざ失礼にも程があらあ。すまなかった、今のは忘れてくれ」
「あ、いえ……」
店主が頭を下げ事なきを得、シンはほっと胸をなでおろす。
「心配かい? この親父なら顧客の個人情報は口外しない。この素材を持ち込んだことも簡単に漏れたりはしないさ」
「それは有難い」
貴重な素材を多く持ち込んだことが知れ渡れば、人々の関心を広く集めることになるだろう。それにはメリットも望めるが、今は時期が悪い。
昨日の異変と関連付けられる可能性を考慮すれば、事が落ち着くまではなるべく注目を集めたくはない。
「そんで、何に加工するんだい? 剣でも槍でも、どえらい代物に仕上がるだろうぜ」
「任せます」
「任せるって……兄ちゃん、自分で使うわけじゃねえのか?」
シンの返答に店主は眉根を寄せ、訝しげに問う。
普通なら自分の得意とする武器を頼むところだが、識世に来てからシンはまだ武器を使っていない。なので特に装備武器種について拘る必要はなかった。
「いえ、基本自分用ですが、出来るだけ素材を生かして仕立てていただければと思いまして」
「ああそうか……これだけの素材だ、そう考えるのも頷けらあな」
「こちらは口出しせず職人さんに任せた方が得策かと。あまり奇抜なものにされると困りますが」
「頼むぜ親父、俺の信用にも関わってくるからな」
「おう任せときな! 腕がなるぜ」
シンからの依頼を受けた店主は拳を握ると、威勢のいい声を上げ頼もしい表情を見せた。