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Lv.グラハム数で手探る異世界原理  作者: 赤羽ひでお
2 意識、感覚、哲学的ゾンビ
20/95

19 欠落した必然

「NPCが全てAIだってことか? 多くは寿命を迎えているんじゃないかって聞いてるけど、NPCの子孫ってどういう扱いなんだ?」

「第一世代と扱いは変わらないはずだな。うん、そうでないと辻褄の合わないことも増えてくるし」

「そうか、考察の内容も聞いてみたいな」


 そういう意見が出ることについては特に驚きはない。可能性として充分に考えられることだ。ただ、それを確定的だとする結論に至るまでの過程は知っておくべきだし、何より興味があった。


「ああ、そいつが言うには、NPCが意識を持った存在だとしたら、説明のつかないことがあるんだと」

「それは?」


 話の先を急かすシンに対し、デオは口の端を上げ、眼差しを僅かに鋭利なものへ変える。


「言語だ」


 一言。それでデオは話を区切る。こちらに思議の時間を与えるためだろうか。シンはそう判断し黙考する。

 識世の言語は国によって異なるものかは知らないが、少なくともブライトリス王国では基本的に音声、文字共に日本語――という名称かはわからないが――が使われている。音声は口の動きと発声の間に違和感がなかったことから、別の言語をリアルタイムで自動翻訳したものではないということが裏付けられている。

 識世で日本語が使われていることに関しては別に疑問など無い。〈SEEKERS' FANTASY〉は日本の企業が国内向けに制作したゲームであり、その設定が踏襲されたこの世界で日本語が共通語として使用されていることは、寧ろ必然だと言える。


「……別に問題になるところなんか無いと思うんだが」


 ざっと考えてみたところで矛盾点などに思い至らなかったシンは、素直に降参を口にする。


「この識世では日本語が基本使われているよな」

「ああ、でもそれは別におかしなことでもないだろ? サークル・エンター社は国内企業だし、〈SEEKERS' FANTASY〉も国内向けのタイトルだ」


 だが何処かに非合理な点があるはずなのだろう。このデオの確認はその解答へ誘導するためのものだろうし。


「プレイヤーが識世に飛ばされることを計算に入れているってことは流石に無いと思うけど、日本語が普通に使えることは救済措置にもなっているわけだし」

「それだ」

「んん?」


 デオの指摘がどの部分に対するものなのかがわからない。今の発言の何処に矛盾点があるのだろうか。


「救済措置になっているんだ。識世に飛ばされたプレイヤーにとって」

「……それの何処が問題なんだ? それに、結果的にそういう役割を果たしているってだけじゃないのか?」

「いや、そういう役割として設定されたものだそうだ」

「根拠は?」

「……識世で魔法、使っただろう?」

「は?」


 突然話題を変えてくるデオ。今までの話と何の繋がりがあるのか。


「魔法を使ってみて、ゲームとして何かおかしいと思わなかったか?」


 言語の話が気になるが仕方ない。デオの話に合わせ、魔法を使った時の記憶を探る。


「……真っ先に思いつくのは属性だな。明らかにゲームとしての体を成してない」


 属性が無駄に現実っぽい仕様だったのを思い出す。当時は――というか今も――ゲームと現実が融合したことで何らかの変化が生じたのだろうと考えていたが。


「そうだろ。だけどそれ、昔は違ったんだぜ」

「何?」

「属性って、昔は〈SEEKERS' FANTASY〉と同じ仕様だったんだ」

「はあ? ……ちょっと待て、そりゃどういうことだ?」


 属性の仕様が変化したということか。それは世界の理や法則が変化したというレベルの話じゃないのか。

 フェアに確認しようと目を向けると、彼女はふるふると首を横に振った。所有知識外の事柄のようだ。


「まあ、そういう反応になるよな。ついでに言うと変化は属性に限った話じゃない。例えば……そうだな、昔はスキルの概念もあったんだ」

「……ああ、それは知ってる」


 今日ガウンから聞いたばかりの話だ。理変化のレベルの事例は存在していた。そんなに簡単に変化するものだとは思いたくないが、不安定な世界だ。


「つまりだ、俺が言いたいのはゲームとしての仕様さえ識世では変化していくものだってことだ」

「その話、識世はそういう世界だから、で片づけたくはないんだが」

「そこの考察は期待しないでくれ。俺は詳しくないんで」


 シンの指摘にデオは苦笑して逃れる。


「それで話を戻すが、識世では属性やスキルの概念すら変化していくものだけど、言語にはそれが当て嵌まらない。千年間だ」

「……識世の言語は経年変化してないのか!」


 ここまで話を進めることでシンはようやく理解することが出来た。NPCが現世の人間と同一と考えると確かにそれは不可解だ。

 現世で言えば、平安時代から一切言語変化が無いということになるのだから。


「識世の共用語は外的要因による変化は起こり得ないから、現世と同列に考えることは出来ないけどな」


 識世の言語が一種類しか無いのなら、英語など別の言語との接触による形態変化はあり得ない。だが。


「それを差し引いても充分異常だってことはわかる。……それがNPCがAIだっていう根拠か」

「言語には誤用の定着や流行り廃りといった変化が起こり得ないよう、NPCに設定されているとしか考えられない。そういうことだそうだ」

「……」


 シンはフェアを見やる。

 今まで意識しないようにしてきたが、この話を聞いた直後ではどうしてもこの考えを頭から消すことが出来なかった。


(フェアも、実際は意識なんて無い……ってことになるんだよな)

「?」


 シンから寂しげに見つめられたフェアは、不思議そうにきょとんと見返すだけだった。

 フェアはこのことを理解しているのだろうか。ソブリン達は自分がNPCだと理解していた。あの場で話を聞いていたフェアも理解しているのかもしれない。

 だがシンにはそれを確認する勇気など、持ち合わせてはいなかった。


(俺は外見派だ。そんなことどうだっていい)


 自身に言い聞かせるようにして強引に思考を終わらせる。


「……だけどそれを根拠にNPCは意識を持たないってことを確定的だと言うのは、少し結論を急ぎすぎじゃないか?」


 まだ考察の余地はあるんじゃないかとデオに訴える。だがこの発言には理論よりも感情的なものの割合が多く含まれる。

 フェアには意識を持った存在であってほしいというシンの願いが、少なからず込められていた。

 シンは人工知能の意識の有無に関係なく、表面上の振る舞いだけで判断する外見派を自負している。とはいえ、NPCに意識は無いということが事実として目の前に顕在するのなら、それを無視出来るほど図太いわけでもなかった。


「さあなあ……俺はこの話で納得してそれ以上深く聞かなかったからなあ」

「考察したプレイヤーっていうのは?」

「直接は知らないな」

「本当か?」


 疑念を口にする。

 一瞬、デオの表情が強張った。


「あんたの知り合い、随分と豊富な知識を持ってるみたいだが、一体何者だ?」

「そりゃお宅と比べりゃ博識だろうよ。識世での年季が違う」

「識世に飛ばされたばかりのプレイヤーの動向を探れる程度には、か?」


 踏み込む。


「俺が召喚魔法を使ったあの時、あの場にあんたがいたこと。単なる偶然か?」

「……何が言いたい?」


 デオの表情は変わらない。口調も。ただ空気だけが冷えたような感覚に晒された。


「デオ・ボレンテ。あんたは、監視者の手の者か?」


 互いに相手の眼を鋭く見据え口を閉ざす。

 食堂の片隅は沈黙に支配され、底冷えした空気が張り詰める中、小さな妖精が不安を湛えた表情でシンの周りを忙しなく飛び回っていた。

 やがてデオが根負けしたように小さく息を吐き出した。


「……ズバッとくるねえ。駆け引きも何もあったもんじゃない」


 デオは質問に対する直接的な返答は避けたが、この発言は実質的に認めたようなものである。


「真偽は別としてそれなりに有益な情報も得られたからな。ここからは腹を割って話した方が得策だと思っただけだ。で、改めて訊くが俺に接触してきた目的は何だ?」

「勘違いしないでほしいんだが、お宅の情報は確かに監視していたプレイヤーから貰ったものだ。けど俺は別にそいつの頼みで動いてるわけじゃない」

「それを信じろと?」

「……まあ無理だよなあ」


 困り顔でデオは天井を仰ぐ。


「まあいいや。信じてもらえないならそれで。俺がお宅に声をかけたのは単純に話を聞いて興味が湧いたからだ。そんだけ」

「……」


 接触目的に関して話すつもりはないということか。……しかしそれなら監視者と既知の間柄であることを明かす必要もない。証拠となるものが無い以上、はぐらかせばいいだけだ。

 考えを巡らせてその理由となる候補を挙げていこうとするが、留まる。


「何で認めた?」


 本人に直接聞いた方が早いと気づいたから。


「うん?」

「監視者との関係。隠しておいた方が都合が良くないか?」

「いいや、そうでもないさ。ここで煙に巻いたところでお宅はより不審に思うだけだろう? それならどっちも大差ない」

「そんなことは無いだろ。疑念を持っているだけの状態と事実として把握しているのとじゃあ対応も大分変わってくる」

「それは前提として、俺が監視者に何らかの役割を与えられている場合の話だろう?」


 確かにその前提を覆せば理解出来るところではあるが。


「……そう思わせることが狙いか」

「面倒臭い奴だなあ……そうやって警戒ばかりが先に立って尻込みしてるから後手に回るんじゃないか?」


 現状を示した痛いところをついてくる。だがその物言いには異存があった。


「無警戒で地雷原に突っ込むよりは幾らかマシだろ」

「わかったわかった、現時点でお宅から信用を勝ち取るのは諦めるよ。さっきもそう言ったろ? 腹を探るのはこのくらいにして、もっと建設的な話をしていこうぜ」

「……少し言い方が引っかかるけど、その提案には賛成だ」

「じゃあ互いに要求するものを出し合おう。俺はお宅がその異常な力で識世に及ぼす影響に興味がある」

「俺はこの力をそう無闇に振るうつもりは無いぞ。必要最小限に抑えたいと考えてる」

「別にいいぜ。それでそっちの要求は俺の持つ情報でいいか?」

「……ああ」


 自分の要求が拒否されたのと同義であるにも拘らず、あまりにもあっさりとシンの主張を受け入れるデオ。

 だがシンはその理由をすぐに理解した。


 ――「そんな悠長なことは言ってられなくなる」


 そうデオの表情が雄弁に物語っていた。

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