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Lv.グラハム数で手探る異世界原理  作者: 赤羽ひでお
1 現実、虚構、水槽の脳
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13 二日目

 陽光がカーテンの隙間から差し込み、部屋に一筋の光の道をつくり出す。

 外ではまだまばらな人通りの路地から、小鳥の囀りが響いてきていた。


「うーん」


 シンはまどろみから抜け出そうと寝返りをうち、ゆっくりと瞼を開ける。ぼやけた視界には、小さな手帳ほどの身の丈をした女の子の姿が映りこんだ。


「あ、目が覚めた? シン、おはよ」

「おはよう、フェア」


 この世界へ来て二日目となる朝を迎えていた。

 昨日は召喚契約を成立させた後、ソブリンと少しばかりのやり取りを行い、空間転移――洞窟の転移阻害を一時解除してもらった――で宿泊先へと戻ってきた。

 その頃にはもうすっかり夜も更けており、ほどなくしてシンとフェアは床に就いた。


(接触を試みてきた反応は……無しか)


 自分に対し監視などの魔法がかけられれば捕捉出来るようにはしてあるが、一夜明けてもその兆候はなかった。

 監視といえば座標射影の魔法など、対象に直接作用する監視魔法以外にも相手の動向を窺う手段は色々あるということをソブリンから学んだ。

 一応教えてもらったところと、自分で考えつく限りの対策はしているが、完璧だと言える自信など微塵もない。今も誰かに自分の行動を把握されているかもしれないという懸念はあった。


(まあ、気にしたところで仕方ないか)


 現状、これ以上の対策は思いつかない。思いつかないことを思いつけというのも無茶な話である。

 注意力が足らず、意識からこぼれてしまっているところなどは、大概何かきっかけでもない限り認識出来たりはしないものだ。

 洗面所で顔を洗いしっかりと目を覚まさせ、身支度を整える。


「朝飯、食いに行くか」

「ごっはん♪ ごっはん♪」


 部屋を出て階段を下る。手入れはされているが年期の入った建物だ。階段の木材は人の体重を支える度、ギシリ、ギシリと悲鳴を漏らしていった。


「おはようございます」


 カウンターの女性から朝の挨拶の声がかけられる。


「おはようございます。あの、一つ謝らなければならないことがあるのですが」

「? 何でしょうか?」


 女性は心当たりがない様子で尋ねてくる。


「宿泊料、一人分しか支払っていなかったので」


 ひょこっとシンの陰に隠れていたフェアが姿を見せる。


「あら、可愛らしい」

「後払いになってしまいますが、これを。どうもすみません」


 一人分の宿泊代金に少し色をつけた額を手渡す。詫びも兼ねて。


「……正直なのね。黙っていればわからないでしょうに」


 女性はクスリと微笑み代金を受け取ると、口調を少しくだけさせた。


「そんな出来た理由でもないですけどね」


 お金には困っていないので、常識的に払うべきであろう代金はきちんと支払っておかなければ後味が悪いという、手前勝手な気分の問題だ。

 それにフェアの分の代金を支払っていないと、彼女の存在を軽く扱っているように感じられて、それはシンには堪えかねた。


「でもどうして昨日のうちに支払いを済ませなかったのかしら?」

「まあ、色々ありまして」


 事細かに説明するのも面倒だし、従者創造が一般的に使われる魔法なのかどうかもわからないので、この場は言葉を濁しておく。


「それとお尋ねしたいのですが、この町に図書館はありますか?」

「ええ、少しだけ待っててもらえるかしら」


 そう言って女性はカウンターの奥へ足を運び、慣れた手つきで棚を物色していく。すぐ後には丸めた紙を携え戻ってきた。

 カウンターに持ってきた紙を広げると、パサリと乾いた音を立てる。


「ここが現在地。それで図書館はここね」


 交易都市エプスノームの地図だ。トン、トンと二箇所に指を下ろし、目的地の位置が示される。


「爵位も持つ大商人、ギルピン・ローダー卿が所有する書物の保管も兼ねて、一般に公開されてるのよ」

「へえ、個人で維持管理してるのか、懐の深い商人ですね」

「彼は都市の役人も兼ねてるから、私設文庫とは言えないけれどね」

「ああ、都市経営の予算が回されているんですか」


 この都市の政治形態など知らないし興味もないが、この世界に関する知見、常識を得るという意味で、他愛のない世間話なども有意義であった。


「その地図、売ってもらうことって出来ますか?」

「ええ、構わないわよ」

「それじゃあ、朝食の注文と一緒にお願いします」


 注文を済ませ、近くの空いている席につく。

 テーブルに購入した地図を広げ眺める。食事が出来るまでの時間を潰すのには最適だ。

 眺めているうちに、図書館の他に興味をそそられる場所を見つけた。


「流石ファンタジーRPGの融合した世界、やっぱりあるよな」


 ブライトリス王国冒険者組合エプスノーム支部。図書館からそう遠くはない。ついでにちょっと寄ってみようか。


「なになに、冒険者登録するの? シン」

「ん、いや少しのぞいてみるだけだよ、今はまだね」

「そうなの、ちょっと残念」

「何だフェア、冒険者になりたいのか?」

「だってだって、面白そうじゃん!」


 瞳を爛々と輝かせるフェア。好奇心旺盛だな。その意見には大いに賛同するけども。


「そうだな、じゃあ今の状況が一段落したら、登録しようか」

「やったあ!」


 そうこうしているうちに注文した料理が運ばれてくる。


「お待たせしましたー」

「どうも」

「ごはんだー♪」


 給仕は昨日も見かけた少年だ。テーブルに料理を置いた後、立ち去ることなく心を奪われた様子で一点を見つめている。視線の先には――


「……妖精……本物?」


 この反応、どうやらこの世界でも妖精は珍しい存在のようだ。


「わたし? フェアっていうの。よろしくね!」

「わあ……僕はジャン、よろしく」


 屈託なく笑い自己紹介する両者。微笑ましい光景だ。


「妖精を見るのは初めてかい?」

「あ……いえ、初めてでは。でも今まで数回しか」


 ふむ、妖精はやはり希少種らしい。だとすると、フェアを連れて外を歩くのはかなり目立つのかもしれないな。

 だけど外にいる間、ずっとフェアを隠れさせておけば窮屈な思いをさせてしまうだろうし、かといって魔法で認識阻害や透明化してしまうというのも気が引けた。

 まあいいか、多少目立つことくらいは目を瞑ろう。


「こぉらジャン、お客様に迷惑でしょ」

「あ、母さん、ごめんなさい」


 カウンターからジャンに注意の声が飛んでくる。雇用者じゃなく親子だったのか。


「いえ、これくらい構いませんよ」

「あら、そう? ごめんなさいね」


 手を振って制するシンに詫びる母親――女将さんと心の中で呼び名を決める。

 そのやりとりでジャンは話をする許可を貰えたと捉えたらしく、離れかけた足を止め、こちらへ振り返った。


「お客のお兄さん、冒険者なんですか?」

「いや違うけど、どうしてそう思うんだ?」

「えと、妖精なんて滅多に見ることのない種族を連れているのは、手練れの冒険者くらいかなって……」


 冒険者らしい装備とかしてないんだが、そういう認識になるのか、勉強になるな。

 フェアを連れている経緯については避けた方が無難だろう。話題を逸らすか。


「ところで冒険者といえば、ピッコロ・テシオっていう名前の冒険者を知ってるかな?」

「勿論ですよ! 彼がどうかしたんですか? ま、まさか……知り合いとか?」


 名前を聞いた途端、興奮した様子で身を乗り出してくる。予想は出来ていたが、結構な有名人らしい。


「いやいや、興味があるだけだよ。ちょっと田舎の方から出て来たばかりでそういったことには疎くてね」


 と、色々と知らないことが多くても怪しくならないよう、当たり障りのない設定をつくり上げる。

 フェアが「そうなの?」と目で問いかけてきたので、相識交信の魔法で「そういうことにしといてくれ」と伝えておく。

 こういうところでフェアは声に出さずにいてくれる。今までのやり取りの中でも余計なことを口走ったりはしていない。普段の振る舞いとは裏腹に案外思慮が深かったりする。有難い。


「そうなんですか……。ピッコロ・テシオはデューロイツの絵画の旋律という、数々の偉業を成し遂げた超級のシーカーチームのリーダーで、小さな皇帝イル・ピッコロ・インペラトルの異名で知られる生ける伝説ですよ!」


 熱気を帯びた語調でまくしたてるジャン。その瞳には、英雄に憧れる少年と呼ぶにふさわしい輝きが宿っていた。


(デューロイツか……当てが外れたな)


 ドビル大空洞に訪れていたピッコロ・テシオが拠点としている国として、三つの候補があった。

 まずはフレンテの樹海から北西の半島、ここブライトリス王国。二つ目は樹海から南に位置する芸術の国、タリアノイ王国。そして三つ目が樹海から東の軍事国家、デューロイツ帝国だ。

 まあ拠点がどこでもさして大きな問題はない。これだけの有名人なら探し出すことも難しくはないだろうし、ブライトリスにいてくれれば手間が省けて楽だった程度のことだ。

 探知の魔法やアイテムで探し出すことも可能だろうが、その結果相手に構えられることはなるべく避け、出来ることなら怪しまれずに友好的な関係を築きたい。

 要するに、今は急ぐ必要はないということだ。


「へえージャン、その人のこと詳しいんだね」

「そりゃあもう、あの人達の活躍なら何度も何度も聞いてるからね」


 フェアとジャンが話で盛り上がっている。もう仲良くなったのか。コヴァの時といい、コミュ力お化けだな。

 シンは横目で楽しげな二人を見やりながら朝食に手をつける。

 とどまることのないジャンの英雄語りは、女将さんの雷が落ちるまで延々と続いた。

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