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Lv.グラハム数で手探る異世界原理  作者: 赤羽ひでお
1 現実、虚構、水槽の脳
12/95

11 神話の当事者

「ご主人様や私達NPCと時をほぼ同じくして出現したプレイヤー、七暁神。彼らはまだ存命であると思われます」

「……根拠は?」

「理由としては、特徴の一致する者の噂が度々見受けられるということが一つ。それともう一つ、彼らのうちの一人を実際に確認しているということが挙げられます」


 千年前の人物の生存を実際に確認している。それを聞いてシンは安堵で肩の力が抜けるのを感じた。

 縁がこの世界に来たのが大昔であっても、まだ生存している可能性はあるということだ。

 七暁神というのは他のプレイヤーとは違い、特別な存在なのかもしれない。だが縁も普通のプレイヤーではない。ゲームマスターだ。他の者よりも生存している可能性は高いだろう。


「……そうか」

「あ、シン、ちょっと元気出た?」


 心配そうだったフェアに笑いかけて応える。今度はしっかりと目を見て。その顔を見て安心したのか、フェアもシンにいつもの無邪気な笑みを返してきた。

 不安が少し和らいだところで、コヴァの話がとても興味深いものであることを再認識する余裕も生まれてくる。


「その実際に確認した七暁神ってやつの今の居場所、知っているなら教えてほしい」

「彼の現在の住処というのは存じませんが、つい先刻までは近くにおられましたよ」

「近くって……」


 今いる地点が、近い距離に町や村が存在しないであろう場所だということは把握している。フェアが世界の地理に関する知識を有していたからだ。

 フレンテの樹海。

 千年の時間経過によって周辺の地理に大きな変化が生じていなければ、近隣諸国の境界となるほどの規模を持った樹木の大海原であるはずだ。

 そんな場所にいる自分達から近くにいたということは……。


「はい。このドビル大空洞の上層です」

「あなたも存在に気づいておられたでしょう。あの冒険者です」


 コヴァの話にロードがつけ加える。あの冒険者。

 思い出す。洞窟に入った直後。感覚を強化して聞こえてきた話し声。


「シーカーチーム『絵画の旋律』リーダー、ピッコロ・テシオ。彼の者がかつての七暁神の一人です」

「マジかよ……」


 名前を記憶に刻み込む。ピッコロ・テシオ。

 既にニアミスしていたとは。どこで何があるかわからんな。


「……他にいたメンバーは七暁神じゃないのか?」

「七暁神はリーダーの男一人です。彼らが皆七暁神であったならば、この最下層までも難なく辿り着けるでしょう」

「足手纏いがいなければ彼一人でも辿り着けるでしょうね。ですが彼にその気はないようなので、私はチームとしての成長を期待することにしました」


 ロードは強者との戦闘を楽しみにしていたんだったな。

 というか、その口ぶりだと彼らはもう何度もここを訪れているみたいだ。


「じゃあ、ここで待ってればそのうちまたやって来るわけだな」

「それは間違いではありませんが、次に彼らがここを訪れるのは早くても二週間後ですよ」

「ああ、そこそこ期間が空くのか」


 流石に二週間は待っていられない。その間にやっておきたいことが山ほどある。

 それに名前が判ったのだから、こちらから探し出すことも可能だろう。


「他の七暁神は未確認か?」

「いえ、もう一人。こちらは噂を耳にしただけですが」

「構わない。教えてくれ」


 そうシンは話を促す。コヴァも元よりそのつもりではあったようで、紅茶を口にし一呼吸置いた後、話を続けた。


「神話の時代の後、七暁神が次々と姿を暗ましていく中、一人だけ住処を変えずに現在も同じ地で暮らしていると思われる者がおります」

「居場所が判明しているのか」

「ここロディーナ大陸より西に位置するヌーニア大陸の大国、アルメルウィーカ共和国に」


 こことは別の大陸か。エプスノームに宿をとったとはいえ、まだ拠点に据えると決めたわけでもない。身軽な今のうちにそちらへ動くのもありか。

 いや、ピッコロ・テシオはこの近くを拠点としている可能性が高い。先にそちらから当たった方がいいか。

 いずれにしろプレイヤーとの接触には慎重を期す必要がある。

 これからの方針はまた後で考えることにして、今はコヴァによる情報提供に意識を割く。


「名をシガー・ポールソン。魔王と呼ばれる男です」

「魔王!」


 ファンタジーらしい単語に思わず大きな声が出てしまう。

 その男はプレイヤーである故、ゲームの設定としての魔王でないことは自明なのだが、それでも魔王という二つ名を持った存在に興奮が抑えきれなかった。


「ビックリしたー。どうしたの? シン」

「あ、いやー……」


 すぐ横で突然の大きな声にフェアが目を白黒させている。見れば向かいの三人もシンの反応に驚いている様子だった。

 我に返ったシンは気恥ずかしさを覚え頬を掻き視線を逸らすが、疑問符を浮かべた四人の視線が集中する状況に冷や汗が垂れてくる。

 いたたまれなくなったシンは一度大きく咳ばらいをし――全く誤魔化せてはいないが――空気を変えようと話題を振った。


「えっと、その魔王は、どうして他の七暁神と同じように姿を暗まさなかったんだ?」

「理由……ですか。……済みません、少々お待ち下さい」


 シンの問いに手を顎に添え考え込むコヴァ。どうやら記憶の隅へ行ってしまった情報のようで、思い出すのに苦労している様子だ。


「……藍の奴だ」

「ああ」


 記憶を探るコヴァにガウンが助け舟を出す。その一言で思い出せたらしい。


「確か、藍竜の封印に関連したものだと」

「藍竜?」

「八彩竜シアンドラゴンだね。八彩竜の中でもレッドドラゴンと一、二を争う力を持ってるよ」


 フェアに訊くと淀みなく解説をしてくれる。ゲームの設定の確認には本当に頼りになる存在だ。


「そうなのか。封印っていうのは?」

「申し訳ありません。そこまで詳しくは」

「大戦時の出来事ならばガウンの方が精通しているでしょう。頼みます、ガウン」

「御意」

「コヴァよりもガウンの方が詳しいのか」

「ええ。コヴァと違いガウンは神話の大戦に直接関与しておりますから」


 神話の大戦。とても興味を惹かれるワードだ。

 好奇心にもそそられ、話を引き継ぐガウンの方へと視線を向ける。


「大戦の終わり、七暁神は藍の竜と戦い勝利を収め、これを封印した。担ったのは奴らの中でも特に魔導力に秀でた魔王とその配下だ。詳しい方法は不明だが、封印する場所、必要とするアイテムや魔法の都合で奴らは定住を余儀なくされたと思われる」

「へえ、七暁神の強さは知らないが、それでも神話になるような奴らでも藍竜は殺しきれなかったわけか」

「それは違う」

「ん?」


 今の話からすると、藍竜を仕留めることが出来なかったから、やむを得ず封印という形をとったのではないのか。

 きっぱりと否定するからには、それなりの理由があるのだろう。


「奴らは藍の竜を殺せなかったわけではない。殺さずにわざわざ封印という手段をとったのだ。その証拠に奴らは同等の力を備える赤の竜を大戦中に殺している」

「何だそりゃ。何か意味でもあるのか?」

「理由など知らん。奴らにとって何かしら益となるものがあるのだろう。我には知る由もないがな」


 理由を知るには直接七暁神――取り分け魔王に訊かなければならないわけか。ただ、それが重要なことなのかどうかも今は判断つかない。取りあえずは記憶に留めておく程度にしておこう。


「しかしそうだとすると、七暁神の力は八彩竜を上回ることになるのか」


 何とはなしに言ったことに対し、ピクリ、と青竜と黄竜の表情が僅かに強ばる。


「心外ですね」

「全くだ」


 ……何かプライドを刺激してしまったらしい。


「奴らが大戦で勝利を収めたのは連携に優れていたからだ。一対一なら――」

「――一対一なら敗北はないという脳筋単純思考回路の愚者共のおかげで、七暁神に勝利が転がってきただけにすぎません」

「……あ、そう」


 コヴァの言葉が鋭利な刃物となってガウンへ突き刺さる幻覚が見えた。黄竜さん、同族に容赦ねえ。


「ありがとう。他にまだ七暁神について知っていることがあるなら頼む」

「私の存じ上げるところは、総じて神話を扱った書物に記載されている内容と共通します。そちらをご覧になった方が宜しいでしょう」

「そうだな……神話の内容は詳しくないが、我の知る限り書物と事実で異なるところだと、事の発端か」

「……え、それって大戦が始まった理由だよな」


 それは重要なところじゃないのか。事の発端が事実と異なるのか、この世界の神話。

 まあ元いた世界の神話はフィクションのファンタジーだけどな。


「そうだ。神話では竜が人間を蹂躙するのを止めるために七暁神が現れたとされているが、実際はそう単純なものではない」

「ああ、人間側の物語だから都合よく脚色されているわけか」

「それもあるのだろうが、もっと大きな違いだ。当事者以外に知る者は殆どない。記録になくて当然だ」


 それはガウンの重々しい口調も相まって、そのまま事の重要性を示しているように感じられた。


「黒の竜。奴が事の発端だ。悪いが我の口からこれ以上のことは言えん。知りたければ直接当の竜に訊くのだな」

「……そうか」


 どうやら思った以上に複雑な背景がありそうだ。コヴァも何か思うところがあるようで、今までにない物憂げな表情を見せている。


「色々とありがとう、とても興味深かった。貰った情報は今後どの程度参考にするか検証したいと思う。それから、また何かあってここへ来ることがあるかもしれない。その時は宜しく頼む。フェア、行こう」

「うん。またね、コヴァ」


 頭を垂れ感謝の意を示し、コヴァに手を振るフェアと共に席を立つ。その時。


「お待ち下さい」


 制止の声がかかった。

 まだ何か用件でもあるのかと振り返ると、ロードが含みのある笑みを浮かべていた。


「あなたの支払いに対し、私の提供が釣り合っていないとは感じられませんか?」

「……そうか?」


 自分の支払いに対して、充分すぎるほどに情報の提供は受けたと思うが。いやこの支払い分がどの程度なのか、基準がわからないけど。

 まさかその逆で、情報提供が過剰で支払い分の方が足りなくなったのか? それならその時に言ってくれ。


「ええ。この収穫は私が千年待ち望んだものです。あなたが良いと思われても私の気が済みません」

「そ、そうなのか」


 杞憂だったようだ。


「ええ。ですから私もあなたの支払いに見合った品を提供しなくてはなりません」

「……何をくれるんだ?」


 普段なら遠慮するところだが、ロードの表情がそれをさせてくれない。間違いなくもう提供する品が決まっている顔だ。

 シンの問いに待っていたとばかりに両手を広げ、ロードはその答えを口にした。


「契約です」

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